D51499

保存蒸機とその現役時代(36)D51499についてどですかでんさんが好みの機関車であるとコメントされたところ米手作市さんより早速同機の写真が発表されました。この豪快な機関車につきましては三重県庁近くで保存機を撮りデジ青2016年10月19日付け「保存蒸機とその現役時代(36)」に発表しましたが別の角度から撮ったものを再投稿します。

 

現役時代は1972年9月10日柘植駅 ▼

ビスタカー重連

近鉄ビスタカー(30000系)は殆んどの運用で、30000系+30000系(重連?)とならず他形式と連結されますが、昨日と今日(5/20)その8両編成を見ることができました。大阪難波8:30発の名古屋行き特急に入っています。今日は朝から風も強く水鏡はあきらめていましたが久しぶりのビスタカーの8両編成です。

以前、2008年12月に同じ重連を見ました、私が見たのは京都・難波行きなので八木で分割され、全区間ではなかったものです。

旧塗装の方が何か落ち着いています。30000系は登場当初2丁パンタでした、重連するとパンタが4つ並ぶ事になって、架線との接触に問題が出るのでその運用は考えていなかったようで、重連が必要な時は一つ下ろしていたようです。今はパンタは一つとなり問題はないので今後も重連を増やして欲しいですね。ただ、難波8:30発がいつもビスタの重連とは限らないと思います、30000+他形式の8両編成もよく見かけます。

今まで見た一番へんな客車列車

今まで見た一番変な客車列車をご紹介します。

昭和55年8月28日に運転されたものです。DD511187+スハフ14+オハネ15+オハ12+スハフ12+オロネ10+スロフ62という編成です。配給列車のようにも見えますが、れっきとした営業列車です。大阪→福知山→綾部→西舞鶴→豊岡→和田山→姫路→大阪の経路で運転された大阪鉄道管理局主催の「いい旅チャレンジ20000キロ号」という団体列車です。機関車には、ヘッドマークはありませんが、客車の前後には、マークが取り付けられていたようです。

1980.8.28 福知山線 生瀬~武田尾

当時は、団体列車の時刻が掲載された雑誌はなく、もちろんインターネットもありません。国鉄職員に知り合いがいたら、局報を見せてもらうという手法もありましたが、そのようなつてもなく、駅や旅行センターの団体募集チラシを見てあたりをつけて撮影に出かけました。

模型で再現してみたい編成です。

加古川のキハユニ15

関先生・米手作市先輩のキハ44000の投稿から、そのなれの果てのキハユニ15・16の話題で盛り上がっているようですので、加古川気動車区に配置されていたキハユニ15 三兄弟の写真を投稿させていただきます。

加古川気動車区には、キハユニ15 3・6・9が配置され、主に加古川線の郵便・荷物輸送に活躍していました。

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薫風のころ

人間界が大騒ぎしている中でも季節は移ろっていく。水鏡もお開きになったらしいので、またまた東(あづま)の国から、話題性がない季節感だけの写真でありますが、「それでも走っている」写真を以てこの季節を終わりたいと思います。本当は客車急行が走っておればサイコーであるが(別に急行でなくてもええが)、仕方がありません。
実は、どですかでん氏のような鯉のぼりの写真を撮りたい、とうろついたのでありますが、この田舎の千葉県ですら?去年も今年も見当たらない。そこで、もっと鄙びたディープチバに行ってくる、と申告したら、「自粛っ!!」と叱られて遠征に行けず鯉のぼりを泳がす仕事がない薫風を写しにチョイ出することにしました。

先ずは、自宅から急いで3分。12時2分前に通過する鹿島貨物。自宅近所からは水鏡は見えないが季節感は味わえます。電機のモータ音が聞こえると木陰から貨物が飛び出してくる。踏切のカンカンが聞こえ、モータの唸りが聞こえて来たらカメラを構えます。この場所は秋も落花生の刈り入れがあってそれなりに風情があります。来たカマは原色(風)で、同じカマが鹿島からの帰りで17:12通過。帰りは線路の反対側で水鏡を狙おうと思います。

水鏡を、と思っていたが何と水が不足。おまけにコロナのせい?で荷がない。これでは水鏡をと期待(していないかもしれないけど)に応えられないので、自宅から6分位の土手を降りた水田から撮りなおしました。この日も原色(風)。帰りの便も撮ろう。なぜか帰りの便は同業者は見たことがありません。

また、老人パスを利用して物井にやって来ました。例のおにぎりと今日はゆで卵2つ、おやつソーセージを持ってきました。ここは水田が多く、水鏡にもってこいです。赤と白が水面に映えます。ボディーが故障し7000円で買った中古ボデイーの旧型ミラーレス、3コマ/秒で連写2コマしかできない私と同じような老カメラが活躍します。

