2001号に方向幕がつきました

梅小路公園に置かれている京都市電2001号に方向幕がつきました。方向幕には烏丸車庫、連結車の表示がされています。調べてみると連結車は昭和39年に登場、2600型と合わせて12編成24両が走っていました。この連結車には思い出があります。連結車は主に混雑する烏丸線の4番系統で運用されていました。

↑ 急行マークも懐かしいですね。方向幕の字体は当時の物に合わせて手書きされました。尚この写真は市電ひろば協力会の方から頂きました

私もこの4番を使って通学していましたが、当時市電は朝のラッシュ時混雑がひどく、始発の京都駅でも満員で乗れないことがしばしばありました。そんな時連結車がやってくると、乗る場所が単行とは異なるので、連結車が見えると急いで乗車口に走って乗ったものです。あの時代京都駅の乗り場では、乗り場全体が人で埋まるのもあって、今のように整列乗車で乗り込む感じではありませんでした。大学への通学で使っていたと思っていましたが、調べてみると連結車がなくなったのは昭和46年4月とのことで私の入学と同時になくなっていたのです。乗っていたのはその1年前鞍馬口にあった予備校時代のことでした。そういえば予備校時代は始業に間に合うように京都駅8時頃のラッシュピーク時に利用していましたが、大学に入ってからはもっと遅い時間の通学でラッシュも過ぎていたのではなかったでしょうか。
↑ 当時の2000型の写真を探したのですが撮っていませんでした。代わりに同じく連結車で使われた2600型を載せました。烏丸線最終日、1974年3月31日の撮影です。

この2000型の日常の保守は、市電ひろば協力会のボランティアの方が関わっておられます。今回の方向幕も会員の方が自作されて取り付けられました。動態ではないもののきれいな状態で保存されているのはうれしいことで、梅小路公園に行くたびに市電ひろばの保存車両と共に懐かしく見ています。

↑ 伊予鉄に譲渡された2002号、2012年1月30日撮影

2001号に方向幕がつきました」への10件のフィードバック

  1. 大津の86様
    ご無沙汰しております。2000型の2002~2006の5両は伊予鉄松山市内線に移って、モハ2000型として京都時代と同じ番号のままがんばっています。ほぼ6年前になりますが、2015年12月のクローバー会広島ツアーの前日、INUBUSE様、WAKUHIRO様と松山市内を歩き回りました。5両のうち2006に巡り合えませんでしたが、4両とは再会できました。ただせっかくの大きな2つのヘッドライトが中央1灯に改造されているため、2000型のイメージが崩れてしまっているのが残念です。エアコンも搭載し、外観は変わっていますが充分面影を残しています。2002を紹介されているので、2003,2004,2005をコメント3連発で続行運転致します。撮影日はすべて2015年12月4日です。

    • 西村様
      気がつきませんでしたが、ヘッドライトが1つになって元のヘッドライトの位置は尾灯になっていたのですね。2000型が伊予鉄に行ったのは知っていましたが、塗装の関係もあって、写真を撮った時は京都市電だったということをあまり意識していませんでした。京都市電は使い勝手が良いのでしょうか、広島でもまだ元気で走っていますね。先月広島に行って1日撮影しましたが、日中走ることが少なくなったようです。

      • 大津の86様
        広島に来られていたのですか。1900などの「単車」は3連接低床車の1000型増備によって次第に運用から外されているようです。白島線にも1000型が入っています。利用客の高齢化が進み、「よっコラショ」と乗り込む旧型車は不評をかっています。低床車が来るのを待つ方もおられるほどです。それはそれとして、広島での成果を是非ご披露下さい。

  2. 昭和43年5月28日、2004+2600形です。
    あまりにも身近過ぎて僅かしか撮影していません。

    • 藤本様
      連結車には混んでいた記憶しかないのですが、車掌は1人だったのでしょうか。あの混雑では乗車券の収受はできたのか心配するところです。ほとんどが定期客でしたからその必要はなかったのかもしれませんが。

      • 連結車は、先頭車が運転手と車掌の2人、2両目は車掌のみ1人の3人乗務でした。2両とも前乗り中降りで、降りる時に車掌に運賃を支払う(定期券は見せる)方式でした。
        昭和43年5月28日、2600形の連結車です。

  3. 昭和39年3月21日、烏丸車庫、営業運転前の2001です。諸河 久さんと一緒に訪れました。お互いに高1でした。

  4. 昭和49年9月21日、烏丸車庫前2001です。
    この年の3月末日、烏丸線廃止後、車掌職の職場確保のため、2000形と2600形、1600形の一部は赤帯を消してツーマンで使用されましたが、退職により順次ワンマンに復帰しました。
    2000形と2600形には、運転台にワンマン、ツーマン、連結前部、連結後部の切替レバーがありました。(1600形は、ワンマン、ツーマンの切替レバーのみ)

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