
日本一狭い駅そば屋。残念ながら営業時間外。
塩尻 15:32 ― 1534M 上諏訪行き → 上諏訪 15:52
上諏訪 16:14 ― 特急あずさ44号 新宿行き → 甲府 17:01
最近デジ青の最初の画面の右上のお知らせ欄に若手会の皆さんの近鉄8000系が報じられている。私の頃同好会内部では大手私鉄の人気と言えば京阪優勢で阪急がそのライバルであったように記憶している。同じ関西でも他の私鉄は話題に上らないことが多かった。そのような中で一部の知識豊富な二人の会員から近鉄を宣伝されることがあり何でも屋の私はそれにのっかったことがある。しかし、近鉄だけは形式など把握することが難しく今でもその体系がよくわっていない。
今回はそのデジ青最初の頁のお知らせにある近鉄8000系の元となった900系の記録を少し発表してみる。近鉄900系の概要を申し上げると600V小型車時代の奈良線の体質改善のために投入された20メートル4枚ドアの大型車両である。小型車時代の新性能車800系、820系から900系へと大型化したのは新生駒トンネルの開通が控えていたこともある。阪急神戸線の様に17mの800、900、920系列から19m標準車体の810系の旧性能車を経て1000系列新性能車を経て2000系列の現阪急の基本となった19m新性能車になったのと比べ近鉄奈良線の16m足らずの600系列旧性能車から18.5mの新性能800、820を経ていきなり幅広の20mの新性能の車900系になったのは路線事情や時代背景の違いもあるが興味深いものがある。
900系は製造は勿論近畿車両で1961年から1963年まで24両ほど製造された全長20.7m、幅が2.8mで裾を絞り込んだシュリーレン台車を履いた近鉄大型車の草分けと言える車両である。出力は145kw×4で1961年上本町-瓢箪山間に先行投入された。
写真は1968年4月30日新生駒トンネル開業後の西日を浴びた石切-東生駒間の上本町発東花園行き903で当時のアイボリー系の塗装である。▼
同一日同一場所の奈良発上本町行き特急908でマルーン塗装になっている。正面右下の鹿の特急マークが輝いている。近鉄特有の正面大型行先はまだ改造装備されていない。▼
1968年10月30日大阪線の高安で見た904。どういう訳か大阪線の高安で奈良線の車両を撮影。いろいろと検査や試験をやっているようだった。▼
同じく同一日高安で見た911。2丁パンタにシュリーレン台車。機器は新しそうだ。▼
写真展何もできず申し訳ない。1月最後の投稿。今日は京王線の新車2000系の初営業日。
伏見で「伏見の街を走った京都市電」
デジ青投稿もマイペースで思い付き投稿していたら、いま必死になって進めている写真展の告知が、開催の前日になってしまいました。1月30日(金)から3日間限定の写真展「伏見の街を走った京都市電」を開催します。お知り合いの方から発信・拡散していただいたり、鉄道系出版社のサイトにも掲載していただいており、あるいはご存じかもしれませんが、当の本人からの告知が遅くなってしまいました。例によって、準備作業が遅々として進まず、加齢による、持続性、根気の低下をつくづく感じています。残された時間は、あと10時間余り、まだ作業は山積みですが、あとは野となれ山となれ、なんとか滑り込みセーフの様相となりました。限られた日数ですが、デジ青読者の皆様と会場でお会いできれば幸いです。
写真展「伏見の街を走った京都市電」
2026年1月30日(金)~2月1日(日) 10:00~18:00
京都伏見・大手筋「大手筋ギャラリー」
ご承知のように、伏見線は明治28年、日本で最初に電車が走った路線で、その開業日が2月1日に当たり、それを記念して開催することにしました。廃止になったのは昭和45年のこと、私はまだDRFCの現役生でした。市電の廃止を初めて実体験した線であり、廃止前は何度も伏見へ通ったものでした。そして一番印象に残るのは、DRFCのヘ
