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[1283][1284]と田野城・ぷるぷる氏のやり取りが続き、どうせ乙訓老人も黙っては居れずに参戦必至であろう。その間隙に乗じ、須磨老人も1911(大正元)年10月5日鉄道時報681号記事を紹介に及ぶ。題して「紐育市の二階附新電車」。( )は拙老による。
▲二階附の馬車電車は倫敦(ロンドン)が鼻祖で、久しく独占的の名誉を荷ふて居たが、此頃から紐育(ニューヨーク)市でも採用することとなり先月試運転をなす迄に至つた。
▲東京でも近来は追々西洋風になりつつあるが、殊に輪敦紐育等では事務所商店等と住宅と画然分れて居る為め朝夕一定の時間に或区域の交通機関に非常に多数の乗客が輻輳し、市民の不便は言語に尽せない位である。従つて此運輸交通上の欠陥を補ふ為め、地下鉄道、高架鉄道等が出来、或は更に既成の線路を延長する等種々の苦心をしている際である。其で此二階附の電車は或程度迄此市内交通機関の不足問題を解決するものと認められて居る。
▲此の紐育電車の発明した新機軸はいろいろあるが第一は乗客の席が車体の真中を長いなりに腰掛が背中合せになり、其の前を両側共通行することが出来るやうになつて居る、又二階は乗客定員が下と同様であるに拘はらず車両全体の高さが大層低く出来て居る、即ち従来の標準車体よりは十九吋程高い十二フィート十吋の高さである丈で、二回が附けられることになつて居る、従って二階にした為めに、例へば
橋の下とか高架鉄道の下とかを通るときに豪も差支へがないやうに出来て居る。
▲さて斯く従来の平屋作りの車両の特徴を失はず而(しか)も定員数を倍加し、且つ二階の内部の装飾や其の他がよく行届いて居り市内見物にも面白い所から乗客が不平どころか、大喜びで二階へ乗りたがる、此計画は全然大成功であると云はれて居る。
▲新車両の重要な点を摘記すると第一、八十八人の座席と、八十三人の佇立客合計百七十一人が運び得られる、是では余程の人出の時でも大抵一時に運び去ることが出来る訳である、第二には従来の二階附の車は高さが高過ぎたのと一つは客の乗降に手間取るのが大欠点であったが是は此新車両ではすつかり取り除かれて居る其訳は(イ)車台が低くて車の床と地面の間が誠に僅で従来の如くに二階の階段を踏むを要せぬこと(ロ)車掌を車外の地上に立たせて置いて賃金を集め且つ乗換券を渡させるやうにしたこと(ハ)二階へ行く階段は車体の両端にあって出入口は中央にある、是で二階行きの人間と然らざる人間との混雑を免がれること、(ニ)車掌は電気仕掛で二階の客に次に来る町の名前を知らせることが出来る、其の為め二階の客は次の町が来る前に階段を降りて来て出口に立つて居ることが出来る又出入口が中央にあつて、其処に少しの足の踏みかけ場も無いから、満員の場合には扉を閉じて置けば何人も這入ることが出来ぬ故強いて乗らんとして騒擾を醸すやうな憂ひがない。
▲階段がまた新工夫で出来て居り、階下から二階まで五フィート二吋あるのに、僅かの労で上り得られる、且つ両側に手欄が付いて居る、且二階の上り口で階段は二つに分れ、座席の何れの側へでも出られるやうになつて居る。
▲夏になると階上の窓が取り外されて、其代りに丈夫な手欄及び金網が付くやうになつて居る、階下の窓も取り外しは出来るが二階程には行かない、又喫煙は二階に限られて居る、冬窓を閉ぢた時には電気仕掛で換気法が行はれる仕組みで、一人につき一時間三百五十キュピックフィートの新鮮な空気を入れることが出来る、勿論温気法も完全したものである。
▲此新車軸の新工夫の一は、制動力の増減が乗客の多少によって自動的に自由になることである、それ故運転手は満員の場合と乗客の少ない場合とに拘はらず常に同じ様な工合にブレーキすることが出来る、且つ発車停車に多くの時間を費すことがない特徴がある。
▲車体の長さが十八吋丈普通のボギーより長いのを埋め合せる為めに、車体の両端は魚の頭のやうに細く尖って居る是は此車両の一特長でカーヴを廻る時などに好都合なことは云ふまでもない、又前にも云つた通り出入口が中央にあって且つ車体の床が非常に低い為め従来の車体のやうにニ段の階段を踏む必要がなく、足を車体に掛ければ已(すで)に足は車両の床と平行線にある訳である、階段なしの電車の名是から起って居る。
▲乗客の席には車体の真中に背中合せになって居るのは二階丈で、階下は写真にある通り普通の電車と同じく両側に相向ひに出来て居る。
▲中には二階附の電車が車の上部丈重くなつた場合に転覆の恐れがないかと云ふ人もあるがそんな心配は決してない、元来高さが十二フィート十吋と云ふのは少し大形の電車と大差なく、蒸汽列車の車体よりは低い位である、重力の中心は普通想像されるよりも遥かに下部にあるので決して転覆の恐れなどはないとの事である。
▲車体の全重量は四万六千封度(ポンド)、若し八十八人の座客があるとすれば一人当の重量は五百二十二封度である、若し定員通り百七十一人を乗せたる時には一人当の重量二百六十六封度に当ると云う。
▲車両の外観及内部の装飾は写真にある如く余程研究されたもので実に格好がよく出来て居る。東京の町で二階附の電車が今直ちに採用され得るか否かは別とするも、上来述べた所をよく研究すれば種々有益な改善のヒントを得られるであろうと思ふ。
以上だが、「フィート」は漢字転換が出来ずカナで表示している。いろんなことを考える人もいたと感心するが、それにしても百年近く前にステップレス路面電車があったのである。さらに階下で座っている人が立つときに頭をぶっつけない確率は幾許か。
さてさて、乙訓老人のコメントや如何に。
【NY二階建路面電車.jpg : 331.4KB】
【車体断面.jpg : 399.2KB】
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