私の好きな電気機関車たち   ①

蒸機からちょっと離れて別のテーマを‥‥。

朝のルーティーンは、デジ青など“お気に入り”のチェックから始まります。そのなかに「貨物ちゃんねる」があって、東海道本線を昼間走るEF65PF牽引の5087レの牽引機を確認したりします。天気が良くて、国鉄色が牽引となると、散歩も兼ねて午後から出動となります(実は、今日も近くへ出動していました)。

蒸機も好きでしたが、電機も好きでした。客車十数両を牽いて全速で走る旅客機、長い貨車の規則正しい轍を奏でる、重量感あふれる貨物電機、かつての華々し活躍が瞼に浮かびます。人気のある電機といえば、少し前ならEF58、今ならEF65PFでしょうが、私は、ちょっとマイナーな電機や、地方で静かに余生を送っているED電機などが好きでした。そこで、今回は「私の好きな」と限定して、かつて写した電機の思い出を綴っていきます。

注目の5087レ、東海道線を日中走る、唯一のEF65PFの牽引。このところ、天気が良くて、毎日のように歩いて近所へ通っている。連日、赤プレートの国鉄色ばかり、しかも最近、とみに整備が良くなっていて、惚れ惚れするような美しさだ。この日は車端までフルコンテナの完璧な編成だった。

「レイル」誌118号

一昨年より滋賀県立公文書館の史料を閲覧してまとめていました京阪石坂線の前身である大津電車軌道の話を、本日発売の「レイル」誌118号に掲載して頂きました。以前一部デジ青に投稿した内容ですが、総本家青信号特派員様から紹介いただいた多くの方からお借りした貴重な写真、資料を加えてまとめ直したものです。また編集にあたっても総本家青信号特派員様には大変お世話になりました。
自分の書いたものが活字になる経験があまりなく、つたない文章ですが、書店で見かけられましたら手に取ってご覧いただければと思います。
この場をお借りしまして、総本家青信号特派員様はじめ、写真を提供いただきました山科の人間国宝様、須磨の老人様、乙訓の老人様、準特急様、今出川浄福寺様に厚く御礼申し上げます。 続きを読む

 またまたの京都市電展 ありがとうございました (下)

今回の写真展のご来場者は、芳名録に記載が110名、洩れも相当あるので、総数約160名と言ったところ、一日当たりにすると、ほかのイベントと併催した前回より少なめでしたが、多からず、少なからずの人数で、来場者とはゆっくり話をすることができました。数人が帰ると、また次の数人と言った具合にうまく回転したこと、また初対面同士が意気投合して、延々と話を続け、一時間あまり経って“楽しかったわぁ”と笑顔で帰って行かれるのも、いつもどおりの風景でした。

人と会って、話をする、こんな当たり前のことが難しい時代です。写真・資料を前に、好きな電車の話ができる、こんなことだけでも、今回の写真展の成果と言えるでしょう。

昼と夜、二階から見た高瀬川、窓際には勘秀峰さん作成の古地図、乗車券コレクションが並ぶ。部屋は畳敷きで、机、座布団を置いて、ゆっくり、蔵書、ファイル、写真を見ていただくようにした。

 

 

 

 

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 またまたの京都市電展 ありがとうございました (上)

私と勘秀峰さんの二人で行いました写真展「春、そして夏へ~四季をめぐる京都市電」が終了して、一週間が経ちました。ご来場いただいたデジ青読者の皆さまには、改めて御礼を申し上げます。少し時間が経ちましたが、まとめ報告を行って、今後の参考にしたいと思います。

写真展の設営をしていた頃、高瀬川の桜は、左のようにまだ咲いていた。それが、5日経った最終日、すっかり桜は散って、上のように、まばゆい新緑になっていた。季節の移ろいを窓外に感じながら写真展ができたのも得がたい体験となった。