ッドマークを、西村さんとともに2点作ったこと、自転車の荷台に括り付けて、九条車庫まで行き、局長に直談判、最終日の500形のトップナンバー501号に付けてもらったこと、そんな個人的な思い入れもありこのたびの開催となったものです。幸いクローバー会の皆さん、いつもお世話になっている伏見チンチン電車の会の皆さんからも、写真の提供、資料を制作していただき、開催に至りました。
▲装飾された501号に掲げられたヘッドマーク、その前年の江若のヘッドマーク制作で味をしめて、今度は市電に向けられた。お堅い交通局のこと、半信半疑だったが、遠くから来た501号にマークが掲げられて小躍りした。竹中さんのクルマに乗せてもらって何度も追っ掛けしたものだ。

今回使用した京都市内から京都市内までの切符。
季節外れの投稿が続いたため、ここらで冬の旅について書きたいと思います。今からちょうど1年前のお話です。卒論も一段落したため、どこかへ出かけたいと思い、ゼミの友人にお勧めされていた一筆書き切符を使った旅行をすることにしました。往路は中央線を使って東京へ行き、復路は東海道線と関西線を使いました。
2025年 1月14日(火)
京都 8:37 ― 新快速 長浜行き → 米原 9:36
米原 9:56 ― 206F 大垣行き → 大垣 10:32
大垣 10:41 ― 新快速 豊橋行き → 岐阜 10:53
岐阜 11:15 ― 719C 多治見行き → 多治見 12:34
多治見 12:59 ― 区間快速 中津川行き → 中津川 13:37
中津川 13:50 ― 特急<しなの>13号 長野行き → 塩尻 14:54
廃止直前の加悦鉄道(5) 大阪・京都から企画列車が走った②
昭和46年10月に3回運転された「蒸機の旅」、続けます。前回も記しましたが、大阪~丹後山田~加悦の機関車の形式・運用も多彩ながら、それに続く客車も、多彩さでは負けていませんでした。デジ青常連の皆さんから、ネタばらし(?)をされて、鮮度が落ちましたが、改めて「蒸機の旅」に連結された客車編成を記すと、大阪←オハフ33 462+オハ35 1308+オシ17 2022+スハネ30 2127+マロネ40 19+スロフ51 2039+オハフ33 1010→京都 と言う編成で、新聞各紙は〝バラエティー列車〟という見出しを付けました。すべて現役の客車で、なかでも食堂車は大阪発車時から営業で、車内では軽食、ビール、ジュース、フィルムが提供と書かれていました。運賃は、大阪~加悦で弁当付きで1900円、募集定員は350名は、マロネ、スロフにも着席でき、乗車できる客車は、当日、受付の際に抽選と記されていました。
▲山陰本線千代川付近を行く「蒸機の旅」、C57 128[福]の牽引、京都で牽引機、編成の向きが変わった。山崎付近で撮ったあとは、DRFCメンバーのクルマに乗せてもらい、追っ掛けを開始した(昭和46年10月)。
廃止直前の加悦鉄道(4) 大阪・京都から企画列車が走った①
加悦鉄道について、私が体験した珍しい企画列車を紹介します。昭和45年の鉄道記念日の前後、10月14日、18日、25日の3日間、大鉄局では大阪~京都~綾部~西舞鶴~丹後山田~加悦を往復する企画列車「蒸機の旅」を運転しました。愛称のとおり、大阪~丹後山田は、すべて蒸機の牽引、途中、京都、綾部、西舞鶴は向きが変わるため、牽引機も代わって都合4種の蒸機が牽引、なかでも大阪~京都を蒸機が走るのは、昭和31年の東海道線完全電化以降は初めてのことで、そのあとの東海道・山陽筋の蒸機イベント列車の端緒にもなりました。しかも蒸機だけではなく、それに続く客車編成もクセの強い車両ばかり、〝SLブーム〟の渦中でも、ひときわ趣味性に富んだ列車となりました。
