一週間前は雨だったのに、今日はいい天気 

 今日はいい天気だったので、ちょっと近くで。

 日本遺産になった龍田古道と亀の瀬、古代より重要な大和となにわを結ぶ交通路。 今は221系の電車が走り抜ける。

 写真の右側をかつては大阪鉄道の線路があったが地すべりで大和川の対岸に線路が付け替えられた。今でも右側の地中には地すべりで埋まってしまったトンネルがある。鉄道が開通する前は大和川を魚梁船(やなぶね)で物資を運んでいた。浅瀬のある亀の瀬では荷物を積み替えていたという。いまも電車の窓から、ちょっとした渓流になっているのが見られる。大阪天王寺から20分足らずでちょっとした旅行気分になるところである。

今日は雨だった。それでも行ったよ!信貴山へ

 3月末に近鉄線ツアーを実施する予定であったがコロナ禍で中止となりました。やっと何とかみんなで何かできるようになりました。ところで、うまい具合に近鉄のお得やん切符「近鉄1dayおでかけきっぷ」があり、これを利用して何かすることになったのです 。さて、どうするものかと考えたところ、米手さん投稿の「昭和の電車 近鉄6200系」のコメントに元信貴山電鉄のデ5形がでてきました。そうだ!信貴山に行こう。廃線跡も、東ケーブルの保存車両も見ることができるし、西ケーブルにも乗れるのだ!ということで、久しぶりにみんなと電車に乗ったりして遊ぶことができる事になったのです。ところが、今度は「天は我々を見棄てたのか!」数日前からの天気予報によると雨が降るような怪しい天気のようです。こんな時はあたらない方がよいのですが、残念ながら大当たり。それでもめげずに信貴山へ。

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あ、阪急や!

コロナ、コロナで疲れ気味の昨今、とうとう関西行きを決行した。毎度の私鉄撮影で10月12日は夕刻阪神電車の福ー伝法間の淀川橋梁に向かった。ここは何回か行ったことがあるが、橋梁の工事を行うので撮影は今の内と聞いていたからである。工事はすでに始まっていて広角レンズで邪魔なものを避けて撮影した。10月半ばになると関西でも陽の落ちるのが早くなり、遅くまで無難に撮れるのはこのような場所に限られる。最近は車体に宣伝PRが盛んでカラフルな電車が行ったり来たりする。そのような中でそろそろ引き上げようかなと思っていた時マルーン色の電車がやってきて思わず阪急電車が来たと勘違いした。よく考えてみるとデボ1形復刻塗装の5802Fで前にも撮ったことがあるがこの時は一瞬驚いた。阪急や近鉄の2200系等の色は文字通り栗色や赤みがかった茶であったが、この5802F東花園行きはマルーンというよりも焦げ茶色の印象で昔の阪神の旧型車に近い感じがした。総本家さんの「夕景を求めてチョイ撮り」のようにはいかないが、よく20m車6連の横撮りができたものと思う。この時に携帯にマルーンさんから電話があり撮影を切り上げた。▼

名張の風景

例年は、菜の花に続いてひまわりが栽培される美旗~伊賀神戸間ですが、今年はひまわりが無くなりコスモスが咲いています。先日の雨で少し元気がなく「一面に!」という景色ではなくなりました。今日は平日で「伊勢志摩お魚図鑑」も走っています、以前の鮮魚列車は朝大阪へ行き、夕方帰ってくるというダイヤでしたが、改正後は上本町からすぐの折り返しとなり、当地では午前中に(美旗10:11松阪行き快速急行)戻ってきます。

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ゾロ目ナンバー

「保存蒸機とその現役時代(43)」はⅮ51777であったがついでに京王の7777を掲載したところ、総本家青信号特派員さんから京阪の5555もそろそろ引退しそうだとのコメントがあった。探したらつまらない写真が1枚出てきたのでⅮ511111と併せて掲載する。皆さんも3桁でも結構なのでこんなんあるでと載せてくださると有難い。私鉄4桁では阪急7777、3333、阪神1111、小田急1111、京急1111、東急8888、5555などがあるが何れも編成の中間に入っている。

