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リクエストに応え、半世紀前の記憶を絞り出す。奥羽本線ニッ井、鷹ノ巣はかつて材木―秋田杉の集積・出荷の本場で、駅には山の如く材木が積まれていた。
1955年3月には山が積雪で列車運行がなく、仁鮒の営林署では機関車は庫に収まったまま。2年後の9月北海道の帰りにもう一度立寄り、蒸機をDLで引出して貰った。右から協三工業/小樽東亜車両/大日本軌道製である。
米代川にかかる鉄橋―本来森林鉄道専用橋で、その600m程西に響橋という立派な道路橋があるのに、なぜか地元住民はこの専用橋が好き?と見え、営林署も橋の部分のみお手の物の材木を敷詰め線路・道路併用にしている。人が線路を歩くのは驚かないが、何と自動車(写真ではオート3輪=勿論バーハンドルで方向指示器がピョコンと飛び出す代物)まで線路・橋を堂々通行するのには開いた口が塞がらず、地元民の既得権らしい。これが現在の銀杏橋の先代であろう。
この時期まだそうやたらにはなかった踏切警報機が、それも線路方向に点滅するように建っており、柱は木である。これは森林鉄道列車が走るかなり前からキンコンカンコンと鳴って、車に早く渡ってしまえとせきたてるため。この橋を渡りきったところにはまともな踏切があり、線路は左右(南北)に分岐し、片側は阿仁川に、一方は丙川に沿って国有林へ。
画面奥右側、集落の山のふもとにニッ井駅がある。森林鉄道は駅の山側から右手奥にも伸び藻琴村で左右に分岐=粕毛川、藻琴川に沿いそれぞれ国有林山奥に向かう。
客車はいずれも地元大工の手作りであろう。No.3と側面に書いてある有蓋2軸車は、ワフ兼用のテンダーというか、予備石炭搭載車らしい。その左側の無蓋車はどうやら作業員輸送車と見た。足回りは運材台車そのままであろう。こんな鉄道が、北海道から九州まで、日本全国に展開していたのである。
5万分1地形図はファイルが大きすぎて添付できず、かといって小さくすると字も軌道線も読めないので、致し方なくあきらめた。なお小生の投稿は「おじん2人」も含め、画面をクリック頂くとポップアップするので念のため。
【仁鮒森林鉄道機関車と鉄橋.jpg : 165.6KB】
【大日本軌道製機関車.jpg : 135.6KB】
【仁鮒客車.jpg : 141.7KB】
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