【100887】札沼線を走っていた頃のキハ141系(1)

 

◆キハ141系6連の546D 札沼線石狩太美-石狩当別 1998年9月14日
左からキハ141+キハ142+キハ142+キハ143+キサハ144+キハ143

北海道の国鉄がJR北海道になって少したった1990年3月、オハフ51を改造したキハ141-1,キハ142-1が試作車として登場し、札沼線を走り始めました。そして1995年夏まで増備され形式も増え総勢44両の所帯になりました。
気動車ではありますが客車改造でしたので興味がわき、時々出張で札幌へ行く仕事がありましたので、出張をできるだけ土日の前後にしたりして全車現車調査をしたのですが写真も少し撮りました。その後札沼線の電化により10両のキハ143がワンマン化改造・ATS変更・保全工事を受け苫小牧に移り、JR東日本の「SL銀河」用としてさらに変身した仲間が4両あって、残りは廃車になったりミャンマーに譲渡されました。
現在ではキハ141が形式消滅し国内では14両が残るだけになりましたが、札沼線を走っていた頃に撮影した(出張のついでに撮影しましたので全車を網羅できていませんが)キハ141系をご紹介します。
なお、「キハ141系」とは、キハ141形,キハ142形,キハ143形,キサハ144形計4形式11番代(SL銀河用含む)のグループの便宜上の呼称です。当初、「キハ140系」と呼んだことがあったようですが、JR九州に出自の異なる「キハ140形」がありますので「キハ141系」とします。

 

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【100781】 早回り ヨーロッパのトラムめぐり 〈3〉

バーゼル(Basel) スイス   ①

バーゼルは、スイス西北部にあり、チューリッヒ、ジュネーブに次ぐ、スイス第3の都市です。ドイツ・フランスと国境を接していて、三国国境の街として知られています。スイス最古の大学のほか、美術館が多く、文化・芸術の街ですが、市街地に張り巡らされたトラムには、終日、乗客が多く、活発で賑やかな街並みが続いています。
緑と黄色のトラム、二つは母体は違うが、市内の交通は一元化されていて、たいへん利用しやすくなっている。

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【100798】広電の単車 2軍落ち

平成30年10月11日 中国新聞朝刊

春と秋には大正電車101号が、寒い時期にはハノーバー電車238号が週末の一般運用に入って横川・江波間を走っていましたが、空調設備、IC乗車券対応の問題で一般運用には不向きとされて2軍落ちし、イベント時のみに出場することになったそうです。IC乗車券を使わず、冷暖房がなくても文句の一つも言わないクローバー会が貸切運行をお願いすれば、請けてもらえるのでしょうか。

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【100762】伊勢志摩ライナーと豪華客船

本日鳥羽まで行って来ました。「伊勢湾フェリー」のH.Pを観ていて、10/9豪華客船が鳥羽湾に停泊することを知りました。以前にも偶然「日本丸」に出会ったのですがうろうろしている間に出港していました、本日は「ダイヤモンドプリンセス(115,875トン)」です。「しまかぜ」の1時間以上前に鳥羽に着いたのですが鳥羽城跡には既に10名前後の列が出来ていました。さらに客船から上陸した観光客(当然外人)も来ておりカメラの列に興味深々の様子です、「ここでなにしてはるの?」「近鉄電車と客船を撮ってますねん」「私あの船に乗って来ましてん、船から小さなボートで着きましてん」「そうですか、どこから来はりましてん?」「私、カナダからですねん」「なんで写真写したはるの?」「好きやから」…(大阪弁やとこうなります)。そうこうしている間に伊勢志摩ライナーがやってきました。11万トンの船はでかいです。 記事の続きを読む


【100656】2018年夏、酷暑の旅 Part11 筑豊電鉄に乗る、撮る②

第4日目 8月30日(木) その1

今日は、9時まで筑豊電鉄の撮影をして門司港に向かい、その後山陰線の乗り鉄旅のリベンジ、宿泊はに宿をとりました。出発は6時20分、ホテルの部屋に荷物を置いて筑豊電鉄黒崎駅前駅へ向かいました。

▲ 6:24 広い歩道橋から見た2001年(平成13年)11月開業のCOM CITYと右側は1984年(昭和59年)10月に改築された6代目の黒崎駅舎(橋上駅舎)です。筑豊電鉄黒崎駅前駅COM CITYの1階奥にあります。
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【100725】デホユ(南大阪6600系)と二上山

デホユのコメントで1970年の6600系を載せました。その時米手様が「この場所はもう無くなっているいるやろうね?」と心配されていましたが、本日確認に行って来ました。ぜひ再訪したいと思いつつその機会を作れず今となってしまいました。1970年の場所と全く同じとはいかなかった(「報道ランナー」とはならなかった)のですが、磐城~当麻寺~二上神社口の間で二上山をバックに走る区間が残っていました。住宅地がかなり線路の近くまで迫っているのですが水田が残っている場所がありました。吉野行き急行(6039+)です。 記事の続きを読む