どうする木次線第三部・・・2

木次線は出雲横田~備後落合間が乗車効率が極端に悪く、廃止の根拠の一つとされています。
しかし、この間にこそ木次線の魅力が凝縮されているのですがそれを利用できてないと私は思っています。
三段スイッチバックや鬼の舌震い、たたら製鉄などもっと海外の客を誘致できるものがあるのに活用できていないのでは。
それに追い打ちをかけたのが「おろち号」の廃止でした。
記事にも出ていますが廃止後に輸送密度が激減したことです。予想できたこと、というよりJR西日本は分かっていてそうしたと思います。

愚痴が出てきますのでまずお読み頂きます。

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どうする木次線第三部・・・1

松江在住の友人から山陰中央新報の「どうする木次線第三部」が届きました。
若い会員には「木次線」は遠い存在かも知れませんが、昭和世代の会員にとっては小海線と共にC56が活躍していた線区として忘れられない鉄路です。
その木次線が、いま芸備線と共に廃線になろうとしています。
地元の方々も努力はしているようですが、三江線もあの通りあっけなく廃止されてしまいました。
どうすれば残せるのか、もう一度皆さんも考えてくれませんか?

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山陽本線227系にクモハニ登場

先日、笠岡駅と金光駅に残る「双頭レール」を取材に行った際、乗り合わせた227系電車の最後部ドアを荷物扱いにしているのに出くわしました。広島支社管内では見たことが無かったのですが、岡山支社管内ではこのような荷物扱いが行われているのを知りました。

岡山発三原行き411M

車掌が荷扱いをするのかと思いきや、専従の作業員も乗車していて、補助席を利用していました。

笠岡駅到着

支社内の書類などの配送だと思われますが、閑散時間帯の3両編成の最後部ですから乗客からの苦情はないのでしょうが、この程度の輸送に専門員をつけているコスト感覚に驚きました。

笠岡駅員から封筒を受け取って発車

昔なら乗務員(車掌)が対応していたように思いますが、各地でもこのような光景は常態化しつつあるのでしょうか?新幹線でも鮮魚輸送が行われたりする時代ですから・・・。なお両駅の双頭レールについては追ってご紹介します。

広電 駅前大橋線開通から1週間

8月6日 被爆80年の節目に合わせて開業した新線は好評のうちに1週間が過ぎました。いつものように中国新聞記事をご紹介し、デジ青に残すことで時代の記録とさせて頂きます。

令和7年8月9日 中国新聞朝刊

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広電 駅前大橋線 ついに開通

令和7年8月3日 広島駅ビル2階から始発電車が出発しました。新聞記事のご紹介は1日遅れの内容になりますので悪しからず。

令和7年8月3日 中国新聞朝刊 1面トップ

同上

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 「江若鉄道展」終了 ご来場に感謝申し上げます。

去る7月23日(水)から滋賀県高島市で開催の「江若鉄道を語り継ぐ会」の「江若鉄道展~ジオラマと写真で振り返る昭和~」は、10日間の会期を終えて、8月1日(金)に終了、本2日(土)に片付けを終えて、私も先ほど帰宅しました。昨年、江若鉄道の廃止55年を記念して設立された「江若鉄道を語り継ぐ会」の一周年の催事として、同会の総会と合わせて、湖西線近江今津駅近くの今津東コミセンで行いました。展示内容は、昨年とほぼ同じ写真展に加えて、今回は、西村雅幸さんが製作された「白鬚駅」「高島町駅」のジオラマが保管先の大津市歴史博物館から“里帰り”展示されたことです。お世話になりました「江若鉄道を語り継ぐ会」の皆様には厚く御礼申し上げます。

会場初日の様子、江若時代を体験されている地元の古老が続々ご来場、模型と写真を指差しながら、“こんなんやったなぁ~”を連発、背後では、西村さん、86さんが歓談中。

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広電 駅前大橋線開業まであと2日

8月6日の原爆の日に間に合わせるべく工事が進められてきましたが、開業まであと2日となりました。地元テレビ報道では、廃止される猿猴橋電停近辺の店舗の声などを取材し、明暗両面の報道が目立ちます。引き続き、中国新聞記事他をご紹介します。

