【4039】銚子電鉄を訪ねて(Ⅱ)

引き続き過去の車両とヤマサ醤油の入換機を紹介する。

デハ101

昭和14年日本鉄道自動車で作られた木製ボギー車で、東武鬼怒川線の前身、下野電気鉄道のデハ103が履いていた軌間762㎜の雨宮製作所製の台車を1067㎜に改軌したものを履いている。昭和27年に日本鉄道自動車で鋼体化改造が行われ、半鋼製の新製車体に乗せ換えた。小形のため晩年は多客時の3両編成の中間でトレーラーとして使用されていた。平成11年に廃車となった。解体はされずに笠上黒生駅の側線に留置され倉庫として使用されているが荒廃が激しく、夏場は雑草が生い茂り、特徴ある雨宮製作所製の台車の観察すらままならない。

 

昭和40年3月26日   仲ノ町

 

昭和58年6月14日   仲ノ町

デハ201

昭和24年に入線した車両で、前身は京成電鉄モ二7(大正14年雨宮製作所製)ということになっている。モ二7の経歴がやや複雑で、大正14年雨宮製作所製のモハ43がモハ300形として鋼体化された時に、不要となった木製車体を無蓋電動貨車モ二7に載せて有蓋電動貨車に改造の上行商電車に使用されていた。昭和22年高砂車庫の火災でモハ46と共に焼失して廃車。モ二7の台枠にモハ46の台車を1067㎜に改軌し、これに木製の新製車体を載せてできたのがデハ201である。長らく主力として活躍し、晩年は車体の老朽化によりベニヤ板を、後には鋼板を貼りつけていたが昭和54年に廃車された。

 

昭和40年3月26日   仲ノ町

デハ501

昭和47年に西武鉄道所沢工場で整備の上入線した車両で、前身は上田丸子電鉄丸子線で使用されていたモハ2321が前身であるが、更に前身があり元を正せば近江鉄道のクハ23である。これがまた複雑で大正14年彦根~多賀間電化時に新製された電1形1~5の後身クハ21形(初代)21~25の鋼体化名目で昭和18年日本鉄道自動車に発注した。戦時中のため完成したのは戦後の昭和22年となり、しかも電装品がなく実質付随車であった。全長12mの小型車のため2年後の昭和24年に早くも23と25が上田丸子電鉄に売却され、運転台取付と電装が行われてモハ23、25となった。昭和25年の改番でモハ2321、2322となり、丸子線で元飯山鉄道のガソリンカーをトレーラー化したサハ41を挟みMTMの3連で使用され、2321のパンタ側、2322の非パンタ側が貫通化された。昭和44年4月19日丸子線廃止後は別所線に移り、サハ41は同線で使用されたが、2321と2322は使用されることなく、2321は銚子電鉄に売却、2322は廃車となった。銚子電鉄では初のパンタグラフ、蛍光灯、4個モーター(75Kw×4)車で、多客時にデハ301の間にサハ代用のデハ101を挟んだ3両編成でも活躍したが、4個モーターのため消費電力が大きいことと車体が小さいことが致命傷となり、平成11年に廃車となった。車体は犬吠駅の電車レストランに転用されたが痛みが激しくなっている。

 

昭和58年6月14日   仲ノ町

 

上田丸子電鉄丸子線時代 モハ2311  昭和45年3月25日 上田東駅

ハフ1、2

大正12年、銚子鉄道開業時に新製されたハ二1、2が老朽化したため、車体を新製して乗せ換えたものである。多客時の増結用として使用された他、電車不足時にデキ3に引かれて営業運転に就いたこともあった。デハ701、702の入線後余剰となり、昭和53年に廃車となった。窓構造は、ハフ2が2段上昇式、ハフ1が下降窓となっていたが、ハフ2は後日の改造と思われる。

 

昭和40年3月25日   仲ノ町

ヤマサ醤油の入換機/1号機

仲ノ町駅を出て左手銚子駅方面に向かい、一つ目の踏切を渡ると「ヤマサ醤油」の工場がある。ここには以前使用されていたドイツ製の機関車が大切に保存されているので、銚子電鉄を見学された時は是非こちらも見学していただきたい。

「ヤマサ醤油」は一般人の見学を受付けており「機関車を見学させて欲しい」と伝えると「どうぞ」と言われて中に入る。門を入って直ぐ左手、売店との間のショーケースの中に展示されており、外から見ていたところ「中に入っていいですよ」と言われ、時間の経つのを忘れて見学した。1920年(大正9年)オットー・ドイッツ社(De:Deutz  AG)製で通称「オットー機関車」と呼ばれていた。昭和31年12月に入線し、39年まで銚子駅~工場間の専用線で使用されていた。それ以前は千葉市の「参松工業」という水飴等の製造会社で使用されており、更に前歴が有りそうである。画像でもお判りいただけると思うが、車輪幅より車体幅が狭く、元は762㎜で使用されていたとも思われる。静岡県の堀之内軌道(762㎜で堀之内駅~池新田間を営業、堀之内は現在の菊川)の機関車が同形である。

 

2号機

銚子電鉄を初めて訪れたのは、昭和40年3月京阪沿線の高校の時で、仲ノ町車庫を見学して外川を往復しただけであったが、2号機を撮影している。こちらも「オットー機関車」に負けず劣らず小さい機関車で「日本牽引車」で作られ建設省に納入内の1両という以外は不明である。ちなみに銚子電鉄のデキ3の「3」はヤマサ醤油の機関車の追番を意味している。

今後の予定

デハ701、702、801の3両は、国交省関東運輸局より是正勧告対象車両に指定されたため、早急に代替車両を導入する必要性に迫られた。当初は京王電鉄井の頭線の3000系が検討されていたようであるが諸般の事情で流れてしまい、京王電鉄井の頭線3000系導入により余剰となる伊予鉄道のモハ820形+クハ850形を2編成導入することになった。費用が占めて約1億円かかるとかで、費用捻出のため車両支援オーナー制度を設けた。内容は1人1口10万円(最大10口100万円)を支払うと1口に付き1年間有効の全線優待乗車券を発行するというものである。(銚子~外川間の6か月通勤定期は60270円)

伊予鉄道モハ820形の前身は京王帝都電鉄デハ2060形、クハ850形はサハ2500形・2550形で、生まれ故郷の近くに戻ってくることになり、京王ファンの方にとっては楽しみが1つ増えたのではないだろうか。銚子電鉄での形式はデハ2000形+クハ2500形が予定されている。

「濡れ煎餅」と「たい焼き」

銚子電鉄の濡れ煎餅は経営危機のおかげですっかり有名になり、犬吠駅の売店では電車の乗客の他、観光バスやマイカーで来た観光客も購入するため売切れになることがある。仲ノ町、観音、笠上黒生、外川の各駅でも販売されているので、こちらでの購入をお勧めする。確かにおいしく家族にも好評で「濡れ煎餅」の購入を口実に出かけることができそうである。尚、「濡れ煎餅」には特注品の「ヤマサ醤油」が使用されているそうである。観音駅の「たい焼」は「濡れ煎餅」の影に隠れてしまったが、こちらも中々のもので、1枚90円は関東地区では最安値だそうである。有人駅から乗車する場合、駅員氏に伝えておけば観音駅で受け取ることができる。「ヤマサ醤油」の売店に「醤油ソフトクリーム」が販売されていたので「物は試し」と食べてみたが「醤油味のソフトクリーム」という感じの微妙な味であった。

 

ステンレス製のキハ35905と並んだデハ301

 

準急「犬吠号」新宿行 

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