【106380】 羽村さんが遺したアルバムから 〈15〉

京阪特急への憧れ

阪急デイ100が大好きだった羽村さんですが、アルバム後半からは、京阪電車も多く見られるようになります。京都市内だけではなく、大阪まで足を伸ばして、走行中を撮っています。以下の写真は、昭和27年の撮影ですが、京阪の歴史を紐解くと、昭和25年に初めて「特急」が朝夕2往復走り出し、その翌年、昭和26年4月からは終日運転に拡大されます。この時、特急専用車として1700、1750形が計10両新造され、MT2両固定編成となり、初めて赤黄の特急色が採用されました。当時の国鉄、阪急にはない派手なカラーが、羽村さんの心を動かしたのでしょうか。
京橋を発車し、野田橋へ向けての併用軌道区間を行く鳩マークの天満橋行き特急。特急は、三条、天満橋とも7時始発、ラッシュ時30~40分ごと、10~17時1時間ごと、終発は20時で、三条~天満橋53分だった(昭和27年12月)。

記事の続きを読む


【106282】 羽村さんが遺したアルバムから 〈14〉

完成した三代目京都駅

平成の終わりが刻一刻と迫ってきていますが、デジ青投稿も積み残しのテーマが多くあって、焦りを感じています。羽村さんから預かった写真だけでも、大急ぎで載せていくことにします。今回は、昭和27年5月に完成した三代目京都駅です。この羽村さんシリーズでも京都駅は多く採り上げられており、〈1〉では二代目駅舎、〈10〉では、焼失した二代目に代わる、三代目駅舎の建築中の様子が紹介されています。今回は、その三代目駅舎が、焼失後わずか一年半で完成し、業務を開始したあとの姿です。
高さ30m、8階建て、真っ白な塔屋が青空に映える三代目京都駅。おそらく当時では、京都で一番高い建物だったのだろう。この塔屋には、以前にも記したが、フロアごとに飲食店が入り食堂街となった。

記事の続きを読む


【106235】 平成の桜を振り返る 【2】

阪急嵐山線

平成の桜、つぎは阪急嵐山線へ向かいます。終点の嵐山駅も、周囲は桜に囲まれていますが、途中の上桂、松尾の二駅にも、ホームに沿って桜が植えられて、とくに春秋のシーズンに運転される梅田~嵐山の臨時電車の運転の際には、よく訪れたものでした。現在もホームの桜は、変わらずに咲いていますが、車両はすっかり様変わりしました。

上桂駅には、両側のホームに桜が植えられていた。京都のほかの桜より、開花が2、3日早いようで、桜のシーズンは、まず上桂へ行って、その年の開花状況を占ったものだ(平成11年)。

記事の続きを読む


【106204】 桜井線を走った蒸機列車

先般のクローバー会“桜井線ツアー”、知られざる廃線跡、構造物を巡りながら、参加者と歓談し、収穫の多いツアーとなりました。このツアーで、櫟本駅を下車して、北側の楢町橋梁まで歩いて、ポリクロミーの橋台を見学したあと、周辺の踏切で、まもなく置き換えが始まる105系を写すことになりました。踏切に立ったとたん、初めて来た場所のつもりなのに、なにか以前に来たことがあるような既視感にとらわれました。その時は、よく分からず、帰ってから、かすかな記憶力を振り絞って思い出すと、30年以上前に、この場所で蒸機を撮ったことを思い出しました。
櫟本で下車して、桜井線によく見られるポリクロミーの橋台を見学して、みんなと105系の撮影をした。大半は西側にある菜の花で“前ピン撮影”に臨んだが、私は踏切近くに張り付いた。南北に築堤があって、田んぼの向こうに学校が見える、どこでも見られる、当たり前の風景、一瞬、以前にも訪れたような気がした。

記事の続きを読む


【106153】 平成の桜を振り返る 【1】

ことしの桜シーズンも京都周辺では終わりました。この歳になると“あと何度、桜が見られるだろう”のフレーズが、身を持って感じられます。ことしは、ぶんしゅうさんと連れ立って、各地の三セク鉄道へも行きました。時あたかも、あと二週間で平成も終わります。去りゆく元号を惜しんで、“平成の桜”を思い返してみたいと思います。平成時代の31年間、桜のシーズンになると、鉄道との組み合わせを求めて近郊へ出掛けたものです。撮影する場所は毎年同じでも、車両が代わり、桜の樹勢も変わっていきます。平成に巡り会った桜は、鉄道の移り変わりそのものでもあるのです。

