秋の中国一人旅2010年 Part10 南満州鉄道(満鉄)の客車

第10日目 10月30日
① 沈阳22:21(K28)→天津6:48
② 市内14:30(Taxi)→15:45万家碼頭駅16:45→17:40市内

K25軟座寝台の快適な車内と、心地いい走行音を聞きながらの熟睡でいつもの通り6時に起床しました。夜明けの車窓を見ながら定刻の6:48天津到着です。朝日がホームに差し込んでいます。

K28の車両編成は、
SS9-0080(DL)+⑮XL20676+⑭YZ351535+⑬351543+⑫351540+⑪351539+⑩CA893557+⑨RW554681+⑧YW677536+⑦677539+⑥677538+⑤677542+④677542+③677543+②677542+①677530の荷物車+硬座車4両+食堂車+軟臥車1両+硬座寝台車8両の15両編成で、今日は北京~平壌間の車両は連結されていませんでした。

反対側ホームには、天津の万里の長城方面に向かう列車が止まっています。今日は土曜日です。しばらくすると若い男女達が立席の出るほど、これでもかと集団で乗り込んできました。

今日の予定は、天津地方鉄道(天津市鉄路集団)を走っていたという南満州鉄道の客車の見学です。以前からインターネットで掲載されていましたので行かなければと思っていましたが、中々機会を作れませんでした。駐在時に知っておればと悔やみましたが、まさかこんな近くに宝物があるとは知りませんでした。
ホテルにチェックインして朝食を食べると癖になってしまった朝寝です。気がつくと昼食時で行きつけの日本料理屋で朋友と話しているとあっという間に時間が過ぎ去っていました。急いで馴染みのTaxiを呼んでもらって満鉄客車視察に向かいました。


目的地の万家碼頭駅は、天津市内から遠く離れた約48キロの海新区にあります。今は道路も拡幅舗装され、Taxi乗車約1時間で到着しましたが、旅客扱いは既に停止されて駅はなく貨物操作場になっていました。操作場を横切り奥に行くと2両の車両が見えました。放置された時間が長かったのか朽ち果てるように放置されています。

途中で視察した芦北口站です。2000年以前は客扱いをしていました。

天津は政府直轄市で人口1,100万人を越え面積も京都府の約2.5倍もあります。万家碼頭駅へ行くと言っても京都から大阪へ行く以上の距離です。最近は道路整備が急ピッチで進み約1時間強で到着しました。

万家碼頭駅は既に操作上として整備され、目指す満鉄客車は、片隅に放置されていました。

放置されてから相当に経過したYZ81形20147とYZ5形 22668の2両です。

【YZ81形 20147】




YZ81形20147 定員118名 自重43.6t 全長20.7m 製造年不明
オハ61のように座席の背もたれは板製です。かなり故意的に壊された跡が分ります。多分かまどの燃料となったのでしょうね。

【YS5形 22668】




YZ5形 22668 定員100名 自重42.0t 全長20.9m 製造年不明
こちらの座席は背もたれも厚いソファで豪華です。クロスシートですが、優等列車用だったのが分ります。多分日車製を参考に製造されたと思われます。


2両の台車はいずれも住友製です。

この2両の放置された客車がどのような経緯をたどって天津地方鉄道にたどり着いたか、全く不明です。他にはベトナムに行った客車もあるようです。満鉄時には川崎重工業㈱車両事業本部の「蒸気機関車から超高速車両まで」を見ますと、259頁下によく似た1934年製(昭和9年)35両製造の「南満州鉄道 ハ5型鋼製三等車(ハ5-1-304号)が掲載されています。ただ、ベンチレーターや台車が違っています。多分満鉄工場で、類似された車両を製造されたのではないか思ったりします。どなたかこの客車の満鉄時代の詳細をご存知の方がおられましたら教えて下さい。

車庫内には、保管状態の良い同じ車両達が眠っているようです。何とか入れないか、覗けないか試してみましたが、鍵がかかっていて無理でした。次回来る時は朋友を通じて見せてもらえるように交渉依頼をしました。OKが出ましたら、保管された満鉄車両を見に行こうと思っております。ご同行希望の方はお声をかけますのでご連絡下さい。今日のTaxi代は、14:30~17:40で走行距離約110キロ、240元(約3,000円)でした。  Part11へ続く