KE52

ネタに窮すると、つい総本家青信号特派員氏の記事に頼ってしまう。「鉄道少年の時代に戻ってみる〈7〉」の山科のカーブを行くつばめ号の何と美しいことか。ブレーキホースや元ダメホース、KE3ジャンパ栓等が、10日後の西下の準備も万端であることを物語っている。「せっかく連結器にカバーをつけてまで見た目に拘っているのに」とお嘆きの方もいらっしゃるかもしれないが、連結解放により輸送需要に対応できるのは他の交通機関に真似のできない鉄道の最大の長所であると思っている。それだけに連結面はとても興味深く、ついつい見入ってしまうものである。

実は、私もつばめを撮影したことがある。

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讃岐財田駅

讃岐財田駅は、1923(大正12)年5月21日に讃予線琴平~讃岐財田間(12.6km)の開業に伴って開設された駅である。北側の琴平駅の1889(明治22)年開業から遅れること34年、徳島線の佃信号場(当時)まで南進される6年前のことであった。

もう2ヶ月前ほどのことになるらしいが、築101年となる木造駅舎が改築されたことを、先日Youtubeで知った。香川県では高徳線の丹生駅に次ぐ2例目だそうである。ちょっと豪華なバス停(?)の趣きとなっており驚いたが、トイレも改築されており、利用者の方はもちろんのこと、保線作業関係者にも優しい改築となっていた。▲1983年3月31日、273レ(DF50 31号牽引)、讃岐財田駅3番線

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MC24

「MC24」のMCはMaster Controllerの頭文字で、国鉄ディーゼル機関車DF50形の主幹制御器の形式名称である。

Wikipediaの「国鉄DF50形ディーゼル機関車」のページ(国鉄DF50形ディーゼル機関車 – Wikipedia)には次のように記載されており、雑誌やネット等でも長年にわたり引用されている。

「運転台の主幹制御器は、電気的な要素はなく一種の可変空気調圧器に類する構成で、制御空気圧の昇降を直接行い、電気的な制御は行わない。」

この文章の引用元は「鉄道ジャーナル 1979年12月号」P.83で、

「制御は電気指令でなく、空気圧力で行なうため、車端に総括用空気ホースがとりつけられている。したがって主幹制御器には電気要素は一切なく一種の可変空気調圧器的な要素を有するだけで、ノッチ区分(19ノッチ)もいわばキザミ的な役割にすぎず、中間ノッチも使用可能である。」と記載されており、特に何の問題も無いように思われる。

では、実際のMC24の内部をご覧ください。

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DF50 18号(その2)

終の棲家となると思われた「交通科学博物館」(1990年に交通科学館から改称)は、「梅小路蒸気機関車館」を拡張した「京都鉄道博物館」に統合されることとなり、2014(平成26)年4月6日限りで閉館されることとなった。DF50 18号機は、1990(平成2)年には弁天町駅北口の新設に伴い、当初の大阪環状線高架の東側から西側への移動があり、再び引っ越しを余儀なくされることとなった。▲2014年3月31日、交通科学博物館、大阪環状線には103系がまだ健在だった頃

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DF50 18号機(その1)

総本家青信号特派員氏の「交通科学館」のC53 45号の写真を拝見した。実見したことはあるものの、C53を懐かしめる世代ではない。ただ、バックに写る建物の波型鋼のような屋根に妙に懐かしさを覚えた。図書室には、一時大変お世話になった。ここにあった資料は、恐らく「京都鉄道博物館」にあるのだろうが、未だ行ったことがないので、よくわからない。▲交通科学博物館(2014年3月31日)

今回は、この「交通科学館」に展示、保存されていたDF50 18号機について綴ってみたいと思う。

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ダイアグラムをエクセルで描く

先日のサロン会で、「ダイアグラムをエクセル上に表示できる」と口走ってしまった。四半世紀ほど前の話になるが、脱サラした際にパソコンやプリンタは必需品であったが、使用頻度の少ないプロッタを購入するか否かで悩んだ。プロッタとは、座標値を与えて直線や円などの図形を紙の上に作画する機械である。当時、私の書く1本のプログラムの中ではプリンタやプロッタへの出力コマンドが7割程度を占めており、このネックを解消すべく計算処理後の結果のみをエクセルに渡して表示させたり、印刷ツールとしてエクセルを使うようにしていた。この延長戦上で、エクセルのシート上に図形描画機能を使って作画し、印刷できればプロッタを購入する必要もなくなる、と考えたのがキッカケである。 続きを読む