 阪急西向日駅の桜

京都方面行きホームの背後には桜並木が続いていた。その後、ここは宅地開発されて、桜は全くなくなっている。旧スタイルの駅名標も懐かしい(平成7年)。

記事の続きを読む


【105460】 江若鉄道展 ちょっといい話 (4)総集編

「江若鉄道廃線50年 懐かしの写真展&鉄道模型運転会」、4日間の会期を終えて去る24日に幕を下ろしました。4日間の入場者は約300人、ピーク時には十数人が会場にあふれ、賑やかな思い出話に花が咲きました。駅前とは言え京都・大阪からは時間もカネも掛かる立地、ビルの都合で入り口には一切の案内表示なし(にも関わらずアンケートの来場理由の選択項目に「通りすがりに入った」とあったが、絶対にあり得ない話)、そして有料入場と、決して恵まれた条件ではありませんでした。どれほどの来場があるのか未知数でしたが、初日の開場早々からそれは杞憂に終わり、続々のご来場でスタッフは応対に嬉しい悲鳴を上げていました。

言うまでもなく、西村さんの江若鉄道の車両模型、滋賀鉄道模型愛好会の組立式レイアウトでの運転会、Sさんの湖西線写真展、ほか江若鉄道OBや主宰者の孫さんまで協力した多種多様な展示の賜物です。この種の展示会は、会場の賑やかさが成否のバロメーターだと私は思います。初対面の同士でも、写真をネタに会話が盛り上がれば大成功です。京都市電展と同じく、うるさいほどの会話が会場に充満していました。ご来場の皆さんは、やはり地元の大津市、高島市の方が圧倒的で、とくに江若鉄道のOBの皆さんは、同窓会状態が連日繰り返されていました。また鉄道雑誌の記事を見て関東方面からも数名がお見えでした。
最終日では、西村さん製作の歴代の江若鉄道模型を運転し、ラストランを飾った。湖西線の駅で待避する113系、485系「雷鳥」を、江若鉄道DCが追い抜く(!?)というシーンも見られた。

記事の続きを読む


【105311】 江若鉄道展 ちょっといい話 (3)

本稿(1)で江若鉄道OBの皆さんが、写真に写っている仲間たちの名前当てに興じていることを伝えましたが、自分の姿が写っている写真に巡り会うOBは、なかなかありません。たしか最初のスカイプラザ浜大津の展示の際に、叡山駅を通過する列車のタブレット授受の写真のなかの駅長が、会場にお見えになり、“自分が写っています”となり、その写真を後日お渡し喜んでいただいたことがありました。本日、なんと二例目の方が来られて、びっくりしました。
この写真、昭和44年11月1日の「さよなら列車」の車内の様子、くだんの方は、この車両ではなく、なんと次位の車両で列車を運転されている方だった。お見えになった途端“これワシやで”となって、会場が一気に盛り上がった。ちゃんと、顔写真入りの動力車運転免許証を持参され、「50年前は若かったなぁ、いま79歳や」と述懐されながら、まだ記憶力の衰えを見せず、つきつぎと当時の思い出話が湧いて出た。

記事の続きを読む


【105262】 江若鉄道展 ちょっといい話 (2)

「江若鉄道廃線50年 懐かしの写真展&鉄道模型運転会」、三日目の土曜日は、今までの最高の入りを記録し、朝から会場は大賑わいでした。クローバー会の皆さんや趣味仲間に来ていただき、有り難いことでした。なかでも元江若鉄道のC111を動態保存に向けて補修中の東武鉄道のHさんがご来場いただき、びっくりしました。Hさんは、同機の移送に最初から取り組まれた功労者で、本日は、修復中の写真をお届けいただいたのでした。
「最後の二日間」では、さりげなくDRFCの告知もしている。営業最終日の前日の晩9時頃、「江若鉄道にDRFCのヘッドマークを付けたい!」と突然思い立った。この時間では材料も調達できない。家にある材料でやるしかない。そこで、妹の使っていた画用紙を使い、マジックインクで下手なレタリングをして「湖国を走り続けて半世紀 さようなら江若鉄道 同志社大学鉄道同好会」と書いて、色鉛筆で縁取りした。写真展に使った木製パネルに貼り付けたが、ちょっと華やかさに欠ける。一計を案じて、押し入れの中から、クリスマスツリーに使うモールを見つけ、周囲に取り付けた。これで材料費ゼロで、ヘッドマークが出来上がった。夜も白々と明けてきた。結局一睡もせず、京津線の一番電車で、浜大津へ向かった。午後から三井寺下機関区を訪れた際に区長に「付けてください!」と直談判した。即座にOKになり、もう少し難航するのかと思っていたのに拍子抜けしてしまった。あまり写真を大きくするのも嫌味なので、少し小さいサイズにしてDRFCへのリスペクトとした。

