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ぼけかけおじんから池の鯉の如く、「出番、出番」と2度にわたり尻を叩かれたが、藪の傍で寝起きをしている老人は杖代わりとなる手頃な若竹が伸びないと、「よっこらしょ」と立ち上がることが出来ない。震える手先を駆使して「蛍谷」について一席ぶつか。
【819】に石山坂本線の運輸開始実施年月日が紹介されているが、ここで注意する点を幾つか述べる。膳所は現膳所本町で、1937年8月20日改称。現京阪膳所は元馬場で、同年8月12日改称で膳所駅前となった。ついで粟津だが、当線延長開通時は別保と称した。京阪が合併した時は既に粟津となっていたので、改称年月日は不明。唐橋前〜蛍谷間開通後に石山まで0.06マイル(96.56m)延長されたのが1914年6月4日。京阪合併時は「蛍谷」と称したが、1937年8月20日に石山寺と改称。1950年10月1日、石山蛍谷と再び改称。1953年4月1日、三度目の正直か、石山寺と改称し現在に至る。
石山寺山門まで歩けば約15分、京都市電・銀閣寺道のように石山寺道なり石山寺口とするのが本当で、地名からすれば蛍谷が本来の姿。せめて石山蛍谷に戻すのが良いと思うのだが、如何でしょうか……大津の住人様。
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