スクラップブック 5 新幹線編

いよいよ開通日が近づきます。
それまでにはいろんな出来事があり、それらを全て掲載していませんが新線開通時にはどこも同じ事があっただろうと思われます。

今回、河 昭一郎様からその時期の貴重な写真を頂きましたので、まずそれからご覧頂きます。

①上牧駅1963-5-5 阪急の在来線上で撮影。 右が梅田方面行だが、既に線路と架線は撤去され右側の仮設階段上の高架(新幹線)に移設済み。

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スクラップブック 4 新幹線編

スクラップを見る楽しみの一つに、主題ではない記事がちょっと残っていることがある。そこにおもしろい記事が載っていることがある。たとえば相撲の取り組みとか、広告とか、事件・事故などである。一度探してみてはいかがだろう。

さて、新幹線開業が近づくに伴い習熟運転が佳境に入ると、予想通りの問題が頻発する。

1964,6,27

1964.6.26

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スクラップブック 2 新幹線編

改めてスクラップを見て、まず気の付くことは文字が小さい!というのに驚く。
昔の新聞はこんなにも小さな字で書いていたのか、と感心する。それと細かいことまで書いてある。後に投稿する新幹線最初の人身事故でも補導された中学生について名前こそ出てないが親の職業まで報道している。こんな事を考えながら古い新聞を見るのもスクラップのおもしろさだ。

1962.4.26、5.24

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スクラップブック 1 新幹線編

一体いつ頃から鉄道関連記事のスクラップを始めたのか、その1ページ目は昭和35年8月18日「山陽線で貨車脱線転覆」だった。尾道付近の本線上を走行中のD52牽引の幡生発、大阪中央市場行き鮮魚列車が置き石のために脱線転覆した事故の記事が第1ページを飾っていた。この事故は中学二年生の犯行で、後に岡鉄局は66,460,540円を請求している。

これらを一挙に公開は大変なので、事件・事故、開通、私鉄、その他などの話題毎にまとめてゆっくりと公開したい。
まずは「新幹線開通」に関する記事から。
ここでお断りしておくが、当時の新聞記事をスキャンするため、今日ではコンプライアンス的に問題があると思われる表現もあるが、気にしないで記載するのでご了解いただきたい。

記事に関して一切の個人的感想は記載しないので、読者が勝手気ままに感想をのべ合ってください。
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設計図シリーズ③最終回 

模型とラジオ昭和36年4月号の付録にあった、最新型機関車設計図シリーズはこれでおしまいです。
デジ青の良いところは、自分がおもしろいと思うことをなんでも投稿できることです。手持ちの資料でも、写真でも、なんでもおもしろいと思ったらあれこれ考えないで投稿してみてください。必ず興味を持つ方が反応してくれます。それで話題が広がれば思いがけない仲間が生まれます。
そんな事になれば、と思ったのがこのシリーズでした。
まだまだいろんな秘密兵器がありますのでご期待?下さい。

では、最終回は大型電機です。最後に綴じ込み付録も付いた「特別編」をご覧下さい。

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設計図シリーズ②

やっぱり!というか、なるほど!というか、コメントを下さる方は古いことに精通している方々です。
昭和30年代に入ると「もはや戦後ではない」と経済白書が言うまでもなく、戦後復旧が一段落して、そこから新たな開発が始まります。鉄道でも新型の強力電機の開発と、蒸機に代わるDLの開発です。

次は蒸機を駆逐する新型DLです。

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設計図シリーズ①

なんでも取っておく習慣があるのは戌年のセイか?と思われますが、本を整理していると思わぬものが出てきました。

「模型とラジオ」という雑誌を覚えておられますか?中学生の頃に毎月買って読みふけっていました。その昭和36年4月号に1/80の青写真が付いていたのです。当時としては話題の新型機関車ばかりです。べつに珍しくもないワイ!と言われるのを覚悟の上で夏枯れの紙面を賑わせたいと考えました。

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食堂車のチラシ・・宮崎繁幹さんから

6月にあった「特急三百哩」を見るきっかけを作って下さった早稲田鉄研OBの宮崎繁幹さんから「駅弁包装紙の投稿を見てこれを思い出した」と原稿が送られてきました。
これまた見たことない珍品資料です。以下、宮崎さんのお話をお聞き下さい。

