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【1221】少し前の名鉄美濃町線(2) 藤本哲男 08/3/21(金) 0:49 [添付][添付][添付][添付][添付]

【1221】少し前の名鉄美濃町線(2)
 藤本哲男 E-MAIL  - 08/3/21(金) 0:49 -
  
今回は、モ510形とモ520形について話を進めたい。実は私自身、両形式については、不明な部分が多々あり、皆様のお力をお借りしながら解決できれば思っている。

少々古い資料であるが、美濃町線の昭和36年10月31日の配置は次の通りである。
形 式   車 番    製造年   製造所    旧車番等     旧形式
モ500  501~504  大正10年 名古屋電車  美濃電BD501~504 (BD500)
モ510  511~515  大正15年 日本車両   美濃電セミボ511~515 (セミボ511)
モ520  521~526  大正12年 日本車両   美濃電BD505~510 (BD505)
モ530  531・532  大正12年 梅鉢鉄工所  三重交通モ501・502
      533    大正13年 梅鉢鉄工所  三重交通モ504
モ570  571~573  昭和25年 日本車両 

 モ510形は大正15年製、モ520形は大正12年製で、製造年の新しいモ510形の方が番号が若いのは、上の表からお判りいただけると思うが、モ500形とモ510形は旧車番を生かし、旧BD505形(505〜510)をモ520形としたからである。

モ510形
元美濃電のセミボ510形(511〜515)のグループで、形式のセミボはセミスチールボギー車の意味である。大正15年から平成17年まで実に80年に亘り、ほぼ原型保ちながら活躍した稀に見る長寿車両であった。趣味誌(鉄ピク1986年12月名鉄特集等)には「昭和42年市内線・揖斐線直通運転開始時にHL化改造を行った」と記述されているものが多いが、実際には美濃町線時代にラッシュ時に連結運転するため、512〜514の4両は昭和37年に既に改造されていた。また、座席の転換クロス化も当初は514、515の2両で、511〜513は、511のHL化と共に翌年の昭和43年に実施されている。モ512が旧美濃駅に、モ513が岐阜市内の金公園に、モ514が旧谷汲駅に保存されている。

モ520形
元美濃電BD505形(505〜510)のグループで、形式のBDのBはボギー車、Dはデッカー社の電装品の意味である。車体は木製で、昭和39年から40年にかけて車体に鉄板を張りニセスチール化されている。こちらも趣味誌には「昭和42年市内線・揖斐線直通運転開始時にモ510形と連結するため改造を行った」と記述されているものが多いが、改造はモ510より多少遅れて昭和43年であったと思う。また、モ510形より1両多かったため、トップナンバーのモ521は、揖斐線直通改造を受けることなく昭和44年10月に廃車となっている。直通改造に当り、トラス棒が撤去されたのには少々驚いた。そのせいか末期頃の写真を見ると何となく車体が反っているように見える。昭和63年に廃車となり、平成までは持たなかった。廃車後モ524〜526の3両は静岡市内の焼肉店に売却され、モ524とモ525は前頭部のみ店の看板代わりに、モ526は原型のまま物置代わりに使用されながら展示されていたが、閉店と共に解体されてしまった。

昭和47年頃、モ510形とモ520形の美濃町線から揖斐線直通車に改造されるまでの過程を時系列にまとめたことがあるが、その時の資料が見当たらず、適当に書いた部分があり、詳細をご存知の方は是非補足をお願いしたい。

写真は上から
1.モ515(美濃町線時代) 昭和39年6月24日  新岐阜
 この時点で既に連結器、ジャンパー線が取り付けられ、HL化されている。
2.モ515(揖斐線直通改造後) 昭和48年1月21日 岐阜駅前
 正面窓のサッシ化とジャンパー線受けの取り付けが実施されている。また、床下機器の配置に変化が見られる。
3.モ523(美濃町線時代) 昭和42年7月23日  徹明町
 徹明町で発車待ちの美濃行き。この時点ではまだ田神〜競輪場前間の田神線が開通していないため、名古屋方面から美濃方面に行く場合、新名古屋で市内線に乗換え、更に徹明町で乗換える必要があった。
4.モ525(美濃町線時代) 昭和39年6月24日  徹明町
 徹明町で発車待ちの北一色行き。
5.モ525(揖斐線直通改造後) 昭和48年1月21日 岐阜駅前
 揖斐線直通改造時に窓のサッシ化が行われ、揖斐側の運転台にHLのマスコンが設置された。また、トラス棒がバッサリ切り落とされた。この時点では、市内線区間は単行で運行され、忠節で分割併合が行われていた。

【1211】の写真撮影年月日が一部間違っておりましたのでお詫びの上訂正いたします。
 モ12、モ34の写真(誤)昭和44年7月23日→(正)昭和42年7月23日

話は変わりますが、湯口先輩の「日本の蒸気動車」(下)私も読ませていただいております。
その中で、P17の中国鉄道キハ1のキャプションの「右側の省電は?」とありますが、台車、窓配置から判断すると、後に岡山臨鉄道のキハ3002となったキハ二140ではないでしょうか。

添付画像
【モ515.jpg : 92.4KB】

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【モ515A.jpg : 116.0KB】

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【モ523.jpg : 102.0KB】

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【モ525.jpg : 61.4KB】

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