錦川鉄道存続 ほか

中国地方のJRは木次線、芸備線、因美線、美祢線など風前の灯火的な路線が増える中で、3セクも同様に厳しい状況が続いています。錦川鉄道も利用者数の減少により存続が危ぶまれていましたが、何とか延命の目途がついたようです。今後 沿線人口が増えることは期待できず、少子高齢化がまだまだ進む中で、生き残りを果たすには外からの誘客しか手が無い状況です。10年後に再検討とのことですが、10年も持ちこたえられるかが心配です。2月19日の中国新聞記事を転載します。

令和8年2月19日 中国新聞朝刊

同紙

山陰地方で唯一の私鉄となった一畑電車ですが、久方ぶりに新型車両が投入されるようです。

同紙

錦川鉄道存続 ほか」への2件のフィードバック

  1. 西村雅幸さま
    いつも中国地方の情報を有難うございます。広電の循環線開業などでますます変化していきますね。いっぽう錦川鉄道は取り敢えずは存続が決まってなによりでした。岩日線時代から数回乗っていますが、沿線の風光明媚な渓流美には興味をそそられて来ました。折角キハ40が入ったのですからもっと走らせてほしいですね。私としてはタラコやツートン色に塗られたら毎シーズンにでも出かけて行きたい想いです。終盤期に入った元京都市電1900型と組み合わせれば楽しい旅になりそうです。

  2. 5年前のコロナ禍時に1年間岩国に住んでいました。
    市バスが民間移譲で岩国バスに転換して、苦労が終わる一方、平成の広域合併で奥地の美川町、広瀬町が岩国市に編入されて、国鉄岩日線時代は僻地と思っていた島根県境まで岩国市に入り、3セク転換後の錦川清流線は見事に、岩国市交通局鉄道部になっている事実に気づきました。
    今回の存続決定の前に昨年は天候不順で運休等があり、益田まで錦川線と、バス乗り継ぎ+山口線の旅行が果たせないうちにここも廃止かと諦めかけていた矢先で、正直嬉しいです。

    中国地方奥地の路線は、三江線の廃止、可部線の可部以北の廃止(一部復活)、そして運休中の美祢線の事実上廃止と続き、過疎化に勝てないことは自明と思っていました。
    美祢線は宇部興産、旧小野田セメント等と、国鉄時代にもう少し上手に「半永久輸送約束」手形でも交わしていたら、こんな惨めな最後にならなかった。
    国鉄ストで鉄道を超える専用高架道路を建設に至ったことも歴史事実です。

    さて清流線が奇跡的に残れる理由は自治体岩国市の特異さゆえだと思います。
    米軍基地があり、東京のマテリアル系企業の大工場が海沿いにいくつも聳えます。
    政治的にも与党政府寄りで、表面的には批判勢力は弱いですが、立命館の末川博も、その恩師の河上肇も出ており、さらに東芝を作った藤岡市助も出身で、錦帯橋付近から岩国駅〜岩国新港までの中国地方最初の電気鉄道を引いています。
    惜しむらくは、昭和初期の岩徳線の開通で権利譲渡的に廃止になった岩国電軌の遺志を受け継いで錦帯橋口の駅設置できれば路線変更。
    それと新幹線新岩国の「のぞみ」停車誘致。連絡通路を近いものにする。
    そういった取り組みが出来たら、市街地区間はもっとフリクエンシーを充実させて、バスより便利を目指して、欲しいと思いました。
    奥地が残れるだけでも奇跡的な路線です。

    最後に錦川清流線facebookページ
    https://www.facebook.com/seiryu.nishiki
    インスタグラム
    https://www.instagram.com/seiryu.nishiki/

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