《さてその後、「ここどこ?わただれ?」の方は、猛暑もあってサボっていましたが、駅弁掛紙を拝見し、食べ物つながりで「食堂車チラシ」があったことを思い出しました。

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駅弁包装紙・最終回

駅弁包装紙の話はこれぐらいにしましょう。
今まで誰も投稿しなかった話題ですが、鉄道ファンなら誰でも思い出のある話題です。これがきっかけとなって押し入れにしまってあったスクラップブックを開いてみてはいかがでしょうか?
そして思い出と共に投稿してみてはいかがでしょうか?鉄道趣味は広くて深いものです。デジ青はどんな記事でも鉄道につながりがあれば投稿できます。
私もまだまだいろんな切り口を用意しています。皆さんの反響を見ながらチョイだししようかと思っています。

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駅弁包装紙・その3

どなたかが書かれていましたが、最近の駅弁は百貨店や駅の売店でいつでもどこのでも買えるのでおもしろくありません。駅弁は買った駅の風景、季節、そして食べながら眺めた風景が揃ってこそ駅弁なのです。客車の窓を開けて「おーい駅弁!」と叫びながら500円札を振り回す、これぞ駅弁買いの極意です。ついでに陶器の急須のお茶が買えたらなお良し、でしょう。この頃の駅弁の値段は普通駅弁が150円、特殊駅弁が250円ではなかったでしょうか。普通駅弁でもご飯とおかずを別々の折りに入れて二段重ねでも150円がありました。(その1に掲載しています)

さて、今回はご存じの駅弁に出会えるのでしょうか?

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駅弁包装紙・その2

前回(と言っても昨日ですが)の投稿にご常連の方から熱いエールを頂いたのに気をよくして、書き込みにあったお店の駅弁を集めてみました。

西村さんには先日の(二人だけの秘密!)お礼にオベンチャラを付け足して地元ネタの「たこ飯」を載せましたら、すばらしいご感想を頂いたのに感激して地元からもう一軒。

⇩呉駅のやまさき家の「御弁当」
たぶん音戸大橋が開通した時期かと思います。

呉線呉 御辨当 やまさき屋 150円

⇩姫路駅まねき食品のあなご寿司弁当

山陽線姫路 あなご寿司弁当 まねき食品 200円

 

⇩岡山駅 三好野本店の備前うなぎ 岡山駅で素人は「祭すし」を買う!

山陽本線岡山 備前うなぎ 三好野本店 200円

 

⇩紫の1863さんご指名の京都駅 萩の家 竹の子めし

東海道本線京都 竹の子めし 萩の家 150円

 

⇩珍品 岐阜羽島駅 嘉寿美館の御辨當

東海道新幹線岐阜羽島 御辨當 嘉寿美館 150円

 

新見や備後落合の駅弁もあるのですが、行方不明です。どですかでんさん、ゴメンナサイ!

駅弁包装紙

終活というのではないけれど、資料を整理していると“こんなものが!”と言うものが見つかります。その一つが「駅弁包装紙」です。熱心に集めていたのではありませんが、それでもある程度はたまっていました。捨てるのは忍びないのでスキャンしてファイルしました。
特派員氏が夏枯れで投稿が少ない、とお嘆きのようなので、得意のつなぎ記事で楽しんで頂きます。
例によってコメントは書いていないので、いつ買ったのかは分かるものもあり、無い物もありです。
皆様の思い出を聞かせてください。

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60年前の“元祖トワイライトエキスプレス” 重澤 崇先輩の記録

六月初旬、沖中忠順先輩の一周忌が行われたあと、同席させて頂いた重澤 崇先輩から興味あるお話を伺いました。

重澤先輩は、ご存じの通りDRFCの創業者のお一人で、当時のお話をうかがえる貴重な方です。その方から大変なお話しが披露されたのです。
以下、重澤先輩の話をお聞き下さい。

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つれづれの記 (終)河 昭一郎

ことのほかデジ青に協力下さり、貴重な国電の写真やお話しをご投稿下さっている河 昭一郎さんからメールを頂きました。

今回の投稿をもって「つれづれの記」の最終回と致します。という内容でした。
数ヶ月前から体調を崩されておられるご様子でしたが、なかなか回復せず、このまま中途半端な投稿を続けることは出来ないので、これで一旦終わりとして、回復後、新たに原稿を書いて投稿をしたい。つきましては今回原稿を書くつもりで集めた写真だけでも投稿して、会員諸兄の思い出でも、車両に関してウンチクでも、ここどこ?わただれ?でも、こんな写真もってるででも、他、なんでも話題にして賑やかしくしてほしいと仰っておられます。皆さんからの書き込みを回復への特効薬として期待されていますので、どうか一日も早いご快復を祈念しながら書き込んで下さい。

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ここはどこ?わたしはだれ?ー多摩湖鉄道所蔵作品より(10)

