山科電化当時の記憶(その3)


具体的な電化工事の第一歩はコンクリートポールの配置から

直線区間のみポールが建植され ビームが付いた状態 列車は姫路発鳥羽行快速440レでシーズン増結時は後部にC51の補機がつく 上り列車では特急とこの列車だけ我家の2階のガラス戸が共鳴した

曲線部分にもポールが建ったが、ビーム取付はまだ 

まだ架線が張ってない下を山科名物?8620牽引9662レ無蓋車列車が行く 極めて早朝のためこの列車を撮影したファンは高橋弘 佐竹保雄 小寺康正 それに山科在住の久富あきら(日偏に華)と小生ぐらい 膳所はじめ86が入換をする駅に石炭を配給する業務列車で 電化半年前である

まだ架線が張ってない大築堤を疎水から見下ろす 北側には京津線20型が この写真は以前のピク京阪特集で特派員氏により大きく扱って頂いた

京都駅に姿を現した牽引試験列車 DH10×2+ヨ+D51 右側には70系客車が覗く

大築堤の電化工事はまず直線区間から始まり、ポールとビームを取り付けた後曲線部分に着手、架線は当然ながら一気に張られた。築堤下に変電所も完工しており、通電が開始され、EH10がD51を従えて大築堤に姿を現した。これは「集電試験列車」だが、我々は「煤払い列車」と呼んでいた。当然ながら旅客・貨物全定期列車は蒸機牽引だから、架線は煤でいぶされ続けている。


いよいよ走り出した「煤払い」列車 D51は万一に備えた控えである

そのうちEH10以外、EF15も姿を見せ始めた。本格的な牽引試験も実施され、また暖房車をズラリ繋いだ列車も。これは冬季以外出番のない暖房車を死重として牽引する、当時の電化前のいわば定番行事ともいうべきものであった。


上り牽引試験列車 EH10の次位にパンタを上げた試験車 その次にはD52が

下り線のレール交換中の保線区員が見守る 当時はすべて直営工事だった

山科駅構内西端での下り牽引試験列車 

10月19日の電化開業日は刻々と迫り、試験列車や乗務員習熟運転も熱を増してきた。


EF15がワフ1両を牽いて試験走行

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