叡電鞍馬線 不通区間 437日ぶりに開通

2020年7月8日の早朝に、豪雨で土砂崩れが発生し、長らく不通が続いていた叡山電鉄鞍馬線の市原~鞍馬が復旧工事を完了し、去る9月18日(土)初発から運転を再開しました。今朝、珍しく早起きして、散歩も兼ねて途中駅まで見に行ってきました。

叡電では、2018年9月に台風による倒木で不通となり、この時は一ヵ月半ほどで開通したものの、2年後に再び豪雨によって二ノ瀬~貴船口の線路脇の山が斜面崩壊して、叡電の線路に覆い被さり不通となり、市原~貴船口・鞍馬を京都バスで振替輸送を続けていました。  「きらら」には運転再開のステッカーが。

 

 

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米手作市氏 中国新聞に登場

総本家青信号特派員殿から、米手氏が奥出雲の方にお忍びで出かけられたことが中国新聞の知るところとなり、同紙に載ったらしいので至急調査願うとの連絡が入りました。早速ここ1週間ほどの紙面を探しましたが、備後地方と出雲地方では紙面が異なるためか見つかりません。そこで中国新聞デジタル版で探しましたところ、9月6日の地域ニュースに米手氏の名前を発見しました。画面コピーを添付し、ご報告に代えます。

中国新聞デジタル9月6日

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 こんな時期ですが、また写真展 やってます。

9月に入っても周囲の状況は厳しいまま、活動も制限されて、無為に毎日が過ぎて行きます。老い先短い、やり直しのきかない高齢者にとっても辛い毎日です。こんななかでも、自分の“足跡”をしっかり残していくべきと感じるようになりました。

そんな思いを持って、また性懲りもなく写真展を行っています。「伝言板」では一端を伝えしましたが、「掲示板」読者の皆さまにも改めてお伝えする次第です。今までの写真展の経緯をご存じの方にとっては、“またかいな”と思われるテーマ・会場だと重々承知しています。

そこで、今回は、少しやり方を変えました。今までは自分の写真を中心に構成していましたが、クローバー会の先輩や、お知り合いから貴重な写真を使わせもらいました。写真の幅、とくに年代の幅が広がりました。写真を補足するキャプションは詳しく、またコラム記事も作成してトリビアな話を纏めるなど、文字情報にも配慮しました。そしてニューフェイスにも加わってもらいました。私もぞっこん惚れ込んだイラストレーター8590(ヤゴクレ)さんに「七条大橋」テーマで新作を描いてもらい、ほかの作品も展示、一段と華やかに賑やかな展示になったと思っています。

また実施に当たっては、私なりの“エコ”を実践したつもりです。写真については、新プリントを原則にしながらも、使えるものは再利用を心掛けました。額などの部材は、高価で重い金属・ガラスは一切使わず、リサイクルできる紙と木だけにして、持ち運びの軽量化も考えました。企画や前作業は、全くの一人で、老人にはハードな作業でしたが、その分、自分だけのカラーが出せたと思います。あえて統一感をなくし、ギッシリ感、ボリューム感を出しました。何とか乗り越えて、体力・気力がまだ残っていたことは高齢者にとっては収穫でした。

なお、このような時期のため、開場しているのは、週のうち(木)~(日)の4日のみで、(月)~(水)は休んでいます。ご注意ください。

「レイル」119号に会員が登場!

「レイル」の最新号・EF65500番代特集を手にとって驚いた。
会員の準特急さんの力作『誕生から間もない頃 / その後の活躍』と題する記録写真と文が目に飛び込んできた。彼の得意とするきれいな型式写真が白黒、カラーで紙面を飾っている。詳細は読んで頂きたいが、改めて感心させられた。

もう一つはデジ青にたびたび貴重な写真と知識を載せて“会員以上”にご協力を下さっている宮崎繁幹氏が「レイル116号」の補追としてGordonDavis氏撮影のN電、それも現役時代の写真がないと言われていた「2号」の新たな写真を発掘して掲載されている。
いずれもDRFC関係の方の書かれたもので、特に宮崎繁幹氏の写真には旧N2号が北野下の森付近のカーブを通過中と思われる(私の推察)写真が、撮影時期・場所ともに不明と出ていたので会員諸氏の検証をお願いしたい。

この話は会員伝言板に載せようか、掲示板にしようか迷ったが、宮崎繁幹氏の原稿が前回のN電特集に関連することから氏にもご覧いただける掲示板を利用した。

木次からの便りが届きました

クローバー会の木次線ツアーは平成29年4月でしたが、あれからもう4年が経過しました。その際に大変お世話になった「C56108保存会」の堀江会長殿から会報が毎号送られて来ています。この度 第8号が届きました。A3判 両面刷りの会報です。すべてをご紹介します。

C56108保存会会報「ちどり」

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三江線のその後

平成30年の廃止からもう3年が経ちました。ぶんしゅう氏やワラクロ氏が現地に足繁く通われ、最後の姿をしっかりと記録されたと思います。地方線区が廃線になると、駅舎の撤去はそれほど難しくはないものの、レールを剥がしたり、鉄橋の桁を外したりするのは大きな費用もかかるため放置される例が数多くあります。トンネルや鉄橋はそれなりに安全対策はされるでしょうが、わびしい光景を晒すケースが多いようです。三江線沿線では地元住民が駅周辺を公園にして、地域振興を図っている例もあります。

令和3年4月2日 中国新聞朝刊

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芸備線の行く末は?