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京都市電写真展のWeb記事ご紹介

先に総本家青信号特派員様からご案内があった、7日から開催されている京都市電写真展の話題が、京都新聞のWeb「まいどなニュース」で紹介されていました。昨日私も行ってきましたが、懐かしい写真に加えて、記念切符等、貴重な資料を見ることができます。その中で、京都から大阪行きのバスが結構な頻度で走っていた時刻表も展示されていました。子供のころ大津から大阪内本町行のバスが走っていて、そのバス停が自宅近くの国道1号線にあったのをぼんやりと覚えていましたが、なぜこんな路線があったのかと思っていました。この時刻表を見ると、京都発着のものの内、一日4本が浜大津まで延長されていたことが載っていて、長年の疑問が解決しました。

写真展は明日まで開催されます。Webの記事は下記からご覧ください。

桜と共演の路面電車や、葵祭とすれ違う電車も 京都市電の懐かしの写真が一堂に(まいどなニュース) – Yahoo!ニュース

 

 京都市電写真展、7日(水)から開催します!

高瀬川の桜はまだ咲いています!そのたもとで、京都市電写真展「春、そして夏へ~四季をめぐる京都市電」を7日から開催します。

 

デジ青掲示板の読者の皆さまには急なご案内ですが、-本日7日(水)から5日間、写真展「春、そして夏へ~四季をめぐる京都市電」を開催します。

2021年4月7日(水)~11日(日)11~18時(ただし10日(土)は15時から開場します。ご注意ください)

「高瀬川・四季AIR」京都市下京区西木屋町通仏光寺下る天満町456-27

(河原町通仏光寺を東へ、一筋目の細い道を南へ、数軒目左手)

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江若鉄道開業100年

1921年(大正10年)3月15日江若鉄道の三井寺-叡山間が開通しました。ちょうど100年前の今日のことです。滋賀県の湖西地方に鉄道を建設することは、住民の長年の夢でした。江若鉄道の建設については、その株式を沿線の市町村に割り当て、多くの住民がその株式を購入しました。自分たちの鉄道という意識が強かったのでしょうか、1969年10月31日に廃止となった後も江若鉄道への思慕の思いは強く、その節目ごとに当時をしのぶイベントが開催されています。当会の西村雅幸氏が造られた浜大津、三井寺下、白髭などのジオラマが展示された大津市歴史博物館の特別展などは記憶に新しいことでしょう。一昨年の廃止50年の際にもミニ展示が行われたのですが、残念ながら開業100年に当たる今年はコロナ禍の影響もあるのか、イベントの話は聞いていません。ただ先日会員の方にも協力いただいた旧近江今津駅舎保存運動など、みなさんの記憶にはまだまだ江若鉄道という名前は残っています。私はかろうじて廃止の前年くらいから撮影しただけですが、最初の始発駅であった三井寺駅(大正14年に三井寺下と改名)、三井寺下機関区を撮った写真を載せてみました。

↑ 浜大津側から三井寺下駅ホームを見る。浜大津から来た線路は大きく右にカーブし、ホームの一部はカーブしていました。 続きを読む

京阪大津線オリジナル塗装の終了

先の京津線800型のオリジナル塗装の終了に続いて、最後まで残っていた709+710が2月3日を最後に運行を終了しました。若草色と青緑のツートンカラーで、物心ついてからずっと長年なじんでいたこの色がなくなるのはちょっと寂しいものがあります。ここ何年か何かの記念と称して塗り替えられた車両もありました。これらを浜大津交差点付近で撮った写真をご紹介します。

何年か後に復刻色として、この若草色と青緑のカラーに塗り替えられた車両も走ることがあるのでしょうか。↑ 2012年9月26日より大津線100年記念として旧特急色に塗られた600型、2016年3月21日まで走りました。

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 さよなら 近鉄特急色 〈6〉

近鉄特急色を見直す

しつこく同じテーマのことを書きますが、これで最後とします。私が近鉄特急色について、強く印象に持ったのは、中学生の頃に読んだ鉄道ピクトリアルで、「電車の色いろイロ」と題した、東京大学の学生が著わした記事がありました。昭和38年のことで、暗色の時代から、湘南電車、101系、こだま型と、カラフルな電車が続々と出現していますが、主流は上下二色塗りで、そのほとんどは、窓廻りはクリームなどの明色、下部は暗色に塗られています。

