廃止直前の加悦鉄道 カラー版 昭和60(1985)年1月4日
京都府の北部に、昭和の時代、ちょっと浮世離れした二つのローカル私鉄が走っていました。北丹鉄道と加悦鉄道であることは、高齢世代なら先刻知っているでしょぅが、廃止・休止されたのは昭和46年と昭和60年とあっては、若い世代には理解できないかもしれません。両鉄道とも、DRFC現役時代、貸切列車を走らせたり、合宿で行くなど、ずいぶんお世話になりましたが、地元のため、いつでも発表できる思いがあったのか今まで満足な発表もできていませんでした。ちょうど、加悦鉄道の廃止を控えて、最後の訪問をしたのが、40年前の正月明けの今頃の季節、積雪があって、空は日本海側独特の鉛色に覆われていました。
▲国鉄宮津線の丹後山田駅(現・京都丹後鉄道野田川)のホームで発車を待つ、加悦行きのキハ08 3、昭和60年3月を目途に鉄道廃止の方針が発表されていた。従来、13往復の列車が運転されていたが、ほとんどがバス代行になっていて、列車は午前3往復、午後1往復しかなかった。




















