近郊電車編
昭和50年3月改正直前の山崎付近の列車、特急・急行のあとは、近郊電車です。中心となる「快速」は、昭和39年から80系との置き換えが始まった113系電車一色で運転されていました。いっぽう、昭和45年から運転を開始した「新快速」は、この時期、山陽筋の急行電車から転進した153系〝ブルーライナー〟が、第二世代の新快速として運転されていました。
▲昭和45年に運転開始の「新快速」は、万博輸送で活躍したスカ色の113系が、日中のみ一時間ヘッドで京都~西明石を結んだ。昭和47年3月になると、山陽新幹線の岡山開業により、急行に使用していた153系には余剰が生じ、新快速の増発・増便用に転用されることになり、6両に編成替えのうえ、塗装も改めて〝ブルーライナー〟の愛称で運転されることになった。先頭車のクハ153には、低窓車、高窓車、さらにクハ165もあってバラエティーに富んでいたが、低窓車は意外とこの塗装に似合っていた(昭和50年、神足~山崎~高槻、以下同じ)。





