(オマケ①)薫風はどこに?ということになったけど、薫風に誘われて赤ちゃんを卒業したての坊やと出会いました。そのうちの数コマの1枚。大きくなったら絶対鐡ちゃんになると思います。おとうさんのバケツにはザリガニが3匹ありました。「沢山獲れたでしょう」、「私も沢山撮れましたよ」。本日は風薫る日、頬をそよ風が撫でて行き気持ちが良い日です。

(オマケ②)かきつばた
以前にかきつばた(と思う)を見つけておいたので、水鏡とのコラボを狙います。獲物は乗客が殆どいないザシ通勤特急。佐倉の鹿島川鉄橋であるが、なぜか何回来てもここだけ波がある。撮り終えると工事のおっさんが来て、「土手嵩上げの工事するさかいに、立ち入り禁止になるで」。洪水対策やから致し方なし。とうとう水鏡撮れずに終わりそうです。釣り人を入れた写真も撮れなくなりますね。ちょっと残念です。

数値地図で見る西武鉄道、急カーブ図鑑

先日探し物をしていて、2005年前後に使っていたHDDが出てきました。
懐かしんで中を覗くと、当時HomePageを作り展示していたもののbackupでした。
その中からユニークなものを、ご紹介します。
但し10数年前に作った物なので、現況が変わってしまったものも有るかもしれません。ご容赦願います。そして誤謬や錯誤の、ご指摘など、宜しくお願い申し上げます。

【西武鉄道、急カーブ図鑑】
西武鉄道を利用して感じるのは、やたら直角に近く曲がる急カーブが多いことです。
国土地理院からWeb上での地図掲載の許諾(※)を得ましたので、こんなコンテンツを作ってみました。

【新宿・拝島線】
1.高田馬場駅下り方のJRアンダークロス(158R)

高田馬場

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最近は鉄道写真を撮っていないとお嘆きの貴兄につたない鉄道写真を贈ります

 題名はどこかで聞いた事のあるような、ないような。まあ、それは考えてもらうことにして、新型コロナウイルスがアッという間に地球に棲みついてしまった。それで気持ち的に右往左往、しかし身体的に右往左往は限られた範囲でしかできない。wakuhiroさんと同じく近所を時々カメラを持ってブラブラ。いくところは町内にだけに限っているのであるが、いろいろなルートを歩くので以外に知らない所がある。永六輔さんが言っていた。今まで曲がったことのない横丁を曲がって歩くだけでそれは旅になるのだと。

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今朝の水鏡

仕事も5月末まではテレワークとなり、昨日は打ち合わせもあり東大阪まで出掛けてきました。行きはいつもの乗車率の半分くらい、5200のクロスシートでしたが立ち客が居るにも関わらず、鶴橋到着まで隣には誰も座ってこられませんでした。帰りはいつもの7割くらいの乗客数です、エアコンは換気しているし窓は開けられているので「密室」とはならず多少は安心して乗っていられます。ただ特急の車内に人影が殆んど見られないのは寂しい限りです。こんな状況ですが通勤途中眺めていると、赤目口はまだ田んぼに水も張られていませんが美旗~名張間ではそれなりの場所がありました。名張市内での行動ですので許してもらえるでしょう。桔梗が丘から名張寄りに10数分の場所です。「ひのとり」も来ましたがこの「赤」はなかなか綺麗に出ないです、腕のせいもあるでしょうが。

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924レ はやたま号

はやたま号には、昭和58年の3月と8月、2度乗ったことがある。といってもオハネフ12の寝台車ではなく座席車だけだったが。この頃、国鉄では鈍行列車で寝台車を繋いだ夜行列車として、この、はやたま以外にも、からまつ、山陰、ながさきを運行していたが、はやたま以外は乗ったことがない。昭和50年代の終わりにあれよあれよと無くなってしまった。後のブルートレインもそうだったが、そのうち乗っておこうと考えていたものが、消えるときはあっという間に消滅する。後で悔いても仕方ないのだが、今もってその教訓?は活かせていないような気がする。最後尾のオハネフ12

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マシ292

温かい大阪通信員さんのコメントをいただきマシ292を探してみました。冬の陽で影が映ったりしてあまりいい写真ではありませんが、当時は夢中で撮ったものです。

「玄海」! いい響きですね。向日町付近で撮って京都まで国電で追っかけたものです。1967年12月の撮影です。▼

こういう連結が急行らしくて好きなんです。京都駅▼

 

もう一つのマシ29109です。1967年11月7日京都駅 ▼

 

マシ292の室内です。1966年10月向日町 ▼

45年前のゴールデンウイークのこと

 準特急さんの「最後のころの旧型客車」にあったEF57牽引の津軽の写真を見て思い出したのが45年前の1975年のゴールデンウイーク。勤め人になっての最初の連休なのでK君が東北の私鉄めぐりを・・・ということで上野発の夜行列車に乗ることになったのである。ところが予定していた列車はえらい混んでたので臨時の夜行急行津軽に乗ることになった。やって来た臨時夜行急行津軽を引っぱっていたのは・・・

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