客車廃車体訪問記 内地編48 石川県-2

【松任駅前 軽食喫茶シャルム】 1988年7月10日撮影
オハフ46 2030
現車は、内地向けオハフ46のラストナンバーである。
松任駅前にあった喫茶店で、なぜかこの1枚しか撮影していない。営業中の店内に入った記憶もなく、なぜそんなに急いでいたのかも思い出せない。天気は悪いようである。
今は松任駅付近はすっかり変わってしまい、場所を特定し難いが、駅の下をくぐる地下道になっているあたりではないだろうか。駅前東側にはD51 822が置かれているようである。
◆スハ43 283(1953年新製 日支)→(1961年電暖追設 高砂工)スハ43 2283→1965年近代化改造 小倉工→(1968年改造 松任工)オハ47 2223→(1974年改造 長野工)オハフ46 2030→1985年廃車

癒しの島 台湾鉄道2019年秋の旅 Part 5 花蓮港線の貨物列車を撮る

第4日目 11月24日 その2

① 崇徳 11:22(區間車4146)⇒11:46 花蓮

志水断崖から崇徳での撮影を終えてからは徒歩で崇徳站へと向かいました。歩行距離は約1㌔、所要時間は約20分です。そして来た区間車に乗車して花蓮へ向かいました。

花蓮では昼食後にTaxiに乗車して花蓮港へと向かいました。撮影目的の貨物列車ですが、①亞州水泥公司のセメント列車と、②中鋼公司のコンテナ列車の2種類あります。

①は工場のある新城站からセメントを満載して花蓮港へと運行して降ろすと再び新城へと回送します。編成は専用のホッパ車約20両、運転間隔は1時間30分から2時間と結構あり、ほぼ毎日運行されます。

②は石灰岩を多く含んだ残土を積載したコンテナを和仁站で平車に乗せて、花蓮港まで運びます。コンテナを降ろすと空コンテナを載せた編成を再び和仁まで回送します。編成は約10数両、約3時間~3時間半で運行されますが残念ながら今日は日曜日で運休日です。

14時前に花蓮港に着きましたが貨物列車は入線していません。6月に不銹鋼號さんと一緒に来た時に訪問した「維納斯藝廊」へ参り台東線の写真や本を見ながら待つことにしました。
14:05 本を見ていますと列車が入線してくる音が聞こえました。

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客車廃車体訪問記 内地編47 埼玉県-2

【ららぽーと新三郷】 2012年1月3日撮影
オハフ25 901  35.858528, 139.868090
オシ25 901  35.858560, 139.866061
内地編41 東京都-3で紹介した【アタゴール】のオロネ25 901とトリオを組んでいた「夢空間」の残り2両である。新三郷駅前の歩道橋から筑波山がきれいに見えた。関東平野は広い。
オハフ25 901は車内に入れた。ピアノがあったが、いつ演奏したのだろうか。まさか走行中?
オシ25には入れなかった。一度この車両で食事をしてみたかった。
◆オハフ25 901(1989年新製 富士)→2009年廃車
◆オシ25 901(1989年新製 東急)→2009年廃車
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 天然色写真で語り継ぐ あの日あの時 【22】 秋編

“梅嵐急行”から20年

「東北の鉄路」写真展も一段落、とは言え、来週には次の展示が控えていて、準備に追われる毎日ですが、デジ青にも“天然色”シリーズで復帰することにしました。

先の土日は、紅葉時期とあって、阪急電車も超満員でした。と言っても、現在の阪急電車には、撮影意欲も湧きませんが、以前、春秋の行楽シーズンには、臨時列車が多数運転され、京都線では梅田~嵐山の臨時急行、通称“梅嵐急行”が運転されていた“大運転”の時期を、ふと懐かしく思い出しました。もう20年近く前の話で、車両も様変わりしました。
なんと言っても、前パンの2300系が、二枚看板も誇らしげに走るシーンが、京都線の臨時急行の魅力だった。運転日に晴れると、決まって西向日~長岡天神~大山崎へ向かったものだ。近くとは言え、よく通ったものだった。このスタイルは、5300系非表示幕車でも見られたが、ほかの編成とも共通運用で、遭遇できない日もあって、がっかりして帰ったものだった。ちょっと前のことだと思ったが、前パン、二枚看板の2300系が消えてからもう20年も経ってしまった。その後、2300系非表示幕車の2301Fが2005年9月にさよなら運転を行い、2300系そのものも2009年に姿を消している(1997年 西向日~長岡天神)。