令和7年7月31日 中国新聞朝刊

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広電駅前大橋線開業まであと3日

待ちに待った新線開業の日が近づいてきました。地元テレビも連日、関連番組を流しています。いつものように中国新聞記事を中心に、その熱気をお伝えします。

令和7年7月29日 中国新聞朝刊

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 7/23~8/1  高島市で 「江若鉄道展」ふたたび

昨年は「湖西線開業50年、江若鉄道廃止55年」として、琵琶湖西岸の各地のさまざまな行事に呼んでいただいて、私にとっても大切な思い出となりました。それから一年後の今月、滋賀県高島市に拠点を置く「江若鉄道を語り継ぐ会」が設立一周年を迎え、また行事に呼んでいただくことになりました。クローバー会のグループLINEでは思わせぶりな予告はしていましたが、実を言いますと明後23日(水)からの開催です。いつも通り準備に忙殺されていて、十分な予告ができていませんでしたが、ネットにはなんとか告示してもらいました。 近江今津で「江若鉄道展」 今年も7月23日より開催 | 鉄道ホビダス   ▲会場は昨年同時期に「江若展」を開いた今津東コミセン。

  「江若鉄道展」 ~ジオラマと写真で振り返る昭和~

  会期 7月23日(水)~8月1日(金) 9:00~22:00

  会場 今津東コミュニティセンター1階展示ホール

     (JR湖西線 近江今津駅下車、東へ徒歩3分)

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広電 新線開通まで1ケ月を切りました

広島駅ビル2階に乗り入れる駅前大橋線での乗務員訓練が続いています。7月9日の中国新聞朝刊には、広電のダイヤ改正の記事も載りました。

令和7年7月9日 中国新聞朝刊

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駅名純喫茶店(武庫川女子大が武庫川大へ)

昨日、武庫川女子大学が共学化するとのニュースが入ってきました。少子化の影響で男子学生の受け入れを行わないと経営が難しいからでしょう。https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF170U00X10C25A6000000/

そうすると、阪神の「鳴尾・武庫川女子大前」は「鳴尾・武庫川大前」に変更の可能性が高いです。一層のこと、「鳴尾」に戻してもよいのではと思う今日です。

*写真は武庫川駅構内です。

木次線情報

松江在住の同級生が、木次線に執着している私を気にかけていてくれて、最近地方紙に連載された記事を送ってきてくれましたのでご紹介します。

三江線が無くなって久しく、木次線の話題もこちらでは聞かなくなりましたが、中国の山間部では芸備線とともに存廃が現実味を帯びてきているようです。

何よりも出雲横田以南の人口が467人とは知りませんでした。
これではJR西日本のおろち号廃止などの嫌がらせを待つまでも無く立ち枯れになるのもやむを得ないか、と思うかも知れません。
しかし、記事にもあるように三段スイッチバックや鬼の舌震いなど貴重な観光資源があることも強みです。

どうかDRFCクローバー会の皆さん、現地で頑張っている皆さんを今一度応援しましょう。

それにしても「おろち号」の廃止は納得できるものではありません。
当時、奥出雲町長とも連携してJR西日本の説得を企てましたが効果をえませんでした。中国新聞でも取り上げて貰いましたがダメでした。なにより地元が興味を示さないのが致命的です。そしてこれが最後の機会かも知れません。

広電 駅前大橋線試運転始まる

広島新駅ビル2階へ初めて広電試運転電車が乗り入れました。いつものように中国新聞記事でお知らせします。

令和7年6月7日 中国新聞朝刊

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広島短信2題

中国新聞記事から2件ご紹介します。まずは美祢線について。

令和7年5月23日 中国新聞朝刊

もう2年も運休していて、時間だけが過ぎてゆく美祢線ですが、沿線自治体が希望する鉄道復活はどう考えても実現するとは思えません。いたずらに結論を先延ばしせず、1日も早くBRT化するのが落としどころのように思えてなりません。

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 桜・新緑を軽く撮る   〈2〉

新緑の嵐電

京都を走る、もういっぽうの嵐電も、軽く撮りに行っています。

定番は、嵐電天神川を下車、徒歩5分の天神川橋梁。猿田彦神社の樹齢700年のクスノキが背景に入り、午後から順光で撮れる。青空バックの新緑だけ切り取れば、周囲の雑踏は気にならない。敬老パスを使い地下鉄東西線でも行け、最寄りには蔵書の多い右京区中央図書館もあって、立ち寄りついでに行ける。清く貧しい老人にとっては恰好の撮影地、ここでは、江ノ電カラーがよく似合う。

