昭和の電車 改訂版(41)ー京阪スーパーカー2000系ー

髙加速・髙減速が主題のこのシリーズは中学生時代の思い出と重なります。もともと電車の知識がないのに新しい電車が出来たというと乗ってみたくなるのが悪いくせ。私の基準は阪神のジェットカーなのでこれと比べたら加速・減速が物足りなかった。もっとも曲線のせいなのか阪神と比べたら京阪は最高速に到達するまでに減速していたように思います。ただエコノミカル台車(誰が言ったか犬の骨)は乗り心地が悪かったのも記憶に残っています。

余談ながら、2000系を丁寧に撮っておけば今年の年賀状に使えたのに、とくやしんでいます。

昭和の電車 改訂版(40)ー阪神ジェットシルバー5201系ー

近鉄の話をしているうちに阪神ジェットシルバーの登場です。
探したら一枚だけ有りました。昭和34年頃の撮影ですから登場直後という事になります。場所は阪神鳴尾付近です。へたくそで何の価値も無い(準特急氏ならこう言うはず)写真ですがお許しください。

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昭和の電車 改訂版(39)ー近鉄ラビットカー6800系ー

鉄道雑誌に“ジェットシルバー”“ジェットブルー”のキャッチフレーズが出て阪神の5000型を見に甲子園にあった親戚の家に行きました。同じ頃に近鉄に“ラビットカー”なる新車が出たと聞きましたが見る機会はありませんでした。近鉄南大阪線はそれほど遠かったのです。

右奥の二枚窓の電車はなんでしょうか?

昭和の電車 改訂版(37)ー国鉄モロハ50型ー

この記事を読んでモロハ50なる車輌が実在なのか、それとも関先生の想像の産物なのかがはっきりしません。終戦直後の国鉄は、復興事業と人員輸送と進駐軍の横車に四苦八苦していた時期です。いろんな車輌がうたかたのように出ては消えていたのかもしれません。モロハ50が実在か幻かを判定願います。

片上鉄道

西村雅幸さんからのご依頼で、ふるいネガ・ポジアルバムを引っ張り出してデータを確認しました。

それによると片上鉄道への訪問は昭和36年12月19日となっています。この時は倉敷への“行きがけの駄賃”程度の気持ちで立ち寄っただけですので柵原へは行っていません。片上だけの訪問でした。たぶん、機関庫や客車区が片上だったからでは無いかと思います。結局、片上鉄道の写真はこの時だけでした。

それではご覧下さい。

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昭和の電車 改訂版(34)ー京都市電N1型ー

これは自信を持って投稿できます。画に描かれている場所は七条西洞院を上がった、旧植柳小学校の南にある藪の内千家の前でしょう。西洞院通を走る北野線は、南北の通りでは西側に引き寄せて線路が引かれていました。そのため西側の家では飛び出すことは厳禁でした。中立売通では南側に寄っています。先日掲載された花巻電車と似ていました。

中村進一氏撮影

画とほぼ同じ付近と思われます。左のカゴのようなものは籐で作った乳母車。春の彼岸頃と思われる。