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客車廃車体訪問記 内地編46 熊本県-1

【ブルートレインたらぎ】 32.262422, 130.932556 2018年8月13日撮影
スハネフ14 3,オハネ15 6,オハネ15 2003
くま川鉄道多良木駅の線路に並行して3両の客車が並んでいる。ここは、小坂鉄道レールパーク・ふれあいランド岩泉と共に、現在では数少ない実際に宿泊できる施設で、2010年7月1日にオープンした。中央のオハネ15 6は受付と共通スペースである。
上屋があるので痛みの進行は抑えられるが、柱がありその分鬱陶しいのはやむを得ない。テールマークは「はやぶさ」であった。
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こころ旅 萩 玉江浦

 「こころ旅」という番組は鉄道に因んだ内容であることが時々ある。とうちゃこの所が駅であったり、お父さんが機関士でその思い出であったり、自転車で走っている道が廃線跡あったりとか。2019年秋の旅も山口県に入った。山口県最初の訪問地は萩市玉江浦であった。ふと考えてみると、ここはO君と行ったところである。番組では鉄道がでてこない。番組に出てくるのは弁天様と浜辺である。しかし、私にとってはO君と汽車の写真を撮った地である。そこは玉江駅であり、海の見える山陰線、懐かしい田舎の風景であった。

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客車廃車体訪問記 内地編45 東京都-4

【小金井公園】 35.713892, 139.509298 2018年3月17日撮影
スハフ32 2146
中央本線武蔵小金井駅から北へ約1㎞のところに東京都立小金井公園がある。その北にはゴルフ場がある、大きな公園である。上屋がないのですっきり見えるが、綺麗に維持するのは大変なのではないかと思う。
◆スハフ34447(1935年新製 梅鉢)→(1941年改番)スハフ32 146→スハフ32 2146→1974年廃車
現車には「梅鉢鉄工場(梅鉢紋有り・製造年無し)」と「昭和26年更新修繕-Ⅰ 大宮工場」の銘板が付いていた。
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客車廃車体訪問記 内地編44 神奈川県-1

【生田緑地】 35.608637, 139.560677 2016年10月30日撮影
スハ42 2047
3年前の10月29日、クローバー会の江ノ電撮影会と大宴会に参加し、その後東京へ行って旧新橋停車場近くのホテルに泊まった。翌30日、汐留から都営大江戸線で新宿→小田急で向ヶ丘遊園まで行き、10数分歩いて生田緑地東口に着いた。入口近くに多数の古民家があり、その脇を通り抜けた木陰にスハ42 2047が置いてあった。また、近くにD51 408が保存されている。このような公園を毎日散歩できたらなあと羨ましく思った。
北海道のスハ42は消滅したようなので、現存する唯一のスハ42であろうか。
◆スハ42 47(1948年新製 日支)→(1962年度電暖追設)スハ42 2047→1985年廃車
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客車廃車体訪問記 内地編43 埼玉県-1

【北斗星食堂車 グランシャリオ】 35.871090, 139.748288 2018年3月18日撮影
スシ24 504
武蔵野線東川口駅南東徒歩数分の、ピュアビレッジなぐらの郷にある、「北斗星食堂車 グランシャリオ」というレストランであった。現在は「ベーカリーレストラン グランシャリオ」という屋号に変わっているようだ。車内はできるだけ現役時のままにしてあるらしい。傍にあった軽トラックも同じイメージのブルーに塗装されていた。元々同じ敷地のレストランの駐車場だったが、そこにレールを敷き食堂車を搬入してレストランとして開業したものである。
◆サシ481-64(1973年新製 東急)→(1988年改造 新津工)スシ24 504→2016年廃車
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マルーンさん何とも言えない侘しい笹部駅ですよ。おまけつき

 頃は昭和46年、西暦では1971年11月16日。EVE(同志社の学園祭)で能勢電をフォトルポで展示しようということになって、何回かにかけて撮影行。朝早くに阪急との乗換をするラッシュの駅風景を撮ったりしたのであった。その中で無人駅の笹部駅はマルーンさんが言われるように信じられないような無人駅。撮った写真の内で選んだ3枚を・・・

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