記事の続きを読む


【105244】 江若鉄道展 ちょっといい話 (1)

「江若鉄道廃線50年 懐かしの写真展&鉄道模型運転会」、二日目の本日、平日のため出足はゆっくりですが、その分、皆さんは時間を掛けて、写真・模型と対話されて、ご自身を50年前にワープされています。地元の無印不良品さん、Tさん、デジ青コメンテーターの紫の1863さんら関係者も来られ、また以前の江若鉄道展でお目にかかった方とも久しぶりの再会を果たし、旧交を暖めることができました。
会場で見つけた、“ちょっといい話”をいくつか拾ってみました。廃止前の江若鉄道では朝夕一往復「快速」が運転されていた。主要駅のみ停車で、晩年は総括制御の3両編成が運用に就いていた。通過する叡山駅では、駅員、助役の二人掛かりでタブレットの授受を行なっている。運転するほうも、機関士以外に、タブレットの授受だけに機関助士も乗務していた。もちろん車掌も乗っているし、ずいぶん人手が要った快速列車だった。通過速度もマチマチで、最徐行で進入することもあれば、遅延の時など制限速度いっぱいで通過することもあり、素手での授受は、時には危険な目に遭うこともあったと、会場に参集された江若鉄道OBが言っておられた。OBの眼は、さらに二人に注がれて、すぐ「○○さんや!」となった。受け手の駅員の「手の形が決まっとる」ともおっしゃった。なるほど、絵になるポーズだ。

記事の続きを読む


【105212】 本日から「江若廃止50年 写真展&鉄道模型運転会」

江若鉄道が昭和44(1969)年に廃止されてから、今年でちょうど50年を迎えることになります。そして、来年は江若鉄道が創立されて百周年となります。それを記念して、またまた江若鉄道の写真展・模型運転会を行なうことになりました。

 「江若鉄道廃線50年 懐かしの写真展&鉄道模型運転会」
3月21日(木・祝)~24日(日) 4日間 10:00~17:00(最終日16:00まで)
江若交通ビル5階会議室(JR湖西線堅田駅下車左手すぐ)
入場料 おとな500円

西村さん製作の模型・ジオラマに、私の写真も加えた江若鉄道展は、これまでスカイプラザ浜大津で2回、大津市歴史博物館でも2回、びわ湖大津館、旧大津公会堂、伊香立香の里史料館、琵琶湖グランドホテル、藤樹の里文化芸術会館(高島市)と、江若鉄道ゆかりの地で、形を変えて、写真、模型・ジオラマを展示してきました。“江若をおかずに、何杯メシ食うのゃ”と言われそうですが、江若は何度食べても忘れられない味なのです。ただ、従来と異なるのは、いままでは公立、またそれに準じた公的施設での展示でした。今回は、展示企画に賛同した同好団体、個人が手弁当で集合、実行している点です。いちばん大きな問題だった会場も、江若鉄道の後継となる、江若交通さんのご理解をいただき、ゆかりの堅田で行なうことができました。中心になって奔走いただいた滋賀鉄道模型愛好会の事務局様には、感謝申し上げる次第です。

会場はJR湖西線の堅田駅の真ん前、ホームからもよく見える江若交通本社ビルの5階です。ただ、一階の入り口が奥まっていて戸惑います。コンビニの右側の奥に5階へ通じる江若交通本社ビルの入り口があります。

記事の続きを読む


【105157】 存廃に揺れる北海道の駅を巡る (4)

釧路・根室付近 50年前といま ①
根室本線の釧路・根室付近へは、50年前に均一周遊券を握りしめて行った時は、京都・大阪から、急行を乗り継ぎ夜行2連泊して、釧路には午後、根室には夕方にやっと着いたものです。半日で行くことができる現在から見ると、まさに最果ての地の思いがありました。しかも、夜行のあと、駅で降りて、10キロも20キロも歩いて、駅間で写したものでした。今から考えるとよくぞ行ったものだと思います。
そこで、釧路・根室付近の駅で写した“50年前”と“いま”を対比してみました。
釧路から西へ30分の白糠、昭和58年まで北進に向けて白糠線が分岐していて、釧路以西の中枢駅だったが、いまは静かさだけが支配する駅になっていた。

記事の続きを読む