平成30年4月に三江線が廃止されてからもう3年が過ぎました。三江線の次は、誰が考えても芸備線新見口、木次線、福塩北線という流れでしょう。ナリを潜めていたJR西が動き出しました。廃止ありきではないと予防線を張りながら、備後庄原・新見間の沿線自治体や住民と芸備線のあり方について協議する体制を作りたいとの提案です。それはそれで進めるべきだと思いますが、芸備線、三江線に限らず北海道、四国はじめ全国各地に共通する重い課題を、「地方創生」と言いながら地元任せにして見て見ぬふりをする江戸幕府は一体どこを向いているのでしょうか。

掲載から少し時間が経ってしまいましたが、6月9日の中国新聞の記事をご紹介します。かなりの紙面を割いての報道でしたので、いくつもに分けてスキャンしたので見にくい点はご容赦を。

令和3年6月10日 中国新聞

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近場撮影会ご報告

伝言板でお知らせの西武40000系甲種回送に合わせて行いました撮影会、幸い天候にも恵まれ予定通り催行され、集合場所の石山駅には総本家青信号特派員さんはじめ4名が集まりました。まずは定番の瀬田川鉄橋で撮影の後、膳所ー石山間で本命の西武40000系甲種回送を撮影しました。2時間余りの撮影会でしたが、運動かねての外出まずはこれくらいが良いのではないでしょうか。私は所用があって失礼しましたが他の方は、引き続き反省会へと向かわれました。また、場所を変えてこのような集まりをやりたいと思います。

↑ 本命の甲種回送です。光線の具合はあまりよくありませんが、開けた場所で、珍しく我々以外に2組の撮影者がいました。

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本日の回送 210513

77-タツと申します。

初投稿させていただきます。どうぞ宜しくお願い致します。

JR四国2700系の定期検査トップ(?)で2752が多度津工場に入場しました。自転車の時は工場線まで見に行くのですが、今朝はあいにくに雨のため、多度津駅AM7:03着のいしづち4号しおかぜ4号の入線並びを撮り帰宅しました。

2752は通常逆向き(下り向き)2号車で、また方向幕のついた顔は見ることができないので、私も初めての撮影でした。

小ネタになりますが、時々投稿できればと思っています。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

 

江若鉄道旧近江今津駅ついに解体

江若鉄道旧近江今津駅の解体が始まりました。何年か前から解体の話が出ており、保存運動もあって現状維持が続いていましたが、先月解体が決まり、昨日より解体作業が始まりました。クローバー会の皆様からも多くの方から保存を願う署名活動への協力をいただきましたが、残念な結果に終わりました。

 私の好きな電気機関車たち   ①

蒸機からちょっと離れて別のテーマを‥‥。

朝のルーティーンは、デジ青など“お気に入り”のチェックから始まります。そのなかに「貨物ちゃんねる」があって、東海道本線を昼間走るEF65PF牽引の5087レの牽引機を確認したりします。天気が良くて、国鉄色が牽引となると、散歩も兼ねて午後から出動となります(実は、今日も近くへ出動していました)。

蒸機も好きでしたが、電機も好きでした。客車十数両を牽いて全速で走る旅客機、長い貨車の規則正しい轍を奏でる、重量感あふれる貨物電機、かつての華々し活躍が瞼に浮かびます。人気のある電機といえば、少し前ならEF58、今ならEF65PFでしょうが、私は、ちょっとマイナーな電機や、地方で静かに余生を送っているED電機などが好きでした。そこで、今回は「私の好きな」と限定して、かつて写した電機の思い出を綴っていきます。

注目の5087レ、東海道線を日中走る、唯一のEF65PFの牽引。このところ、天気が良くて、毎日のように歩いて近所へ通っている。連日、赤プレートの国鉄色ばかり、しかも最近、とみに整備が良くなっていて、惚れ惚れするような美しさだ。この日は車端までフルコンテナの完璧な編成だった。

「レイル」誌118号

一昨年より滋賀県立公文書館の史料を閲覧してまとめていました京阪石坂線の前身である大津電車軌道の話を、本日発売の「レイル」誌118号に掲載して頂きました。以前一部デジ青に投稿した内容ですが、総本家青信号特派員様から紹介いただいた多くの方からお借りした貴重な写真、資料を加えてまとめ直したものです。また編集にあたっても総本家青信号特派員様には大変お世話になりました。
自分の書いたものが活字になる経験があまりなく、つたない文章ですが、書店で見かけられましたら手に取ってご覧いただければと思います。
この場をお借りしまして、総本家青信号特派員様はじめ、写真を提供いただきました山科の人間国宝様、須磨の老人様、乙訓の老人様、準特急様、今出川浄福寺様に厚く御礼申し上げます。 続きを読む

 またまたの京都市電展 ありがとうございました (下)

今回の写真展のご来場者は、芳名録に記載が110名、洩れも相当あるので、総数約160名と言ったところ、一日当たりにすると、ほかのイベントと併催した前回より少なめでしたが、多からず、少なからずの人数で、来場者とはゆっくり話をすることができました。数人が帰ると、また次の数人と言った具合にうまく回転したこと、また初対面同士が意気投合して、延々と話を続け、一時間あまり経って“楽しかったわぁ”と笑顔で帰って行かれるのも、いつもどおりの風景でした。

人と会って、話をする、こんな当たり前のことが難しい時代です。写真・資料を前に、好きな電車の話ができる、こんなことだけでも、今回の写真展の成果と言えるでしょう。

昼と夜、二階から見た高瀬川、窓際には勘秀峰さん作成の古地図、乗車券コレクションが並ぶ。部屋は畳敷きで、机、座布団を置いて、ゆっくり、蔵書、ファイル、写真を見ていただくようにした。

 

 

 

 

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