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クロ151がデビューしたのは、昭和35年6月のダイヤ改正で「つばめ」、「はと」が電車化され、「こだま」、「つばめ」各2往復となった時でした。食堂車(サシ151)も連結され、子ども心に「乗ってみたいなぁ」とあこがれていましたが、昭和39年に新幹線が開業するとこのパーラーカーに乗って東京に行けなくなることを知って、高校に入ったばかりでしたが、アルバイトを始め、夏休みになってやっとお金が貯まったので夢を実現しようと思いました。本当は広島から「つばめ」で東京まで行きたかったのですが、今のようにどこの駅でも日本中の切符が買えるわけではなく、また、乗る前日に広島に行かなければなりませんので、諦めて、東海道本線全線に乗ることにしました。神戸始発で明るいうちに全線乗るには「第1ふじ」しかありませんので、乗りたい日の1週間前に神戸駅まで行って購入したのが画像の切符です。駅員さんに「13日はクロ150ではないでしょうね」などと余計なことを言ったのを憶えています。
13日は良い天気で、神戸駅のいちばん山側の古くさいホームから発車しました。おねえさんが来て、紅茶とクッキーを置いていきました。運転車掌は東京車掌区のA氏でした。その後昭和42年12月に「明星」に乗客専務(1組)として乗務されているA氏をお見かけしたこともあります。「第1ふじ」に乗車中そのA氏に親切にしていただき、誰もいなかった区分室で昼食を食べさせてもらったり、運転台にあげてもらって窓を開けてホームの屋根すれすれに通過するのを体験したり、楽しい時間を過ごしました。東京に着いたらもう用事はないので、帰りの切符を確保しようとしたのですが、夏休みなのでかなり混んでおり、やっと買えたのが「第2いこま」でした。これがなんとサロ152−13で、当時はたしかサロ152−1と13の2両しか冷房化されていなかったと思うのですが、たいへんラッキーでした。
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【特別座席券表.jpg : 142.9KB】
【特別座席券裏.jpg : 132.9KB】
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