ここまで書くと、加悦とは一切関係がないのですが、丹後山田からは加悦の古典客車を連ねた特別列車に乗り換えて加悦へ行き、車両を見学するのが最終の目的でした。この日は朝からDRFCメンバーにクルマで追い掛けてもらい、たいへん収穫の多い一日でした。撮影順に見ていただきます。
▲東海道本線大阪~京都に14年ぶりの蒸機の牽く企画列車「蒸機の旅」9921レが走った。牽引するのは梅小路区の花形C57 5だった。しかもまだ現役で、京都~園部で列車を牽引していた時代、大阪~京都の牽引に抜擢された(昭和45年10月、神足~山崎)。
Google AIで「駅名喫茶店とは何ですか。」と尋ねると以下のような回答がありました。
ようやくAIに認知された駅名喫茶店も今回が第179回です。それではどうぞ。
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博多駅にて、ONE PIECE新幹線のルフィ号に遭遇。
2025年8月30日(土)
博多 8:30 ― <みずほ>601号 鹿児島中央行き → 鹿児島中央 9:46
鹿児島中央 10:02 ― 1333D 枕崎行き → 枕崎 12:56
枕崎 13:27 ― 5326D 指宿行き → 指宿 14:52
指宿 15:07 ― 特急<指宿のたまて箱>6号 → 鹿児島中央 16:00
昨年12月にフェースブックなるものに私が撮った蒸機のファーストナンバーを投稿したがこのジャンルは趣味の世界の先輩で当時愛知県立高校の先生であられた方がラストナンバーについても「SL末っ子物語」と題して鉄道ピクトリアルに報告されている。先生はわざわざ目的のナンバーを求めて撮影され報告されているので私の様に旅先で偶然出会った該当機の撮影とは真剣さが違うが私も二番煎じになるがラストナンバーをデジ青に投稿する。ファーストナンバーと比べラストナンバーはその時はわからず自宅で改めてその記録に気づくこともある。ご笑覧下され。
私の蒸機の撮影対象が1750ミリの動輪を持つ大型旅客機であったこともありラストナンバーも大型機が多い。まずC62は49号機がラストナンバーであるが1949(昭和24)年4月汽車会社大阪で製造番号2575ボイラーD52104で製造(改造)された。東海道・山陽型に対して東北・常磐型は後の北海道型とともに軸重軽減がなされている。その生涯は平機関区を中心とした常磐線であった。C6249は引退直前に装飾されて記念運行されたようであるが保存には至らなかった。廃車は1968(昭和43)年である。写真は1966(昭和41)年3月20日特急「ゆうづる」の約2時間後に同じく青森からやってくる食堂車付きの急行「第4十和田」で牽引機はC6249[平]であった。7時40分過ぎの通過で「ゆうづる」の時よりも陽も上って条件がよかったがうまくとらえられなかった。▼
廃止直前の加悦鉄道(3) 国鉄時代のキハ08 3
末期の加悦鉄道で使われていた車両は、国鉄オハ62客車を気動車化改造したキハ08 3でした。前述のように昭和49年に加悦へ導入されました。もう1両、昭和54年に入線したキハ10 18もありましたが、末期、日常的に使われていたのは、キハ08 3でした。そのキハ08 3の国鉄時代の姿も撮っていたこと、今回の投稿で初めて分かりました。
▲加悦に到着したキハ08 3、車体長は標準的な国鉄DCとほぼ同じだが、車体高は屋根が深いため4085mmもあり、もう1両のキハ10 18の3710mmより、375mmも高く、切妻もあって、デッカイ印象だった。機関は急行型DCにも使われているDMH17H、動力台車はDT22Aに換装されていた(昭和60年1月)。
▲国鉄時代の客車改造のキハ08・09は各所で撮っていたが、今までナンバーも確認していなかった。改めて調べると、釧路に配置されていたキハ08 3を何回か撮っていたことが分かった。写真は、厚岸にて、根室発釧路行き236D、キハ08 3+キハ21 18 ただし、加悦は1位側、厚岸は3位側から撮っているので、逆の角度となる(昭和44年9月)。