ラッシュの運行を終えたのか萱島駅到着後回送の5555。2017年5月8日▼

続いて亀山区で給水中の稲沢第一区のⅮ51111。1963年5月3日▼

しかし、こういうのばかりを追いかけているといい写真は望めない。

下之一色線車庫界隈

保存蒸機D51777は保存機の中では良好な状態であり光線具合もまあまあであったがそれだけではだめで残念賞であった。同じ刈谷市の公園内の名古屋市電に話題が移ってしまった感がある。これはたまたまその保存市電名古屋市1600型と同型の下之一色線の姿を載せたところ京都市の伏見線と対比されたりして興味を持たれたこともあるようだ。私などは伏見線など沿線の歴史に興味ある路線も京阪の中書島に急カーブして出入りする姿を見ただけでその後総本家さんの秀作を見て「しもた!撮っといたらよかった」と悔やんでいる次第である。

紫の1863さんに教えていただいた津島軽便堂写真館というのを拝見したが、その当時高校生であった方が何とカラーで沿線を紹介されておられる。私も訪問した下之一色車庫あたりを改めて白黒で発表してみた。いずれも1968年11月8日の撮影である。同線は下之一色電車軌道として1912(大正元)年に設立され翌年尾頭橋ー下之一色間を開業。1937(昭和12)年名古屋市に買収された。廃止は1966(昭和44)年2月である。場所は名古屋市中川区にある。

 

全線6.5Kmの単線であり、途中この様に列車交換を行っている。▼

下之一色車庫にはこのような車両がいたが詳細は不明である。▼

車庫をひとまわりすると橋のたもとにいた犬はねむそうに「おみゃーさん、何しに来たんだ」という顔をする。後方が車庫であるが廃止が近いのか荒れ放題という印象だ。▼

車庫の後はいつもの撮影で隣の法花(ほっけ)まで歩く。晩秋のたたずまいである。尾頭橋行き1660▼

電柱に特色があるが、阪急千里線にもこのような折れ曲がったようなのがあった。下之一色行き1444▼

京都の伏見線界隈は幕末の歴史舞台になった所が多いが、下之一色線の停留所にも荒子というのがあり豊臣五大老の一人で加賀百万石の祖と称される前田利家はこのあたりの生まれである。

 

 

 

 

 

 

保存蒸機とその現役時代(43)

愛知県刈谷市の交通児童公園(駅から徒歩10分)に保存されているD51777。1944(昭和19)年9月大阪の汽車製造会社製造で製造番号は2260。履歴の概要は多治見→米原→多治見→名古屋→中津川とあり名古屋鉄道管理局管内で一生を終えた様である。廃車は1972年9月である。

屋根付きで綺麗に保存されていた。ナンバープレートは青の中津川色である。名古屋は赤ナンバーが有名であるが私の好みは緑である。撮影は2012年12月26日▼

 

続いてその現役末期の頃で1971年9月24日上松駅出発の下り貨物列車の姿である。この日はDRFCの諸氏と寝覚ノ床が見える旅館で1泊した覚えがある。▼

 

蒸機の保存地にはよく市電などが近くに保存されている。これは名古屋市交通局1603号で1951(昭和26)年11月日本車両製造であるが、詳しいことはわからない。▼

季節のご挨拶(Season’s Greeting)

あんなに暑かった夏も終わり、早、10月となりました。皆さん如何お過ごしでしょうか。私は熱中症やコロナで悩まされた後期高齢者、基礎疾患持ちですが、今度はインフルエンザの準備も必要です。さらに腰椎滑り症で1日8000歩歩けと言われ、それならと近場の線路際まで散歩しています。先日9月28日は富士山の初冠雪でしたが、その日に撮った京王ライナー2代目5000系です。後ろにかすかに見えるのが富士山です。