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 桜・新緑を軽く撮る   〈1〉

叡電リバイバル721に別れ

手垢のついた写真や、超ローカルな話題を得々と載せています。いえいえ、写真はいつも撮ってますょ。自分が撮りたいものだけ、最小限の機材を持って、サクッと撮って帰ります。後期高齢者には、それで十分です。体力はまだ自信があるものの、長期間、旅に出る気力もありませんし、葬式鉄には近寄りたいとも思いません。でも季節の移ろいだけは、しっかり記憶に留めたい。一年を通じて、桜から新緑までの、この1ヵ月余りは、撮影には最適の季節だとつくづく思います。そんな思いで、近くを巡って記録を軽く総まとめします。

叡電では、700系の最後のリニューアル未施工車である721号を、昭和62年デビュー当時の「アイボリーとマルーン」の塗装に復刻し、「リバイバル721」として2025年2月から運転していた。雪の降った日にも出掛けたが、5月連休期間に運転を終了するため、桜の開花に合わせて行ってきた。正面に「EIDEN」ロゴも貼り付けられていた。

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広電荒手車庫でグリーンムーバー火災

広電宮島線の低床連接車の先駆けである5000形は、ドイツ シーメンス社製のため電気部品を中心に交換部品が入手できず、5007号を部品取り用として廃車するなど保守に苦労されており、何編成かは荒手車庫で休車状態になっています。そんななか、荒手車庫に留置中だった5006号の屋根上の電気部品から出火したそうです。新聞報道では補助電源装置となっていますが、休車中でパンタは下ろしていたでしょうからなぜ発火したのかなど、詳しいことはわかりません。12編成ある5000形の廃車がさらに進むのではと思います。そう考えると還暦を過ぎた1900形が現役で活躍しているのは、勿論広電の車両保守部門の努力の賜物ですが、すごいことだなと感心します。

令和7年5月20日、21日 中国新聞朝刊

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 衝撃!  “そばぼうろ”の丸太町かわみち屋が廃業

唐突に何のこっちゃ、と思われるでしょう。でも、これが理解できたら、よほどの“デジ青通”です。丸太町かわみち屋は、京都で「そばぼうろ」「蕎麦饅頭」の製造、販売を手掛ける会社として知られていますが、5月20日で廃業のニュースが、地元新聞に流れ、衝撃が広がりました。聡明なデジ青読者なら、ひょっとして頭の片隅に残っているかもしれません。今を去る5年前、私と勘秀峰さんの2人で、京都市電写真展「市電が出会った街 河原町丸太町」を行ないました。丸太町かわみち屋は、その河原町丸太町の交差点にあり、地域を代表する店舗でもありました。これが「そばぼうろ」、決して高級な京銘菓ではないが、京都ではとくに粗供養に選ばれることも多く、昔から市民の定番の菓子だった。

写真展では、皆さんから「そばぼうろ」の差し入れをいただき、会場でそばぼうろを食べながら、そのルーツや本家分家争いなど、時ならぬ“そばぼうろ論争”が巻き起こったことを懐かしく思い出します。

 京都市電写真展 明日からです! | DRFC-OB デジタル青信号

展示写真の中にも、丸太町かわみち屋の看板が写ったものが数点ありました。ところが、2021年には、店舗が、製造所のある円町へ移転し、同じ丸太町でも、山陰線の車窓から見える丸太町かわみち屋となりました。そして、このたび、種々の理由で、廃業に至ったものです。

写真展ではエントランス部に、ギャラリー店主の厚意で、タタミ一畳大の大型カラーを展示した。その左、タイトル下にも、丸太町かわみち屋が写っていた。

勘秀峰さん撮影の同交差点では、奇跡的に3方向の②系統が顔を合わせて、タイトル通りの“出会った街”となった。背後の丸太町かわみち屋の看板も決まっていて、案内はがきに使った。

“そばぼうろ”の記憶は、この黄色の缶にもつながる。しっかりした缶で、京都では、どの家でも、一つか二つは、収納缶として活用されていたはずだ。私は、記念切符や乗車券の保管に使っていた。

 

馴染みの菓子屋が消える、そういえば、吉本興業のお笑いの常設劇場だった、よしもと祇園花月も、8月になくなると聞きました。鉄道だけではない。町並みも変わって行くことを感じています。