広島短信 2題

先般、3月14日のダイヤ改正で留萌本線の消滅を話題にしたところ、奈良の駅名研究家さんから手柄山平和公園駅開業のコメントがありました。そんなやり取りを知ってか知らずか、3月13日の中国新聞朝刊にこんなコラムが載りました。

令和8年3月13日 中国新聞朝刊

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広島短信 2題

令和8年3月5日 中国新聞朝刊

今まで、路面電車の速度制限について意識したことがありませんでしたが、昭和29年に定められた時速40Kmが上限だったとは意外でした。一部区間の、高性能車に限って50Km運転が許可されたとのこと。交通信号機が多い市内でどの程度効果があるのかわかりませんが、朝のラッシュ時限定の数本の電車で、一部電停を通過する「急行運転」が始まっている広電らしい取組みです。

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2026年3月14日 JRダイヤ改正に寄せて

3月14日にダイヤ改正があるので、久方ぶりに時刻表3月号を買いました。災害による運休が津軽線、米坂線、陸羽東線、美祢線、くま川鉄道、大井川鉄道で続いており、復旧、存続が危ぶまれる線区もあります。一方、ショックを受けたのは、深川・石狩沼田間15.8Kmの留萌本線が3月末で鉄道営業終了となり、留萌本線という名前が無くなることです。留萌・増毛間、留萌・石狩沼田間と廃止され、盲腸線のように残っていた「本線」でしたが、ついに最後の日を迎えるのは寂しい限りです。北海道の路線図を見る度に、かつて訪れた 今は亡き線区のことを思い出しています。

留萌本線では豪雪の恵比島駅でD61や留萌鉄道を撮ったのが最も印象深く残っています。

57年前の今日 昭和44年3月6日 惠比島にて

錦川鉄道存続 ほか

中国地方のJRは木次線、芸備線、因美線、美祢線など風前の灯火的な路線が増える中で、3セクも同様に厳しい状況が続いています。錦川鉄道も利用者数の減少により存続が危ぶまれていましたが、何とか延命の目途がついたようです。今後 沿線人口が増えることは期待できず、少子高齢化がまだまだ進む中で、生き残りを果たすには外からの誘客しか手が無い状況です。10年後に再検討とのことですが、10年も持ちこたえられるかが心配です。2月19日の中国新聞記事を転載します。

令和8年2月19日 中国新聞朝刊

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広島から続報

2月10日付けで広電の循環線が3月28日開通とお知らせしましたが、その続報です。2月13日の中国新聞によると、私が想定したように、新系統は広電本社前を始終点とするようです。でも入庫しないなら、グルグル回るのでしょうか?また てっきり、早朝から深夜まで走るものと勝手に思っていましたが、10時から16時までということで、観光客や買い物客の動向調査などから決められたのでしょうね。1系統が増えるのですから、1900型などの単車の寿命延長にもつながるかも?ダイヤの発表が楽しみです。

令和8年2月13日 中国新聞朝刊

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広島から2題

広電の広島駅乗り入れはすっかり地に足が着いた感じで、見慣れた風景になっています。残る新事業が、市内循環ルートです。3月28日開通が決まったようです。

令和8年2月10日 中国新聞朝刊

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広島短信2題

山陽本線海田市・天神川間は広島貨物ターミナルへの上下貨物線もあるため複々線で、呉線の電車も通るため開かずの踏切が多く、以前から高架化の要望が強かった区間です。複々線を高架化するには、まず複々線の仮線を設け、かつ途中にある向洋駅も仮線側に移すという大がかりな工事から始まります。また全区間を一気に移設するのは難しく、まず1期工事として、向洋駅をはさんだ両側の複々線と向洋駅の仮線側への移設が12月7日の夜から8日の朝にかけて行われました。

令和7年12月9日 中国新聞朝刊

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山形を旅して(その3)

3日目(11月12日) つづき

JR左沢線の南寒河江と羽前長崎の間にある最上川橋梁は現役の鉄道橋としては最古のものとされており、是非見ておきたいと立寄りました。

令和7年11月12日 JR左沢線最上川橋梁

南寒河江側の橋台には近代化産業遺産、土木学会選奨土木遺産であることを示す説明看板がありました。

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山形を旅して(その2)

2日目(11月11日)続き

酒田港線ではDD200を撮っただけに終わりましたが、事前の調査不足のせいと納得しレンタカーで次の地点へ向かうことにしました。酒田の豪商 本間家は最上川水運と北前船による物流で巨万の財を成しますが、その富を酒田の海岸線に広がる砂丘の緑化事業に投じ、酒田の町を砂嵐から守ることが酒田の繁栄につながると何代にもわたって続けるだけではなく、庄内藩、米沢藩の財政を支えた篤志家でした。その本間家が力を注いだ砂丘地帯に広がる広大な黒松林を抜けて国道112号線を南下します。庄内空港を過ぎるとこの地の名刹 善宝寺があります。

かつて鶴岡を起点に海岸の湯野浜温泉まで庄内交通湯野浜線がありました。昭和50年3月に廃止され、既に50年を経過しますが、その中間駅 善宝寺駅跡にモハ3が残されているので見に行くことにしました。

昭和40年8月24日 高校1年の夏休みに友人と東北旅行をした際に鶴岡駅で車窓から撮影。

モハ3は高校1年生の夏休みに友人と東北を夜行列車乗り継ぎで1周した際、上野発秋田行き臨時急行「男鹿」の車内から撮ったのが最初の出会いでした。昭和5年日車東京製で、小さな車体に似合わない大きなパンタグラフが印象的でした。

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山形を旅して(その1)