このシリーズの最終回です。奇しくも113系の日の投稿となりました。

市電に乗って朝の鹿児島中央駅へ。
9月6日(金)
鹿児島中央 9:41 ― <さくら>550号 新大阪行き → 新神戸 13:45
新神戸 13:52 ― <のぞみ>26号 東京行き → 京都 14:19
新年初めての投稿です、2026年もよろしくお願いいたします。今年の目標は第200回を達成することです。月2回のペースを維持できれば達成可能であります。
JR西日本の典型的な駅名標のため、地元感がありますね。唯一、「周防」が山口県にやってきたことを実感させてくれます。
廃止直前の加悦鉄道 カラー版 昭和60(1985)年1月4日
京都府の北部に、昭和の時代、ちょっと浮世離れした二つのローカル私鉄が走っていました。北丹鉄道と加悦鉄道であることは、高齢世代なら先刻知っているでしょぅが、廃止・休止されたのは昭和46年と昭和60年とあっては、若い世代には理解できないかもしれません。両鉄道とも、DRFC現役時代、貸切列車を走らせたり、合宿で行くなど、ずいぶんお世話になりましたが、地元のため、いつでも発表できる思いがあったのか今まで満足な発表もできていませんでした。ちょうど、加悦鉄道の廃止を控えて、最後の訪問をしたのが、40年前の正月明けの今頃の季節、積雪があって、空は日本海側独特の鉛色に覆われていました。
▲国鉄宮津線の丹後山田駅(現・京都丹後鉄道野田川)のホームで発車を待つ、加悦行きのキハ08 3、昭和60年3月を目途に鉄道廃止の方針が発表されていた。従来、13往復の列車が運転されていたが、ほとんどがバス代行になっていて、列車は午前3往復、午後1往復しかなかった。
第10日目 12月13日(土)後編
② ハノイ空港 01:40(VJ938)⇒7:50 関西空港
11:30 「HanoiTrain」の乗車は終わりました。この列車は午後13:00発の便もありますのでもし乗車してみたいと思われる方がおいででしたらこちらも選択できます。ツアー料金はNT$912(約4,559円)、ツアー会社はKlookです。他代理店でも予約は可能。
▲ 12:01 一旦ホテルに戻ってTrainStreetでハノイ発の列車を待ちます。
🕓Weekday 8:50 / 9:20 / 11:45 / 15:20 / 21:20 /22:00 🕓Weekend 8:50 / 9:20 / 11:45 / 15:20 / 17:30 / 18:20 / 21:20 / 22:00 運行ハ休日が2本多いです。
通過する列車時億は2025年末現在で上記のようですが当然当日に遅延や運休・臨時もありますので現地の店で確認する必要があります。
雨は小雨になってきましたので旧市街を散策です。 続きを読む
第10日目 12月13日(土)前編
今日はベトナムに来て滞在最終日です。一般にはあまり告知されていないハノイと中央駅から郊外駅へと走るイベント列車「ハノイ5クアオ ヘリテージ2階建て列車「Hanoi Train」132に乗車します。
▲ 最高速度80km/hにしか達しないメーターゲージとは思えない立派な客車です。見るまで本当なのかとワクワク楽しみでした。 続きを読む
第9日目 12月12日(金)
今日はハロン湾よりも評判の高いと言われる世界遺産のニンベンツアーを申し込みました。宿泊しているホテルでピックアップしてくれますが、このツアーは往復バスではなく列車利用もありました。
申し込みをしたのですがニンベン到着後のツアーバスの予約が取れません。仕方なくホテル発着にしました。
7:50 部屋で待っていましたらホテルの従業員からバスが来たよとお呼びが来ました。
バスの写真はいつもナンバーが分かるように撮っておきます。ツアーバスは観光地に行った時にどれか分からなくなるので必需です。 続きを読む