たしかに安定感のある塗り分けではあるのですが、窓部そのものは暗いため、窓周辺を明るく塗ると、視覚的なバランスを欠くと指摘しています。逆に、窓廻りは暗色、下部を明色にすると、暗い窓部が同化して一体感、軽快感が出るとしています。その代表が「こだま」であり、私鉄では、近鉄の新ビスタ101100系が挙げられてていました。特に新ビスタは、斬新な外形とあいまって絶賛されていました。当時のピクと言えば、電車の性能、来歴などの小難しい記事ばかりでしたが、はじめて外部色に言及した内容で、近鉄特急色が中学生の心に残ったのでした。今までの紹介は広軌線ばかりだったが、狭軌線の南大阪・吉野線にも近鉄特急色が走っている。いちばん華やかなのは、何と言っても𠮷野の桜が満開の頃だろう。山全体がピンクに染まった𠮷野駅、16000系が花見帰りの満員の客を乗せて発車して行く。 (2003年4月)

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 さよなら 近鉄特急色 〈5〉

塗装変更された ほかの特急車(1)

「近鉄特急のイメージが大きく変わります!」と近鉄がニュースリリースを配信したのが2015年11月でした。汎用特急のうち、主力の22000 系86 両の車内設備をリニューアルするとともに、カラーリングを変更し、クリスタルホワイトに、ブライトイエロー・ゴールドを加えた新塗装になるという内容でした。最初のリニューアル編成は、まもなく営業を開始し、22000系以外の汎用特急についても、同様のカラーリング に変更しますとも添えられています。しかし車齢の高い12200系だけは、このリニューアル、カラーリング変更の対象から外れ、将来、廃車となる予告がされたことを意味しています。今回は、12200系以外で、同じ近鉄特急色をまとっていた特急車両を見ていきます。12410系が山間部を行く。33パーミル区間を、異形式を連結した長編成が弓なりになって高速で駆け上がるのも、近鉄特急ならではの魅力。三本松(2002年3月)

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新型気動車登場!

今日、梅小路公園を散歩中、鉄道博物館駐車場に「新型気動車」が停まっていました。ナンバーが東京だったので「JR東日本」の所属?らしいです。
その写真がこちら!

キニ3321

種車はホンダの軽四輪。
型式他、この表記にはいろいろご意見があるのでは?ご同輩!

 さよなら 近鉄特急色 〈4〉

ギラリの12200系

先回も書きましたように、明日30日(土)から、近鉄特急の運休本数が一段と増加し、土休日は半減となります。改めて、明日からの時刻表をネット眺めると、京都~奈良特急は、奈良8:28発、京都17:30発のたった一往復だけ、難波~奈良は、完全運休のグレー色に塗りつぶされています。平日も運休が多く、残っていた12200系の活躍も、おそらく本日で終了したのではと推測します。

12200系の近鉄特急色も天候や時間帯によって、印象はさまざまに変化します。なかでも、私の好きなのは、夕方の斜光線に、オレンジ色が輝きを増す時間帯です。文字どおり、12200系が輝いていた時代でした。

 

 

 

 

 

ギラリを撮るのに、いちばん適した区間は、鶴橋~今里~布施の複々線区間だ。何よりも本数が多いから、スポットな時間帯でも、うまく列車が来るし、上本町・難波行きは、どの季節でも、真正面に陽が当たる。鶴橋(2002年11月)

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広島短信

広島市は一時 準非常事態宣言対象地域になりかけましたが取りやめとなり、その後少し落ち着いてきています。とは言え油断大敵と私は巣ごもりを続けております。今朝の中国新聞朝刊に芸備線西三次駅に関する記事が載っていましたので、ご紹介します。

