越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 15 帰国

第10日目 12月13日(土)後編

② ハノイ空港 01:40(VJ938)⇒7:50 関西空港

11:30 「HanoiTrain」の乗車は終わりました。この列車は午後13:00発の便もありますのでもし乗車してみたいと思われる方がおいででしたらこちらも選択できます。ツアー料金はNT$912(約4,559円)、ツアー会社はKlookです。他代理店でも予約は可能。
▲ 12:01 一旦ホテルに戻ってTrainStreetでハノイ発の列車を待ちます。
🕓Weekday 8:50 / 9:20 / 11:45 / 15:20 / 21:20 /22:00 🕓Weekend 8:50 / 9:20 / 11:45 / 15:20 / 17:30 / 18:20 / 21:20 / 22:00 運行ハ休日が2本多いです。
通過する列車時億は2025年末現在で上記のようですが当然当日に遅延や運休・臨時もありますので現地の店で確認する必要があります。

雨は小雨になってきましたので旧市街を散策です。 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 14 イベント列車「Hanoi Train」に乗る

第10日目 12月13日(土)前編

今日はベトナムに来て滞在最終日です。一般にはあまり告知されていないハノイと中央駅から郊外駅へと走るイベント列車「ハノイ5クアオ ヘリテージ2階建て列車「Hanoi Train」132に乗車します。
▲ 最高速度80km/hにしか達しないメーターゲージとは思えない立派な客車です。見るまで本当なのかとワクワク楽しみでした。 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 13 ニンベンへの日帰りツアー

第9日目 12月12日(金)

今日はハロン湾よりも評判の高いと言われる世界遺産のニンベンツアーを申し込みました。宿泊しているホテルでピックアップしてくれますが、このツアーは往復バスではなく列車利用もありました。申し込みをしたのですがニンベン到着後のツアーバスの予約が取れません。仕方なくホテル発着にしました。

7:50 部屋で待っていましたらホテルの従業員からバスが来たよとお呼びが来ました。
バスの写真はいつもナンバーが分かるように撮っておきます。ツアーバスは観光地に行った時にどれか分からなくなるので必需です。 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 12 ラオカイからハノイへ戻る

第8日目 12月11日(木) 
今日は予定が変わってしまったのでラオカイからハノイへの移動日になりました。今夜の夜行列車で行けば効率的ですが車窓を見える昼間に移動したいと思いました。

▲ 駅待合室にはかつてのラオカイ站の様子が写真展示されていました。この機関車が中国昆明迄走っていたのでしょうか。
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 「信号場」を巡る  ⑮ (最終回)

〝三重連〟のメッカ 布原(ぬのはら)信号場

「布原の三重連」と言えば、蒸機時代を経験したことがない平成・令和世代にも、カーブした鉄橋をD51三重連が渡って行く、あのシーンかと頭に浮かぶことと思います。これほど左様に、布原信号場は、SLブームを象徴する撮影地として認知され、その狂騒状態は、SLブームの恰好のマスコミ素材ともなりました。いつも横目で見ていた私でしたが、話のネタにと、山陰旅行の行き帰りに三重連を見に行くことにしました(昭和46年9月)。

布原信号場は、伯備線新見~備中神代に昭和11年に開設された。備中神代から分岐する芸備線の列車も通るから、列車本数が多く、信号場の開設となったようだ。この時代、まだ客車列車があり、石灰岩輸送で貨物も多かったので、午前の時間帯では、一時間に3、4本の蒸機列車が見られた。布原付近には、両側から25‰勾配があり、とくに重量のある石灰岩輸送は、多くがD51の重連で、朝の1本がD51三重連となった。

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夏休み日本縦断の旅 10日目② 最南端の駅を訪ねて

このシリーズ、年内に終わるかと思っていましたが、もう少しだけ続きそうです。さて、ゴールまであと37.8kmのところで無念のダウンとなってしまいましたが、果たしてその後どうなったのでしょうか。続きをどうぞ。