例によって米手作市が投稿のお手伝いをさせて頂きます、が、その前に言い訳をさせてください。
この原稿は5月に頂いておりましたが、わらくろや事故、琵琶湖のヒマ人こと吉田耕司先輩の急逝、そして乙訓の老人(長老)こと沖中忠順先輩の一周忌(6月8日)と続き、更には米手作市の高校の同窓会が昨10日にあり(米手が事務局長!)大多忙の日々で、今日まで遅延させてしまいました。
宮崎繁幹さんには大変な失礼をしてしまい、申し訳がありません。ただ今から回復運転に努めますのでお許しください。(以上、言い訳終わり)

今回は私鉄電車特集です。出所は恐らく昭和20年代に各地で色々と刊行された同好会誌に在ったものと思われます。これ等の会誌は、殆どが孔版(ガリ版)印刷でした。デジでない大昔の「青信号」もそうだったのでは、ないでしょうか? これ等の会誌にも写真掲載の試みは為されていました。それが写真の貼り込みです。小部数の出版物では、コスト的に網点で写真原版を作成することなど望むべくもなかったでしょう。しかし引伸ばし印画ならまだしも、密着版が多い。セミ判までなら見られますが、35mmの密着、所謂ベタ焼きでは、切手くらいの大きさであり、虫眼鏡が欲しいです。

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古いハガキ

行方不明のネガを探して、魔窟に足を踏み入れました。
そこから多量の切符、家族写真(鉄道写真の探しているものは未だ発見できず)、駅弁の包装紙等などと共に、就職のため上京した年の年賀状が出てきました。大西友三郎先輩や吉谷和典先輩など、鬼籍に入られた方からの懐かしいはなむけの言葉に改めて感激しました。

その中に当会設立の第一世代である重澤崇先輩からの年賀状もありました。ところが発見したその日に重澤先輩から沖中先輩・湯口先輩の一周忌にまつわるハガキが来たのです。
これも故人のご縁と、ご了承を頂きここに掲載致します。

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つれづれの記(4)憧れの山科 河 昭一郎

久しぶりの河 昭一郎氏からの投稿です。例によって米手作市がお手伝いを致します。
先日の宮崎繁幹さんからのご投稿も湘南電車・80系でしたから、時を一にして東の大家お二人が同じ話題を選ばれたことに驚いています。河さんは山科築堤で電車を撮影されたのですが、ここは一般的には蒸機列車の晴れ舞台です。ここで国電を撮るとどんな写真が撮れるのか、特に私はゲタ電がここを走るのを見たことがなく興味津々です。

《山科の築堤》

今回は、鉄道ファン、なかんずく国鉄(国電)ファンなら必ず詣でなければならなかった?「山科」のカーブです。

「憧れの山科カーブ」を訪ねたのは京都の予備校に通っていた浪人時代の事で、あの広々とした築堤上で、バックの比叡山に息を吞みながらの感激もヒトシオでした。

小生を築堤に立たせたのは?と思い起こせば、それは迫力のSL写真を世に発表された先人の方々の足元にも及ばぬ「国電」=「びわこ臨」でした。

当時、関西の国電(各停)はご存知「京都~西明石」の限定運用でしたが、東海道線全線電化後は従来のSL列車を置き換えた80系が米原まで入り、それは京都以西の快速電車との共通運用でした。

それに呼応して夏・冬に京都以東の湖東線に臨時電車が運用されるようになりましたが、車両不足は否めず、大アカ、大タツの70系のみを抜き出した予備車を掻き集めた臨時対応でした。当初は「芸が細かく」70系を掻き集めた6両編成の前後は茶坊主クハ76で固め、クハ86編成の向こうを張ったスッキリした編成でしたが、後には72系やクハ68のゴチャ混ぜ編成となって「地に堕ちた」感が一杯で、大いに落胆したものです。

さてさて、キッカケが湖東線臨電だった事も有って、小生の写真は大御所の方々の迫力有るSLとは雲泥の差が有るのを承知の上でご覧下さい。

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ここはどこ?わたしはだれ?ー多摩湖鉄道所蔵作品より(9)

久しぶりに宮崎繁幹さんから「ここどこ?わただれ?」に問題が出されました。
今回は、前回の「ロケ風景」での敗北を踏まえて、主題を「関西急電」に絞っての出題です。珍しい写真ですが、一部は撮影場所と撮影時期の判明しているものもあります。でも関西の皆様にぜひ見て頂きたいとお送りくださいました。

どこが珍しいか、どこで撮したのかを考えてください。

⇧いつ頃、どこで撮ったか分かりますか?

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