1月30日から2月1日まで3日間開催しました写真展「伏見の街を走った京都市電」、もう2週間前の開催となりますが、多くの皆さんにご覧いただき、いまも快い余韻に浸っています。その分、まとめが遅くなりましたが、その様子を報告します。
▲写真展「伏見の街を走った京都市電」。55年前の1970年に廃止された京都市電伏見・稲荷線を、クローバー会メンバーで結成したTeam 1970 Fushimiによる写真や資料で展示した。わずか3日間の会期だったが、会場立地と広報も奏功して、680名もの入場者を記録、最終日は常時30~40人が会場に滞留するなど、終日大賑わい子どもから老人まで、さまざまな世代にご覧いただいた。
京都市電伏見線は、明治28年に開業した日本最初の電車路線、京電(京都電気鉄道)を継承する路線で、その開業日に当たる2月1日の前後には、伏見チンチン電車の会さんが、毎年、京電終点に当たる伏見駿河屋本店の店頭て資料展を開催しています。今年は、いつもお世話になっている同会とともに、2会場で同時開催して、京電・市電伏見線を、より多くの皆さんに知っていただきたい思いで開くこととしました。
◎全点を見直し
京都市電の写真展は、今までも線区別に開催し、伏見線も以前から暖めていた企画ではあるのですが、背中を押してもらったのはクローバー会の先輩の宮本郁男さんの写真でした。以前にも写真をお借りして、書籍にも写真を使わせてもらいましたが、昨年、宮本さんから伏見線の全ネガを貸してもらったのが動機になりました。その後、クローバー会の皆さんから応援の写真も頂戴し、いつも協力していただいている勘秀峰さんから資料・年表の応援が入り、〝やるしかない〟の雰囲気が高まって来ました。
▲伏見線の思い出を孫に語るご老人、通りすがりの若い二人連れ、買い物途中の女性も熱心にご覧になっていた。今までの写真展と比べて、地元の来場者比率が高かった。
今までも著書では伏見線を発表しましたが、それは一部に過ぎず、テーマを掲げた写真展では、イチから見直すべきと、伏見線すべてのネガをデータ化することから始めました。これに、ほかの皆さんからのネガを合計すると、数百点のデータ化の作業となりました。新しいPCに替えたばかりで、不慣れな作業に時間を食われてしまい、データ化が終わったのが開催の一週間前、それから大急ぎで写真を選択、構成、写真が出来上がったのが前々日、キャプションの作成は前日という、相変わらずの泥縄、一夜漬けの作業となりました。
◎とにかく軽く
会場については、市電のような地域性のあるテーマは、そのゆかりの場所で行なうことを旨としています。今回は、伏見最大の商店街である大手筋商店街にあるギャラリーが一択で、即決しました。ただ使用料も一流で、集客が見込まれる週末のみ3日間の短期開催としました。そのため、事前の告知、広報がまず必要と考え、案内はがきの制作・配布、鉄道趣味系サイトへの記事依頼、地元の新聞のイベント欄にも告知、伏見区役所や地場FM局へも伏見チンチン電車の会さんに同行してもらい告知を行ないました。さらにデジ青でも紹介、最近、その効果を実感しているSNSにも、お知り合いを通じて拡散してもらいました。
実際の展示に当たって考慮したのは、写真展の「軽量化」です。公共交通と自分の足しか移動手段を持たない高齢者のこと、搬入・搬出の際、また設営の効率化を考慮して、徹底した軽量化を目指しました。そのため重量のある額は一切なし、写真を〝直貼り〟することにしました。これは、前回のクローバー会写真展もヒントにもなりました。金属類は一切使わず、素材は紙だけ、電車と歩きで会場まで運ぶことができました。そして、写真にはすべてキャプションを付けて、撮影者の思いを伝えること、写真サイズや出力方式には変化を付けて、多様な展示を目指したことは、従来と同じでした。
▲道路上に置いたA型看板、ガラス扉の外側に大型写真の貼り付け、寒いなかでも扉は開けたまま、入場すぐのアイキャッチなども、通りすがりの誘客につながった。
◎会場は過密状態
設営は開催初日に限定され、午前8時前から始めた設営も、10時の開場にはとても間に合わず、午後になってやっと体裁が整いました。大手筋商店街は朝から晩まで人波が途絶えない商店街で、買い物客、通行客が続々と入場されます。それでも平日、金曜日で125名の入場者、まだまだ〝まったり〟状態でした。
31日(土)は、お知り合いから予告もあり、朝から入場が続いて、遠くは千葉県や広島県から来ていただいた、お知り合いも含めて212名のご来場、そして最終日2月1日(日)、前日に新聞社の取材があって、本日朝刊に写真入りで紹介されたことも作用して、345名の入場となりました。今まで多く開催してきた写真展の中でも、経験のしたことのない超過密状態の入りと