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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 11 ラオカイの中越国境 

第7日目 12月10日(水)

① サパ 8:30(路線バス)⇒9:45 ラオカイ駅

昨日サパ市内を十分に散策しましたので今日は朝からラオカイに戻って中越国境を越えてかつての河口駅を見に行くことにしました。

▲ 7:30 1階ロビーへ降りましたが朝食バイキングの用意はありません。昨夜宿泊したのは私だけだったのでフロントのお姉さんはフォを作って出しますと言われました。
▲ 選択肢はこれしかないようですし、美味しいので好きです。いただきました。
一応果物の付け合わせもでました。
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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 10 サパの登山電車、ロープウエイ、ケーブルカー共、点検で運休! 大ショック!

第6日目 12月9日(火)

① ハノイ22:40(SP7)⇒6:25 ラオカイ

6:25 寝台列車に爆睡で定刻にラオカイに到着です。ホームには白バスの運転手が客引きを熱心にやっておられます。いくらが相場なのかが分からずで、100,000vnd(約600円)の提示に仕方なく支払ってしまいました。バスは小型のミニバスで乗客は欧州人夫婦との3名だけでした。ローカルバスならもっと安いのでしょうが失敗しましたね。
今日は「インドシナの屋根」と呼ばれるベトナム最高峰であるファンシーパン山(3147.3m)へ登山鉄道とロープウエイ、ケーブルカーに乗って参ります。今回の旅のメインハイライトなのです。
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1966(昭和41)年9月3日午後登別

北海道のキハ82を投稿したところ1900生さんから特急「おおとり」の上り下りの間違いを指摘された。ここは午後2時過ぎの下り3D「おおとり」から日没までいた。この年は最後の仁山のスイッチバックと狩勝峠で1日を過ごしたが今振り返ってみると室蘭本線での「おおとり」の前後は勾配こそなく平凡な路線であったが実に多くの機関車を撮ることができた。平凡な写真であるが数は稼げたので行き交う当時の列車を見ていただきたい。

最初は岩見沢発上り228列車室蘭行きC5729[室蘭]である。14時50分前の通過であるがこの大カーブで望遠レンズを使ったのは誤りで5両の客車を牽くのはC56に見えてしまうがどうだろうか。▼

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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 9 ハイフォンからラオカイへ

第4日目 12月8日(月)後編

① ハイフォン  15:00(LP8)⇒17:40 ハノイ・ロンビエン

▲ 14:16 ホテルに預けた荷物を受け取りハイフォン駅に着きました。 乗車する列車はホームに入線していますが改札はまだ開始されていません。構内の写真を見ながら待ちました。
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 「信号場」を巡る  ⑭

九州の信号場 南霧島信号場

しばらく途絶えていましたが、デジ青に復帰します。九州にも、当時はまだ単線、非電化の区間があった鹿児島、日豊、長崎の各本線にも信号場がありました。なかでも日豊本線の宮崎以南には、門石(田野~青井岳)、楠ヶ丘(青井岳~山之口)、南霧島(霧島神宮~国分)の信号場があり、それぞれ付近は撮影地として知られていたところでした。

当時、日豊本線にも夜行鈍行、門司港~西鹿児島の521レ、522レが走っていて、何度か利用した。この日は、夜行利用ではなく、宮崎に泊まって、朝6:09に発車する521レに乗って鹿児島方面に行った時だった。編成はDF50+客車7両で、夏休みでもあり結構な利用率だった。列車は都城を過ぎ、なおも山間部を延々と走り、駅でもないところに急に停車した、これが南霧島信号場だった。昭和41年の開設で、全体がカーブした標準的な信号場で、まだ4年しか経っていないので、すべてが新しい印象だ。カーブの向こうから、タイフォンを鳴らしながらDC急行が見えた(昭和45年8月)。

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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 8 ハイフォン街歩き、ハイフォン駅