クローバー会のホームカミングデーや写真展は毎年欠かさず参加していますが、そのためだけに上洛するのはもったいないので、なるべく鉄分補給の旅を兼ねることにしています。今回はホームカミングデーのあと、山形方面への旅を計画しました。東北地方は何度も訪れているとは言え、やはり訪問先には偏りがあります。近年は東北地方に限らず、県庁所在地訪問を旅のテーマにしていることもあって、今回はまだ訪問したことのない山形市をプランに組み込みました。

ホームカミングデーの懇親会を少し早めに退席して阪急電車で蛍池に向い、家内と合流し伊丹空港で1泊し、翌11月10日早朝のJAL便で新潟へ向かいました。山形県は日本海沿いの庄内地域と内陸部の最上地域、村山地域、置賜地域の4つのエリアに分かれています。今回は新潟から羽越本線で北上して鶴岡、酒田の庄内地域に入り、月山の麓を越えて寒河江、天童、山形の村山地域に入り、更に仙山線で奥羽山脈を越えて仙台から空路広島に戻るルートを設定しました。新庄の最上地域や米沢の置賜地域はパスです。

新潟・酒田間は特急「いなほ」が早くて便利なのですが、観光列車 快速「海里」でゆっくり日本海の景色を楽しむことにしました。「海里」は4両編成のハイブリッド電車(昔風に言うと電気式気動車)で、新潟寄りから①HB-E302 6(ダイニング)+②HB-E300 6(イベントスペース・売店)+③HB-E300 106(コンパートメント)+④HB-E301 6(座席指定車)となっています。この観光列車のコンセプトは地元食材による食事提供が売り物で、1号車はそのための食堂車、2号車には全く客席がなく、売店では 予約された弁当の手渡しや酒類の販売が行われ、3号車は山側通路の個室席、4号車は全シートが元々少し海側に向くように固定された座席車です。今回 海側の指定席が取れてラッキーでした。我々はグルメ旅ではありませんので、新潟で買った駅弁持参です。JR東日本は「海里」に力を入れているようで、新潟駅出発時にはホームでのお見送りがありました。しかし残念ながらこの日は平日だったせいか、乗車率は30%程度で、盛り上がりに欠けた出発となりました。

令和7年11月10日 新潟駅4番ホームでの快速「海里」出発お見送り

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広島短信

クローバ会の広島ツアーからもう3週間が経とうとしています。広島港までは1900型の貸切電車で充分楽しめましたが、帰路の電車は超満員で 座れない方もあってお疲れ様でした。あれほど混むとわかっておれば、費用は倍かかっても帰路も貸切にしても良かったナアと今になって思っています

さて、また新聞記事で失礼ですが、来春に走り出す循環ルートの工事や先般廃止された区間の後始末工事も進んでいるようです。的場町交差点の近況をお知らせします。

令和7年10月23日 中国新聞朝刊

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山陽本線227系にクモハニ登場

先日、笠岡駅と金光駅に残る「双頭レール」を取材に行った際、乗り合わせた227系電車の最後部ドアを荷物扱いにしているのに出くわしました。広島支社管内では見たことが無かったのですが、岡山支社管内ではこのような荷物扱いが行われているのを知りました。

岡山発三原行き411M

車掌が荷扱いをするのかと思いきや、専従の作業員も乗車していて、補助席を利用していました。

笠岡駅到着

支社内の書類などの配送だと思われますが、閑散時間帯の3両編成の最後部ですから乗客からの苦情はないのでしょうが、この程度の輸送に専門員をつけているコスト感覚に驚きました。

笠岡駅員から封筒を受け取って発車

昔なら乗務員(車掌)が対応していたように思いますが、各地でもこのような光景は常態化しつつあるのでしょうか?新幹線でも鮮魚輸送が行われたりする時代ですから・・・。なお両駅の双頭レールについては追ってご紹介します。

広電 駅前大橋線開通から1週間

8月6日 被爆80年の節目に合わせて開業した新線は好評のうちに1週間が過ぎました。いつものように中国新聞記事をご紹介し、デジ青に残すことで時代の記録とさせて頂きます。

令和7年8月9日 中国新聞朝刊

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広電 駅前大橋線 ついに開通

令和7年8月3日 広島駅ビル2階から始発電車が出発しました。新聞記事のご紹介は1日遅れの内容になりますので悪しからず。

令和7年8月3日 中国新聞朝刊 1面トップ

同上

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広電 駅前大橋線開業まであと2日

8月6日の原爆の日に間に合わせるべく工事が進められてきましたが、開業まであと2日となりました。地元テレビ報道では、廃止される猿猴橋電停近辺の店舗の声などを取材し、明暗両面の報道が目立ちます。引き続き、中国新聞記事他をご紹介します。

令和7年7月31日 中国新聞朝刊

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広電駅前大橋線開業まであと3日

待ちに待った新線開業の日が近づいてきました。地元テレビも連日、関連番組を流しています。いつものように中国新聞記事を中心に、その熱気をお伝えします。

令和7年7月29日 中国新聞朝刊

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広電 新線開通まで1ケ月を切りました

広島駅ビル2階に乗り入れる駅前大橋線での乗務員訓練が続いています。7月9日の中国新聞朝刊には、広電のダイヤ改正の記事も載りました。

令和7年7月9日 中国新聞朝刊

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広電 駅前大橋線試運転始まる

広島新駅ビル2階へ初めて広電試運転電車が乗り入れました。いつものように中国新聞記事でお知らせします。

令和7年6月7日 中国新聞朝刊

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広島短信2題

中国新聞記事から2件ご紹介します。まずは美祢線について。

令和7年5月23日 中国新聞朝刊

もう2年も運休していて、時間だけが過ぎてゆく美祢線ですが、沿線自治体が希望する鉄道復活はどう考えても実現するとは思えません。いたずらに結論を先延ばしせず、1日も早くBRT化するのが落としどころのように思えてなりません。

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