第13日目 5月30日 中山門(天津地下鉄9号線) →十一経路
久しぶりでの天津での一日は、激変を続ける街をと比べながらゆっくりと散策することにしました。駐在時には片手で数えるほどだった高層ビルは、数え切れないほどに増えて街並みは全く変ってしまいました。都市中心部の交通機関は、北京に続いて1984年に中国2番目の地下鉄が開通して、他の都市と比べても進んだ街との印象がありましたが、中途半端な路線であったため利用者は少なく、リニューアル化して2006年に再オープンしました。しかし、その後の新たな開業はなく、後から開業した都市に大きく遅れてしまいました。また遅れるばかりだけでなく、開業予定日が住んでいても全く分からないので市民は計画そのものを信用していません。むしろ市民は呆れています。
そんな訳で今回も軽軌が5月1日に延伸開業(中山門~天津駅間7.35キロは地铁9号線)したらしいが、知人達は誰も乗っていないので、疑心暗鬼で既に開業していた中山門駅までTaxiで向かいました。
▲ 中山門駅の路線図には、今まで記載のなかった天津駅までの駅名が掲載されていました。十一経路駅までは労働節までに延伸開業できたようです。この駅がどこにあるのかわかりませんので、乗ってみました。
▲ 10:45、中山門駅を出ると高架軌道から地下に入ります。ラッシュは過ぎているのに乗客はまあまあいますが、終点の十一経路駅で降りた客はわずかでした。駅構内の路線図等には未開通区間の表示はなく、いかにも中国的です。地上に上がってみますと、中心地の小白楼から約1キロの地点です。これなら地铁開通まで徒歩でも行けます。十一経路駅はこちらです。
天津駅まではいつ頃に開通するのでしょうか? 天津は海抜3mの河口の街です。少しの豪雨でもいつも道が冠水して人も車も通行できなくなります。水を大量に含む軟弱な地盤状態もあって、工事が予定通りに進まないのでしょうか。同じような条件の上海では、瞬く間に地下鉄網が出来上がっていきました。上海と比べると雲泥の差があるのは、財力の違いかも・・・。都市の発展に必要不可欠な交通インフラは、中国版新幹線のような早すぎる手抜き工事は困りますが、もう少しスムーズには行ってもらいたいものです。 Part19 へ続く
城壁の高さ、厚み、どれをとっても世界一のものでしょう。城門が城壁の中にくりこまれている構造は日本では見られないものです。日本では石積の技術は進んだ様ですが、アーチ型の強度計算が遅れたためか、近世に至るまでアーチ橋や門が見られません。それにしても大量の石材を集め輸送するのは、どうしたのでしょうか。
日本のように中小河川が巡り、海に近い地では工事が容易であったでしょうが、北京は内陸部だけに、いかに皇帝の権力が強大であっても、この北京の城壁を築造するには大変な資材と労力を必要としたであろうと、びっくりしている。万里長城も大変なものであると認識しているが、京都のお土居などたいした規模のものでないことが分った。東北・三陸地方の防災築堤再建にあたり、万難を期して欲しい。
乙訓の老人 さまへ
コメントをいただきましてありがとうございました。
残念ながら旧北京城の城壁は破壊されてしまっていますが、故宮に残るそびえ立つ城壁は確かにすごいものです。日本に有名な城がありますが、城壁の壮大さは及ばず、城門は大砲一発で崩れますので見かけ倒しのように思えます。
中国の古代城壁築造物の中で、規模が大きく完ぺきに保存されているのは明時代に建造された西安城です。周囲は、約14キロと北京城には及びませんが、高さ12m、幅は約12mもあり、頑丈そのものです。
大量の土、レンガそして城門は石で建築されています。北京は山が近く、強い石があったそうです。ここで砕石されたものや、遠くからも縦横に張り巡らされた運河を船で運んだものと思われます。有名な石の話が下記のHPに掲載されていますのでご覧ください。
http://www.peoplechina.com.cn/maindoc/html/wenhua/nan/200602.htm
しかし、作るのも大変でしたでしょうが、破壊するのも大変だったに違いありません。