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この運転会のご案内を頂いてから 毎晩少しずつ作業を進め なんとか完成にこぎつけた江若4両を携えて会場に向かいました。30数年前に卒業と同時に三原に移り住んだこともあって 年賀状のやりとりは続いていても30年ぶりに顔を会わすのは何だか気恥ずかしいような 何とも複雑な気持ちで会場に入り なつかしい面々のお顔が目に飛び込んできたとたんに 30数年のブランクは消え去りました。「一気にタイムスリップ」を実感しました。
江若は持ち込んだものの 当社には短い試運転線しかなく 大レイアウトをちゃんと走ってくれるかのか全く自信がなく、何か他に持ってゆく車両はないかと戸棚の奥を探したところ 阪急の3連が当時に納めた箱のまま出てきました。ぷるぷるさんが書かれているとおり EVE運転会のために3人で1両ずつ作ったことを思い出し 江若以上に持ってゆくべきと思って持ち込みました。唯一残念なのは211
を作ってくれた林伸一君に会えなかったことですが、その分ぷるぷるさんがしっかり覚えておられて なつかしんで頂けたことで 持ってきた甲斐があったと思った次第です。早速リニューワルして頂いたのもうれしい限りです。
心配した江若もそれなりに走ってくれて(我らの仲間は江若とわかってもらいましたが、若い人には興味はなかったようですが)自分的には大いに満足しました。あっと言う間に懇親会になり 早々に退席しましたが 本当に心安らぐ時間を過ごさせて頂きました。諸先輩ともっとお話がしたかったのですが、もう満足感一杯で
会場をあとにしました。お世話頂いた岡さんはじめ 皆様方に厚く御礼申し上げます。ありがとうございました。
▼ぷるぷるさん:
>尼崎ホビスタでの運転会、盛会のうちに一日があっという間に終わりました。お世話いただいた岡さんをはじめ、役員の方々に感謝致したいと思います。
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>各人思い思いの車両を持ち込んで、建築物に接触したり脱線転覆や車軸不転、台車破損などのトラブルもあったものの、そこは模型の世界、それも楽しいトラブルで、中には一日中走りまくっていた車両もありました。
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>さて昨年の8月、当掲示板で「光明丹」が話題に上り、EVEの運転会の賑やかしに阪急の210型を作ったという話を書きましたが、68年度の西村雅幸さんが保管しておられ、今回思いがけなく運転会に登場しました。三十数年前に急造した三両編成は211-261-212で、211を68年度林 伸一さん、261を上記西村さん、212を私がそれぞれ分担して制作しました。基本的にペーパー車体ですが、211だけは車体の主要部分を真鍮で作ってあります。
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>今回、私がいったん引き取って窓ガラス入れなどリハビリを行うことにしました。写真は車番のインレタを張り替え、窓ガラスを入れたところです。ケータイで撮った写真なのでピントが甘くて見苦しいですがご笑覧ください。
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>ところでこの210型、雑誌に掲載された古い写真では212号車にもパンタグラフが付いていますが、私たちが現役だった頃には取り外されていたように思います。
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