最近デジ青の最初の画面の右上のお知らせ欄に若手会の皆さんの近鉄8000系が報じられている。私の頃同好会内部では大手私鉄の人気と言えば京阪優勢で阪急がそのライバルであったように記憶している。同じ関西でも他の私鉄は話題に上らないことが多かった。そのような中で一部の知識豊富な二人の会員から近鉄を宣伝されることがあり何でも屋の私はそれにのっかったことがある。しかし、近鉄だけは形式など把握することが難しく今でもその体系がよくわっていない。
今回はそのデジ青最初の頁のお知らせにある近鉄8000系の元となった900系の記録を少し発表してみる。近鉄900系の概要を申し上げると600V小型車時代の奈良線の体質改善のために投入された20メートル4枚ドアの大型車両である。小型車時代の新性能車800系、820系から900系へと大型化したのは新生駒トンネルの開通が控えていたこともある。阪急神戸線の様に17mの800、900、920系列から19m標準車体の810系の旧性能車を経て1000系列新性能車を経て2000系列の現阪急の基本となった19m新性能車になったのと比べ近鉄奈良線の16m足らずの600系列旧性能車から18.5mの新性能800、820を経ていきなり幅広の20mの新性能の車900系になったのは路線事情や時代背景の違いもあるが興味深いものがある。
900系は製造は勿論近畿車両で1961年から1963年まで24両ほど製造された全長20.7m、幅が2.8mで裾を絞り込んだシュリーレン台車を履いた近鉄大型車の草分けと言える車両である。出力は145kw×4で1961年上本町-瓢箪山間に先行投入された。
写真は1968年4月30日新生駒トンネル開業後の西日を浴びた石切-東生駒間の上本町発東花園行き903で当時のアイボリー系の塗装である。▼
同一日同一場所の奈良発上本町行き特急908でマルーン塗装になっている。正面右下の鹿の特急マークが輝いている。近鉄特有の正面大型行先はまだ改造装備されていない。▼
1968年10月30日大阪線の高安で見た904。どういう訳か大阪線の高安で奈良線の車両を撮影。いろいろと検査や試験をやっているようだった。▼
同じく同一日高安で見た911。2丁パンタにシュリーレン台車。機器は新しそうだ。▼
写真展何もできず申し訳ない。1月最後の投稿。今日は京王線の新車2000系の初営業日。












春闘の時期で機関車は落書きだらけでこれが九州の機関車なのかと驚いたものだ。重油併燃装置は取り外されてドームはC55に近い形になっていて除煙板も点検用に切り取られていた。前照灯はシールドビームで2灯化され醜くいものだった。1972年5月1日都城支区のC5785[吉松]。▼
























本務機D51575[五稜郭]の下り貨物の後補機D51710[五稜郭]。本務機は少し見にくいが右にカーブした仁山駅にしさしかかるところである。▼
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