Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道⑥

1999年8月8日 敦賀港へC56のイベント列車を撮りに

敦賀港が開港して百年を迎えたこの年、「つるが・きらめき・みなと博21」が敦賀市内で開かれ、その一環のイベントとして、梅小路蒸気機関車館で動態保存中のC56160を使用した、イベント列車「SLきらめき号」が、8月8日、9日に敦賀~敦賀港2.7kmで各2往復が運転されました。敦賀港の歴史は古く、大阪・京都からのロシア航路連絡も目論んで、現在の北陸本線の最初の区間として明治15年に開業しました。当初は金ヶ崎の駅名で、賑わいを見せますが、現在の北陸本線のルートが開通すると、敦賀~敦賀港は貨物支線となりました。敦賀を発車、北陸本線と分かれて、左へカーブする、C56160+12系客車の「SLきらめき号」

続きを読む

「瀬戸内マリンビュー」と「エトセトラ」、「シースピカ」

GoToトラベルで「行け!」「行くな!」と騒がしい昨今ですが、客足の途絶えた瀬戸内にも何とか観光客を呼び戻そうとJR西が画策しているようです。今まで呉線には「瀬戸内マリンビュー」号という観光列車が休日運転されていましたが、この度車両を再改造して、10月から「エトセトラ」として再デビューさせるそうです。まずは改造前の姿からご紹介します。

2019-5-1 瀬戸内マリンビュー号 糸崎駅にて キハ477002+キハ477001

続きを読む

 Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道⑤

2013年8月7日 いちばん海に近い廃止駅、池の浦シーサイドへ

参宮線に夏の海水浴シーズン限定の臨時駅「池の浦シーサイド」がありました。たしかにホームの横は海ですが、海水浴場までは徒歩で15分ほど掛かります。列車に乗って、炎天下を歩いて行くような真面目な(?)海水浴客など微々たる人数で、次第に、営業日・停車列車も限定され、訪れた頃には、営業日は真夏の土日の数日のみ、停車する列車も朝夕の数本だけになっていました。年間の乗降数は数十人、しかし、ほぼ全員が鉄道趣味者の記念乗降で、実際の海水浴客は、ほぼゼロという状態でした。結局、2016年から営業日ゼロの休止状態になり、ことし2020年の3月のダイヤ改正で正式に廃止となりました。すぐ横は鳥羽湾、いちばん海に近い駅だった。暑中見舞いの絵柄にピッタリの写真が撮れたが、肝心の海水浴客の下車はゼロに近く、ついにことし3月のダイヤ改正で廃止されてしまった。

続きを読む

 Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道④

2007年8月4日   阪急十三駅のホームから淀川花火を撮ってみた。

夏の風物詩“花火”も、今年はほぼ中止のようです。私は暑いのと人出が苦手で、花火見物に行ったことがありませんでした。ただ一度だけ、阪急電車との組み合わせを求めて、淀川花火大会へ行ったことがありました。最初は川沿いへ行こうと思っていましたが、すごい人出に恐れをなして、十三の駅で撮ることにしました。淀川から見るよりは、距離もあって、邪魔も入りますが、ある時代の阪急電車としては、これはこれで記録になりました。この淀川花火大開も、今年は中止です。

十三のホームを歩き回って、神戸線の梅田行きホームの神戸方がいちばん撮りやすいことが分かった。珍しく三脚をセットして、停車中の電車と絡めて、バルブ撮影を始めた。 続きを読む

姫神山

C6120牽引の臨時急行「ひめかみ」号に乗ったことがあるとコメントしたところ、総本家さんから懐かしい響きだと言われた。そこで2002年11月3日に撮影した姫神山をバックにした485系の盛岡発函館行き特急「はつかり13号」の写真を掲載させていただく。調べてみると姫神山は1000mちょっとなので六甲山より少し高い程度であるが、山容が綺麗である。付近の岩手富士や青森の岩木山、八甲田山ほど有名ではないが二百名山の一つだそうである。東北と言えば今の時期は盆休みで大勢の人が帰省したことを思いだすが、私のような高齢者には帰省できない人や故郷で待っている人に同情したくなる。余命いくばくもなくなると特にそう思う。▼

 Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道③

2018年8月3日 空気の澄んだ日、京都タワーから撮ってみた

京都の夏は、最高に暑くて、地上が熱せられると上昇気流が起こり、“かげろう”ができて、どうしても見通しが利きません。ただ、時には、空気が澄んで、遠くまで見通しが利く時があります。こんな日を狙って、京都タワーの展望台に上りました。目的は、その時に進めていた鉄道誌の扉写真として、京都の街並みのなかに奈良線の103系を入れて写すことでした。まだ103系は何編成かが残っていて、難なく撮ることができました。せっかくの恵まれた条件で、所期の目的だけでは勿体ないと、夕方までネバって写しました。

陽が傾き始めた頃、西を見ると、新幹線の高架がずっと伸びている。さすがに、夏なので、金色に輝くことはないが、それでも、交換する上下の編成が、輝き始めた。

続きを読む

 Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道②

1996年8月2日 本山支線で現役最古のクモハ42を撮る

クモハ42は、昭和9年、東海道本線の京阪神電化に際して投入された42系のなかの両運車で、20m、2扉、クロスシート車でした。宇部線に残っていましたが、クモハ123が投入されて旧型車は消えたましたが、クモハ42だけは両運が幸いし、雀田~長門本山の”本山支線”専用として生き残りました。最後のクモハ42001は、当時、JRで1両だけ残った営業用の旧型国電でした。終点、長門本山のクモハ42001 「ムーンライト」に乗って、朝の本数の多い時間帯から写し始めたが、朝から青空が広がっていた。 続きを読む

 Summer Memories 2020 《8月同日》 あの頃あの鉄道 ①

長かった梅雨が明けて、久しぶりの青空tが広がっています。8月は、ほかの月に比べて格別の思いがありますね。ただ今年は、その高揚感がありません。“外へ出ない”が、新しい生活様式として定着し、計画のない真っ白な予定表があるだけです。こうなると、毎日の楽しみ、生きる支え(?)の“デジ青”は、どうあるべきか、最近のテーマとなりました。

冷房が入っているのも構わず、列車の窓を思い切り上げてみた。身体は冷えているのに、顔だけは生暖かい潮風が当たった。これぞ8月だった(五能線 2019年)。

 

新規ものもありません。モノクロも、大量の押しつけは嫌われます。そこで近年のカラーに眼が行きました。以前からカラ-も試行錯誤で投稿していますが、ネガ、ポジ、デジと年代によっては違い、とくにポジ・ネガは、モノクロの補助として散発的に撮っていたただけに、繋がりが少なく、体系的な発表を難しくしています。

 

一直線に続く線路を驀進する。湾の向こうを沈みゆく太陽が追いかけてきた(大湊線 2019年)

 

 

 

続きを読む