なりました。多くのクローバー会の皆さんや、デジ青読者もご来場、なかには「ブラタモリ」出演もあるお二方も来られ熱心にご覧。そして、世の中は選挙活動の真っ最中、大手筋商店街にも大音響のスピーカーが鳴り響きます。京都の小選挙区で当選を決めた、あのお二方も会場にお見え、お一人は応援のため、公職選挙法に基づき会場には入れず、扉の前で大きな声で挨拶をされて去って行かれました。▲会場では、ヤゴクレさんのイラストも展示、今回用に伏見線のイラストも制作してもらった。手前では勘秀峰さんの資料・年表を皆さん熱心にご覧になっていた。
▲用意したハガキや会場配布のチラシなど、ただ想定外の入場者数のため、最終日には尽きてしまい、来場の皆さんに渡せなかったのは最大の反省材料となった。▲▲伏見チンチン電車の会さんとのコラボ企画として、「大手筋」「京橋」と最寄りの伏見線電停を模したキーホルダーを200個を制作、先着順に両会場を回っていただいた方にプレゼントした。











総本家青信号特派員様
企画、準備に始まって、終日会場での対応など、ホントにお疲れさまでした。多くの来場者に見ていただき、大成功でしたね。鉄道愛好者はもとより、地元の方の来場が多かったのは、やはり会場の立地が大きく影響したように思います。近鉄・京阪の駅が近く、多くの人でにぎわう大手筋商店街という場所柄、若い方や家族連れが目立ちました。会場いっぱいの来場者を見て、河原町丸太町の市電写真展を思い出しました。
いえいえ、紫の1863さんこそ、連日、対応していただき、最後の片づけまでやっていただき、ありがとうございました。ホント、よく入場していただきました。入場者、アンケートの集計は、勘秀峰さんにお願いしましたが、3日間で682人です。、烏丸線は5日間で610人、河丸展は9日間で655人と、ほぼ同じ数ですが、今回は3日間で達成したこと、もう破られることのない記録だと思います。またアンケートの記入も約100通あり、ほとんどが感想まで記入されていて、その熱い思いを読ませてもらって、感無量でした。
総本家青信号特派員様
大盛況であることがお写真から伝わってきました。3日間で682人とはすごいですね。
SNSは時には政況にも影響を与えるやや危険なツールですが、上手く使えば集客にもってこいですね。今回はSNSもそうですが、何より立地がよかったと思います。奈良住まいの私は、桃山御陵前ならば京都駅よりもはるかに近く感じます。勤務で訪ねられなかったことが心残りですが、次回もあると期待しております。
奈良の駅研さんに見てもらえなかったのは、返す返すも残念でしたよ。生まれる前の京都伏見をリアルに体感してもらいたかったです。駅研さんからもSNSで発信していただき、ありがとうございました。即配信できるのは魅力です。会場にいても、それを感じました。
総本家様
今回の伏見・稲荷線写真展は本当にお疲れ様でした。
私も3日間、会場で来場者の皆さんのご案内や説明をしながら怒涛の人波をカウントしていましたが、日曜日の昼前後はギャラリーが満員になるほどの盛況でした。
今回特に地元伏見の方が多く、写真や資料、書籍などを熱心にご覧になられていたのが印象的でした。アンケートでも伏見区が全体の38%と言う驚異的な数字でした。事前のPRや伏見チンチン電車の会のコラボ、ギャラリーの立地など様々な要素はありますが、今回の写真展を通じて、京都市内では感じられない「伏見の地元愛」を身をもって経験し、忘れることのできないイベントになりました。
個人的には、私が作成した「伏見・稲荷線 電車年表」(A3 8ページ)を目にする人が多く、伏見の交通の発展や市電の廃止などについて、説明でき、皆さんの納得が得られたことが嬉しかったです。後日来場者の方からの総本家様へのお礼メールで、年表をお褒めいただいて、望外の喜びとなったことも私にとってのエポックでした。
私も京都とは違う、それこそ伏見市にいるような感覚で、地元愛を感じました。伏見チンチン電車の会のように、伏見だけの文化芸術団体も多く、活発な活動を続けているのも、その証しだと思います。年表、ファイルを食い入るように見ておられる姿は、何度も見ました。年表は、単に項目の羅列だけではアタマに入りません。やはり、比較照合できるものがあってこそ、年表が生きてきます。社会の動きやほかの鉄道の項目があって、空きスペースに関連写真を入れたことが閲覧につながったのでしょう。くだんの来場者、写真を親戚に送ったら、大喜びされて、親戚付き合いがうまく行ったと大喜びでした。