第4日目 12月8日(月)前編

昨夜はジュニアが捕まりましたのでipadで通じないeSIMについて問題発生の原因と解決策を何とかしようと試みました。結果分かったことは何らかの原因で申し込んだトリファの契約申し込み容量3GBを使い切ってしまったようで追加をする必要が出来たそうです。しかし海外にいる間はホテル等のWiFi環境下以外では対応できず無力化です。スマホだけが頼りになってしまいました。日本や台湾のようにインターネット共有が使えればいいのですがベトナムではだめなのは前回に経験済みです。今後の海外訪問時に対応策を考える必要が出てきました。

今日は15時発の列車でハノイへと戻り、22:40ハノイ発の夜行列車で中国との国境の町ラオカイへと向かいます。それまではハイフォンの街を見学予定です。
8:00 ホテルの食堂に降りてまずは朝食です。
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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 7 ハノイ・ザーラム到着、特別車両でハイフォンへ

第4日目 12月7日(日)

① 南宁 18:05(T8701/MR1)⇒5:30 ハノイ・ザーラム

5:30 カメラが破壊されて傷心の中、夜明け前でまだ暗いザーラムに到着しました。この駅はハノイ手前2駅目の駅です。乗車しています列車は1435㎟ゲージの車両でドンダンからザーラムまでの 3線区間は終わり、これからは1,000㎟ゲージ区間になりますので走行することは出来ず、この駅で打ち切りです。

ザーラムは小さな駅でした。駅前は街路灯もなく暗く、出ますとタクシーの客引きやSIMカード販売に囲まれました。寝台で相棒だった方がバイクTaxiを世話してくれましたが暗闇の中でバイクの後部座席に乗るのは勇気がいります。慣れてもいないので怖さが出て、丁重にお断りを入れました。
急いで購入すべきはスマホ用のSIMカードです。これは無事、購入出来て一安心です。ハノイ駅へ向うにはTaxiだけしかないようですが運賃iは100中国元(約2,000円))の要求です。ぼったくり金額ですがもうTaxiもいないので、仕方なく支払って乗車しました。しかし降りる前には割り増しの500vndを要求したのにはブチ切れました。評判のぼったくりTaxiだったようです。 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 6 ベトナムへの国際列車に乗る、カメラがX線検査機に飲み込まれる大事件発生

第3日目 12月6日(土)後

17:20 南宁駅に参りベトナムへの国際列車の乗車を待ちます。
中国からはロシアへの2本の鉄路、北朝鮮・ビルマ・モンゴルに各1本の国際列車が運行されています。2014年に東欧諸国を夜行寝台列車に乗って縦断をしまして以来の国境越えの列車の乗り鉄旅です。また壊れたボロボロの寝台が待ち構えているのかと心配でした。

① 南宁 18:05(T8701/MR1)⇒5:30 ハノイ・ザーラム
▲ 2009年1月1日に運行を開始した中国ではT8701/8702次列車、ベトナムではMR1/2列車と呼ばれているこの国際列車は南宁からハノイのザーラムまでの396kmを結んでいます。所要時間は12時間45分。中国は1,435㎟、ベトナムは1,000㎟と軌道ゲージが違っていますのでドンダン~ザーラムは3線軌道となっています。コロナ騒動のために運休となっていましたが、2025年5月25日に5年ぶりの運行再開となりました。 続きを読む

夏休み日本縦断の旅 10日目① 最南端の駅を目指して

9日目にして、ついに鹿児島中央までたどり着き、ゴールの枕崎まで目前に迫りました。しかし、順調にここまで進んできた旅も、最後に思わぬハプニングに見舞われることとなりました。それでは、10日目の様子をどうぞ

乗車する1本前の喜入行き普通列車。

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越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 5 南宁MRT試乗、南宁動物園でパンダと会う

