伏見線写真展で、ご覧になった皆さんから反応のあった写真や意外な発見など、紹介しています。酒蔵や鉄橋と言った伏見線の定番ポイントより、皆さんに意外な写真に反応を示されました。
0系新幹線は昭和の象徴
▲京都タワーから見た高倉跨線橋の大判写真を、会場エントランスのアイキャッチとして掲げた。それに引き込まれて入場された方からは、肝心の伏見線の市電ではなく、別のところに焦点が行った。「いゃあ~0系新幹線やんか」と言われる女性の多かったこと、0系は誰もが知っている昭和を代表する車両だった。われわれ世代では、昭和の代表は「こだま」型151系あたり、同じ昭和世代でも、平均値が若くなっていることが改めて分かった(写真:宮本郁男)。
▲「京都駅八条口」から見た新幹線京都駅、市電と新幹線を求めて待ち受けた。新幹線の本数は今よりウンと少なかったが、市電は結構の本数のため、少し待てば難なく撮れた。現在でも、新幹線京都駅には、この部分だけ風防壁がなく、周囲はすっかり変わったが、この角度で新幹線を取り入れることができる。
謎の引込線
▲その「京都駅八条口」、同じ地点から少し引いて撮ると、左のような写真となる。東側(右)に、元の京都電灯東九条発電所、京都市水道局、西側には、市バスの八条車庫があり、そこへ向けて、引込線が分岐していることが分かる。
▲その引込線の奥は、市バスの八条車庫になっていて、引込線が途中まで伸びている。特発用の車両の待機や、九条車庫へ回送される車両が一時的に留置されていた。左手には市電乗務員の詰所があって、乗務員の交代が行なわれ、伏見・稲荷線の運輸上の要となっていたところだった。この写真はA4の小さいサイズだったが、「引込線があるのは知っていましたが、写真は初めて見ました」と言って食い入るように見ておられた。
▲廃止後9年たった昭和54年の市バス八条車庫手前はアスファルトで埋められているが、引込線部にはレールがまだ残っていた。
思わぬ発見2件
▲「丹波橋」で市電を待つ乗客を凝視されているご婦人が現れた。やおら「伯母さんが写っている ! 」。なんでも、市電を待つ乗客の一人が、昨年に亡くなった伯母さんにそっくりだとのこと、その横の少女は従妹に当たると言う。やおら、スマホで写真を撮られて戻って行かれて、30分後、「やっぱり、そうですわ」と駆け込んで来られた。近くの叔母さんの遺族に聞き取りに行かれたそうだ。以前、市電七条線の写真展をやった時、東山七条の京女のラッシュの写真を展示したところ、「私の友人が写っている」と言われて以来だった。
▲停留場一覧に掲げた「竹田出橋」の写真、お知り合いが「うちの親戚が写ってます」と言って来られた。なんでも電停名の右の広告にある医院は親戚に当たり、今も現地で盛業中とのこと、ただ、世代が変わっていて、診療科目は違うとのこと、今はない「皮フ科」の診療項目を見て「なつかしい」。さっそく拡大写真をお送りしたところ、親戚はたいそう喜ばれて、しばらく途絶えていた親戚付き合いを再開するきっかけになったと喜んでおられた。
「最終日」にも熱い視線
▲もうひとつ、伏見線の沿線の写真構成とは別に、最終日のみに限った写真構成を奥のパーテーションを利用して展示した。以前デジ青にも記したが、伏見線の廃止に当たり、DRFCで何とか送別の印をと考えて、私と西村さんの2人で前後のヘッドマーク2点を作り、九条車庫へ乗り込んだ。たぶん無理と思っていたところ、30日午後から501号に取り付けられた。なかでも31日朝の急行運転時は、わざわざ急行板を前照灯に引っ掛けて、ヘッドマーク位置をそのままにしていただいた心遣いに感動したものだった。ただ、余りにも個人的なことで、目立たないように地味目な展示にしていた。ところが、皆さん、写真だけでなく、細かいキャプションまでご覧になった。私がその経緯を説明すると、いい時代だったんですねと言葉が返って来た。
▲最終電車の発車に際して、京都駅前、中書島で行われた送別式のスナップは、参集した関係者や市民が写っていて関心が高い。中書島発九条車庫行の本当の最終電車のハンドルを任された運転手の方が、キリッとした表情で発車を待つシーンは、昭和の職人気質を見るようだと言っていただいた。その前に、京都駅前で行われた送別式では、当時の富井京都市長から表彰状を受け取った方だったことが分かった。当時の富井市長(写真右)の思い出についても語るご老人が多かった。









「丹波橋」のエピソード、そんなこともあるのですね。今のご時世では人を写すのは難しくなりましたが、ストリートビューに亡くなったご家族が写っていて、元気な姿が見られてうれしかったという投稿を見たことがありました。市電は人の暮らしに近い鉄道と言われるとおり、親族や知人、懐かしい店も写っているのですね。丹波橋の招徳酒造の北で育ったというご婦人から聞いたのは、子供のころ電車道で遊んだ思い出です。写真に写る小さな子供を指差し「この子、私かもしれません」とおっしゃいました。
冒頭の写真、どこから撮ったのかと話題になりました。京都タワーの方向には違いないけれど、100メートルの展望室では角度が違うような気がするという声が多く聞かれました。その時には思いつきませんでしたが、ステーションホテルの可能性があるように思います。
踏切の手前に果物を並べた店が写る写真も、「ここはどこやろ?」と話題になりました。ネタバレになるといけませんので書きませんが、多分アノ踏切ではないかと見当をつけております。
伏見線を撮ったベテランの鉄道ファン、伏見線を利用されていた地元の方など多くの方からお話が聞けて、ホントに楽しい写真展でした。
添付の画像は昨年2月の京都駅八条口、何の気なしに撮った一枚です。新幹線の形式は変わっても、高架橋と上屋は55年前と同じようです。伏見線の後継者、市バス81系統と新幹線の出会いを撮りたくなり、今年の目標ができました。