令和3年1月26日 中国新聞朝刊

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 さよなら 近鉄特急色 〈2〉

12200系の行くところ

最近の情勢を踏まえて、鉄道各社では、優等列車の本数削減、終電の繰り上げなどが行われています。近鉄でも、一度リリースがあったあと、昨日、特急に関しては、さらに踏み込んだ運休計画が発表されました。なかでも驚いたのが、土・休日の特急半減です。土・休日の特急運転総数446本のうち222本が運休と、文字どおり半分が運休です。身近なところでは、観光乗車の多い京伊12本→6本運休、京橿56本→22本運休はまだしも、衝撃的だったのは、京奈61本→59本運休と、一日たった一往復の運転に。さらに阪奈に至っては、32本すべてが運休と、奈良線の土・休日は特急ゼロ線区になってしまいます。

ここ数年、近鉄特急の乗車率の低下は、身を持って体験していますが、いくらコロナ禍と言っても、これほどの運休とはホントに衝撃的でした。「当分の間」と書かれていますが、もう完全に元に戻らないのではと危惧します。それだけに、満員の乗客を乗せて、近鉄特急色の12200系が縦横に走り回っていた、つい最近までの状況が、もう何か遠い別世界のように感じられます。今回は、いかにも近鉄らしい風景とともに12200系を見ていただきます。

薬師寺西塔を見て、橿原線西ノ京付近を行く。西塔は昭和の再建だが、朱塗りの仏塔のすぐ近くを12200系が行くのは、いかにも奈良らしい光景。一角だけ田んぼが残っていて、真横から撮れたが、いまは大部分が駐車場に変わってしまった。

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 さよなら 近鉄特急色 〈1〉

12200系

久しぶりに気合いを入れて(?)投稿します。すべての活動が止まってしまった、この時期ですが、鉄道界では春のダイヤ改正に向けて静かな進化を続けています。身近な関西私鉄で見ますと、京阪(新)3000系の「プレミアムカー」、近鉄「ひのとり」増備などが目玉でしょうか。私など「プレミアムカー」も「ひのとり」も乗ったことも無いのに、もう増備が完了です。不透明な時期にも、つねに前を向いて進む鉄道事業者には敬意を表します。ただ、その影で、消えていく風景もあり、京阪、近鉄とも親しまれてきた塗装が見られなくなりそうです。

近鉄では、特急の主力車輌として活躍してきた12200系が姿を消すことになり、同時に、近鉄特急の象徴でもあったオレンジと紺の旧塗装が消えてしまうことも意味しています。まだ正式なリリースはありませんが、2月12日のダイヤ改正で姿を消すようです。この塗装の起源は、昭和33年、世界初の二階建て電車10000系ビスタカーだった。オレンジとダークブルー(当時の呼称)に塗られ、ブルドッグノーズの強烈なスタイルとともに近鉄特急の地位を確立した。最初は、窓部をオレンジ、上下がダークブルーだったが、新ビスタカー10100系に合わせて、逆転させて現在のような配色になった。以来、多少の濃度を変更をしながら、60年以上に渡って、近鉄特急を象徴するカラーリングになった。大和八木(2002年3月)

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阪和電鐵全通90周年企画展

冬季企画展として下記のような展示会が行われます。自宅待機のお触れがでている時節ですが、阪和線支線の鳳~東羽衣の乗りつぶしも出来ますのでいかがでしょうか。
東羽衣で南海電車に乗り換えて汐見橋線に今のうちに行っておくのもよろしい。
冬季企画展 1月16日~3月28日
泉州を貫く軌跡ー阪和電鐵全通90周年
大阪府立弥生文化博物館
JR阪和線信太山(しのだやま)駅600米
通信員高齢のためチラシの添付はできませんので、おのおの方で検索いただき詳細をご覧ください。
お詫びとして復刻版の阪和電鐵封筒をご覧いただきます。郵便番号が五桁のころに手に入れたものです。大阪の終点は阪和天王寺駅で四天王寺の五重塔も描かれてるのに、南側近くに隣接の大阪鐵道(今の近鉄南大阪線)の終点あべの橋と印刷されてるのは何故でしょう。