江若鉄道廃線跡ウォークに行ってきました。

先日投稿しました江若鉄道近江今津駅の保存に向けての新聞記事に載っていました廃線ウォーキングに行ってきました。あの記事をアップするとすぐに、「無印不良品」さんから申し込んだけれどお前も行くかとメールが来ました。興味はあったのですが、一人で行くのもどうかと思っていたところでしたので、内容も分からないまま申し込み、その後米手作市さんにもご案内したところ、二つ返事で参加すると言われ、DRFCクローバー会の重鎮おふたりと一緒に参加しました。集合はJR湖西線新旭駅です。お世話していただいたのは「江若鉄道近江今津駅舎の会」の方が10人ほど、参加者は32名で若い女性の方もおられました。まずは新旭駅から線路沿いに南に200mほど行ったところにある新儀駅跡に行きました。設置当時このあたりは新儀村と言っていて、その後町村合併で新旭町ができたときに新旭に改名されたそうです。遺構となるものは残っておらず、湖西線の高架に埋まってしまったようです。

↑ 新儀駅跡付近:江若のマークの入った境界標がないかと探しましたが見当たりませんでした。

湖西線の高架に沿ってしばらく行くと饗庭駅に着きます。ここも遺構はありませんが、駅前にあった漆喰の倉庫が残っています。更に北に進み161号バイパスが湖西線と交差するあたりに北饗庭がありました。↑ 饗庭駅跡付近:この倉庫は当時駅前にあったものだそうです。

↑ 北饗庭駅跡付近:もともと1面1線のホームだけがあった駅でこのあたりから現在の湖西線からは離れ、山手の方に伸びていました。

この先は湖西線から外れ左にカーブを切って旧近江今津駅に向かいます。この途中当時は今川と天川を越える短い橋が架かっていて現在もその橋台が残っています。↑ 今川を渡る鉄橋の橋台:川を斜めにわたっていて橋台の上には日本冶金のマークの入った鋳物があります。

↑ 天川を渡る鉄橋の橋台:こちらにも今川と同じマークの入った鋳物がありました。最近まで橋台は草と土に埋もれて左半分の状態になっていたものを会の方が掘り起こされました。

12時過ぎに目標の近江今津駅に到着しました。旧駅舎はJAの持ち物で、以前は倉庫や岩盤浴の施設に使われていましたが、現在は使われておらず、中に入ることもできません。昨年取り壊しが決定したのち、工事には着手しておらず、放置されたままになっています。↑ 江若鉄道近江今津駅:三角屋根が特徴でホームは左側にありました。

主にこの駅舎近くに居られる方が保存運動を立ち上げられたものの、まだ保存が決まったわけではありませんので、これからの運動いかんによって方向が決まります。所有者がJAという組織の持ち物のため、全員の総意をまとめるのが難しく、また、保存した後の用途についても何も決まっておらず、前途は厳しいと話されていました。来年は江若創立100周年、町おこしの起爆剤として、保存と有効活用がまとまることを期待します。

2 thoughts on “江若鉄道廃線跡ウォークに行ってきました。

  1. 大津のハチロク様
    私も「無印不良品」さんから「お前も行くか」と声をかけられたことがあり、近江今津まで御供したことがあります。昭和41~2年ごろのことです。今津の駅舎や何型の気動車に乗ったかは全く覚えておりませんが、琵琶湖の水産物の佃煮か何かを買って帰ったことは微かに記憶にあります。湖西線が昔の江若の線路跡を利用したということでなかなか鉄道遺構が分かり難いようで専門家でもいないと発見が難しいようですね。先日の万葉まほろば線はどですかでんさんの案内でよくわかり遺構探訪も少し興味が出てきました。報告有難うございます。

    • 準特急様
      今年は江若廃止50年、来年は江若創立100年の節目の年です。今回の駅舎保存会は地元の方々が声を挙げられて始まったものです。江若の走っていた時代を知らない方も参加されており、これからの活動を広げていく上で昔の写真、資料の提供等お手伝いできる部分は積極的に関わっていきたいと思っています。

大津の86 にコメントする コメントをキャンセル

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

wp-puzzle.com logo

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください