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同志社大学鉄道同好会 〜40年の軌跡〜

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鉄道同好会は1995年ごろから現役会員の減少に伴い、活動が停止状態になるに至りました。 大学のサークル活動の低下が言われて久しくなりますが、鉄道同好会もその例に漏れず、集団活動を嫌う潮流、また今出川と田辺の分断という要因もあって活動の低下を見たものと思われます。会員は離散し、活動は休眠状態に陥り、ボックスは無人状態となったまま数年が経過しました。

 このような折り、大学当局・学友会から、ボックスの無人状態が続いた鉄道同好会はサークル活動を停止したと認定したと認定されるに至り、ボックス撤収の要請が野本会員(神学部勤務)からOB会に連絡がありました。OB有志で協議した結果、会員の自宅などにボックスの用品を疎開させることにしました。1998年6月13日、有志21人が新町ボックス2階から用品を引き揚げ、部品、レイアウト、書籍は津田会員の知己である京都市南区のワタダ印刷様の寮の空き室に、またアルバム、会誌は沖中会員の自宅に収容しました。また、田辺キャンパスのボックスも1999年2月20日に同様に撤収し、阪口会員の自宅へ用品を移送しました。その後、ワタダ印刷様の保管切れに伴い、1999年2月21日に同所から再移送、HOレイアウト、部品、書籍は大津市の岩波会員の倉庫に、Nレイアウトは向日市の鎌田会員の自宅に収容しました。今後、保管品のリストを作成し、有効活用については、協議していくことにしました。
 
 鉄道同好会の消滅という、我々にとってはもっとも悲しむべき事態に陥ったのはたいへん残念なことでありますが、今後OB会としても、現役学生との接点を探り出し、会の復活への端緒を見つけ出したいと考えるものです。


文責: (福田 静二)
1999年同志社大学鉄道同好会発行 青信号64号 より転載

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