第3日目 12月6日(土)前編

今晩は夜行国際列車に乗ってベトナムへと入国します。それまで十分な一日がありますので南宁MRTをできるだけ乗り切ろうと思いました。
初めてゆっくりと起きて朝食バイキングをいただけ
る日です。爆睡で8時に起床、会場へと参りました。
▲ 中国らしくこれでもかとのメニューです。高齢者でとても全てを食べるのは不可能です。小腹が満ちる程度にいただきました。

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「速度種別と速度記号」

「列車種別」と言えば、いわゆる特急、急行などの輸送サービス(早さや快適性)を定型化し分類されたものと理解している。一方、「速度種別」は列車の運転時分を定型化し分類したもので、車両形式やけん引定数、MT比などの違いによる多種多様の列車の基準運転時分を、「速度種別」と併せて「速度記号」を用いることで定義づけている。出典:「運転理論」(昭和59年10月、㈱交友社)

▲基準運転時分表の一例 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part 4 徳天瀑布日帰りツアー

第2日目 12月5日(金)

今日は国際列車の切符がもしも確保できなかった事を考慮してバス手配のための予備日としていました。一般の人民は国際バス利用の方が多く、コロナ騒動で運休していましたが2023年8月30日から再開、南宁~ハノイ間の走行距離は約381キロで、うち中国国内は210キロ、ベトナム側は171キロで、所要時間は約7時間半です。列車と違って昼間の運行ですのでもし列車の切符が取れなかった場合は朝から並んででも切符を確保するつもりでした。列車の切符が確保できて心配は消えましたので今日は南宁から約230㌔先のベトナム国境にある中国の5A級観光地(2018年認定)徳天瀑布見学ツアー(¥5411-)へと向かいます。

ツアーの出発は 7:10と早く、集合場所は昨夜確認してきた南宁国際観光流通センターです。昨日同様に5時過ぎには起き上がり支度を整えて6:30からのホテルの朝食バイキングを急いで食べてホテルを出ました。 続きを読む

越南(ベトナム)統一鉄道の旅Ⅱ Part3 国際列車の切符購入は大変

第1日目 12月4日(木)後編

④ 南宁空港バス停 17:30(リムジンバス)⇒18:21 南宁駅前

空港から快調に走り約40㎞先にある南宁駅に約50分で到着しました。今夜の宿泊先はリムジンバスの終着地直ぐ横にある銀河ホテル(Yinhe Hotel)で南宁駅はすぐ前と、立地条件は抜群で、すぐにチェックイン出来ました。宿泊料は、4,261円とコスパも抜群です。

▲ 部屋も広く、清掃も行き届いています。2連泊しますので当たりでした。
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北海道のキハ82系

皆さん今日は,あるいは今晩は。今年8月のデジ青に仁山スイッチバックの写真を投稿したところ総本家青信号特派員さんや1900生さんからもっとあるやろうと囃し立てられ、米手作市さん、快速つくばねさんなど同世代の方々から関連写真付きのコメントを頂いたこともあり北海道の気動車のうち当時のスターだったキハ82系を集めてみた。私が当会の会長をやっていた頃Mさん(当時Mさんがお二方おられたが私と同級生のMさんの方である)という方がおられ盛んに客車のスハ43系と気動車特急のキハ82系を褒めておられた。これには私も異論はなく特にキハ82系のスタイルやデザインは抜群で今の時代でも充分通用するし、あれ以上のモノはその後現れていないように思う。Mさんどうしておられるかなあ。そのキハ82系の写真はあえて全部モノクロ写真であることを先にお許し願いたい。

最初の渡道は1966年で「おおぞら」「おおとり」「北斗」の道内特急は全てキハ82系でどれも食堂車キシ80を連結していた。

最初は1966年9月3日 室蘭本線冨浦-登別間3D函館11時15分発網走・釧路行き「おおとり」で網走は21時58分、2003D釧路着は22時3分である。この列車は青森7時5分発の青函連絡船を受けての特急で堂々12連である。「おおとり」はあの各地に特急網ができた1961年の大改正で東京-名古屋間にできた151系電車特急である。▼

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