ここはどこ?私はだれ?ー第3お彼岸臨時列車ー

意外にもお客様が殺到して列車が混雑しておりますので、急ぎ第3臨時列車を増発致します。席は余裕がございます。押し合いへし合いしないで、ゆっくりとご乗車願います。今回はこれで最終列車となります。

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昭和の電車 改訂版(210)ー京王電軌500号ー

さすがにこの電車に関して話をされる方はいないと思いますが、前回の掲載時に準特急さんがコメントを下さっていました。
「文献を見ると昇圧後にも2700系の付随車(スモールTと呼んだらしい)として使われたサハ2503がどうもそれに該当するらしく廃車される寸前の1968年の姿を撮影しております。」

ここはどこ?私はだれ?ー第2お彼岸臨時列車ー

DRFC探偵団の皆さんがすばらしいのか、それとも私の知識が乏しいのか、出題した車両の出自が瞬殺で解明されてしまいました。そこでさっそく波状輸送と言うことで、第2お彼岸臨時列車を増発することにしました。なぜか第1で連結し忘れた車両も繋ぎます。

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ここはどこ?私はだれ?ーお彼岸臨時列車ー

夏休み臨時列車に続いて「秋の臨時列車・ステイホーム号」のご案内です。

前回もそうでしたが、乙訓の長老様は撮りためた写真を鉄道毎にひとまとめにしていたようなのですが、実際はごちゃごちゃになっていて区分けに時間がかかりました。その中でどうしても所属会社・車種・場所などが判別できないものが出てきます。それをまたDRFC探偵団の皆さんに解明していただこうと思いました。

なお、以前にも投稿した車両があるかも知れませんが、改めてお教えください。

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昭和の電車 改訂版(207)ー叡山電鉄デオ300型ー

どなたか、思い出の写真を貼ってください。

新製時の記録写真と思われる

と、言ってもだれも反応がないのは前回同様です。このデオ300は人気がないのか、あまり写真を見ません。私も撮っていなかったようです。
そこでこんな時の救世主・乙訓の長老作品集をあさってみました。
ところが長老様も興味薄とみえてほとんど見つかりませんでした。それでも数枚ありましたのでご覧下さい。街の風景も味わってみてください。

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《特別寄稿》国電の北限を走ったウグイス色電車・・・河 昭一郎

国電研究家・河 昭一郎様より、みちのくを走り去った“ウグイス色の旧型国電”に関しての考察をご寄稿頂きました。なお、添付頂いていた写真は退色とひび割れがひどく、色調についてだけ補正をしましたが、乳剤面のひび割れ・キズに関しては触っておりませんのでご承知おき下さい。

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昭和の電車 改訂版(205)ー旭川電軌モハ1000型ー

前回掲載時(2016年7月)には写真の投稿がありませんでした。関先生によると車体をはじめ、駅舎まで保存されているとのこと。どなたか訪問して写真ぐらい撮っていないのですか?
と、思っていたら、「偶然見つけました!」でご紹介した『日本映画の鉄道シーンを語る』にチラッと出ているのを発見したのでご紹介します。

http://tetueizuki.blog.fc2.com/blog-date-201205.html

№21 「疾風小僧」1960年日活作品でモハ1001号が出てきています。

ここはどこ?私はだれ?ー夏休み臨時列車ー

暑さとヒマで身をもてあましている諸兄を、夏休み臨時列車『ホームステイ』号へご招待致します。

と言っても、乙訓の長老様からお預かりしている写真の整理をお手伝い頂くのが目的です。
長老様は、永年撮りためた写真を箱に入れてしまい込んでおられますが、ジャマになったから整理・処分してくれ、と私に依頼されたのです。
ところが箱の表記と中身はバラバラ!概ね会社毎にまとめたのですが私鉄の知識の無い悲しさで分からないものが出てきます。それを、どこか?いつ頃か?を「デジ青探偵団」の皆様に教えて頂きたいのです。私も手が空いた時にボチボチやっているのでまだ道半ばです。いくらでも出てきますが、少しずつご覧に入れるので教えてください。探偵の皆さん!よろしくお願い致します。

では、どうぞ⇩

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昭和の電車 改訂版(199)ー信貴生駒電鉄デハ1型ー

前回の時、どですかでんさんがコメントを下さいましたので再録致します。

信貴生駒電鉄がついに出てきました。さて米手作市さんが交野線との連絡の計画と書かれていますが、信貴生駒電鉄の社史によると大正10年に設立された生駒電気鉄道によって生駒・枚方間が施工認可を受けていたので、連絡ではなく最初から枚方から生駒への路線として計画されていました。生駒電気鉄道は開業できずに信貴生駒電気鉄道に買収され、その後に建設が容易であった私市まで開業したのですが、私市・生駒間は山間部の為に難工事となり、建設費がかさむために建設されずにつながらなかったのです。ちょうど今の国道168号線のルートです。この道は北田原から北上して私市までの道はカーブが多い山間部で、車を運転していても楽しいというかスリルがあるというか・・・・ 鉄道でつなぐとなるとちょっとした山岳鉄道になったかもしれません。このルートの目的は京都から生駒山参詣者の利便性を図る目的であったようです。信貴電にはもう1つ路線延長の計画があって許可申請をしたのですが、不許可となった路線があります。それは信貴山下駅から鉄道省関西線柏原駅までの延長線です。これも信貴山参詣者の利便性を考えたものらしいが、却下となりました。まだ、亀の瀬崩落前に計画したものなので、もし開業していたら大損害を受けて今の生駒線は廃業していたかもしれません。不許可なってラッキーであったのかもしれません。》