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掲示板を賑わしている、もうひとつの話題、桂川鉄橋西の避溢橋(正しくは木へんに共)に関連して、長岡京市内にも残る同様の煉瓦アーチ橋に、乙訓老人、K・H生さんから言及されています。
同市内の長岡京駅前後には、ふたつの煉瓦アーチ橋が現存しています。ひとつは、上り方にある「神足六連橋」、もうひとつは下り方にある「老ケ辻三連橋」です。いずれも明治9年の鉄道開業時に造られたもので、当初は単線開業でしたが、橋梁は複線規格で造られていました。
前者は掲示板に記されているもので、六連のうち二連を府道が使用しており、車からでもよく見え、以前から知られています。用途も近くの小畑川の洪水に備えた、避溢橋で、橋脚には流水の抵抗を少なくする、「く」の字形の水切りまで付いています。掲示板の管理者親子の住まいもすぐ近くです。
後者の「老ケ辻三連橋」は、犬川という河川を渡る橋梁で、避溢橋ではありません。付近には大きな道路もなく、住宅が建て込んでいるため、なかなか見つけにくく、それほど知られた存在ではありませんでした。最近になって、その歴史的価値を認めた長岡京市によって、付近が遊歩道化され、橋梁の直下から観察することも可能になりました【写真1】。天下の東海道本線だけに複々線上を頻繁に走る列車のすぐ下で、130年前の鉄道遺産が静かに息づいています【写真2】。
問題の桂川西の避溢橋もほぼ同サイズと想像されますが、これが二十五連もあったとは、さぞ壮大なものだったことでしょう。
【写真1 老ケ辻三連橋.JPG : 412.8KB】
【写真2 老ケ辻三連橋.JPG : 377.0KB】
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