沼津 18:30 ― <ホームライナー浜松>3号 浜松行き → 掛川 19:49

静岡地区にもすっかり馴染んだ315系。
帰宅する高校生で混み合う沼津駅構内を進み改札の外へ。<ホームライナー>のライナー券を購入した後は、時間があったので千本浜に行くことにしました。ライオンズカラーの伊豆箱根バスに乗り、10分弱で最寄りのバス停に到着です。

住宅街の隙間から富士山が顔をのぞかせる。
周囲は住宅街で、本当にここで合っているのかと不安になりましたが、次第に波の音が大きくなりやがて目の前に松林が広がりました。松林を抜けた先に海岸が広がっていました。風も強く、細かい波しぶきが顔に降りかかります。ちょうど太陽が沈んでいくところで、海に沈む夕日や富士山と浜辺を組み合わせた美しい光景でした。井上靖の小説にて登場し、見てみたかった光景に感動しました。




千本松原。近くに嵯峨野線が走っていそう。
千本浜からの帰路は行きとは異なる道を通ったため、住宅街で道に迷う羽目になってしまいましたが、地図を頼りになんとか駅の近くの商店街まで行くことができました。そのまま駅まで歩くこともできましたが、さすがに疲れていたのでちょうどやって来た東海バスに乗って駅まで行きました。

東海バスに救われました。

沼津からは乗り得列車である<ホームライナー>に乗ります。車両は373系です。2編成つないだ6両で入線してきました。各車両10人ほどの乗車で、通勤利用がほとんどでした。自由席ですが、お客さんは定位置が決まっているようで、いつもの席に腰掛けているという印象でした。一足早く車内でビール片手に一人宴会という方もいらっしゃいます。沼津を定刻に発車し、日の暮れた東海道を主要駅のみに停車しながら飛ばしていきます。この区間は富士~静岡間を除いて、昼間は普通列車しか走っていないため、駅を通過するのが新鮮です。座席も非常に快適で、掛川までの1時間20分はあっという間でした。(続く)

朝夕はE233系も沼津まで乗り入れる。中には、JR東海管内で完結する運用も。

373系、ホームライナー。昨年3月のダイヤ改正で座席指定制に戻った。





岡山好きの元京都人様
373系を使用した普通列車は今でもありますか。乗り得列車ですよね!
富士山はいつ見ても素敵です。全国に富士山が見える駅はいくつあるかも調べてみたいものです。
奈良の駅名研究家様
本当に乗り得列車でした。JR東海では213系、311系、キハ85の置き換えや383系、キハ75の後継車両が発表される中、373系の去就も気になります。
富士山、どの角度から見てもその姿に圧倒され、美しいと感じます。富士山の見える駅の他、富士見シリーズも気になります。
岡山好きの元京都人様
「千本松原」は沼津市内の「原」付近まで続く長い「千本浜海岸」の一角ですね。2017年4月2日に「原」から間違えてこの海岸まで行きました。
鉄道唱歌の
二〇 三保の松原田子の浦 さかさにうつる富士の嶺を
波にながむる舟人は 夏も冬とや思うらん
にある「田子の浦」を訪ねた時ですが、前々から歌の順序として沼津の次にあるべきなのが、富士川を越えてどうして興津の次にあるのかと不思議に思っていました。「百聞は一見に如かず」とばかりに地図をを見ながら「東田子の浦」の手前のより海に近く富士山が正面に見えるであろう「原」で下車をし、海岸まで歩きました。松原があるにはありましたがどうも雰囲気が違い、帰宅してからネットで調べると大きな間違いを起こしていました。
鉄道唱歌以前に「田子の浦」の名は、古より万葉集に収められた和歌で広く知られ、万葉集には「田子の浦」を含む歌が数首確認され、その中でも山部赤人のものが良く知られていて、鉄道唱歌の元歌となっています。
〇田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士の高嶺に 雪は降りける-山部赤人(巻3-318)
田口益人の歌の詞書には「駿河の浄見崎(清見崎)に至りて作る歌」とあり、清見寺の前の海で、田子の浦は次の2つの場所に存在していました。
①万葉集を代表とする古史料に見られる「田子の浦」
②現在の静岡県富士市の「田子の浦港付近」
万葉集や鉄道唱歌のが詠まれた古来の田子の浦は、静岡県静岡市清水区の清見崎、薩埵峠の麓から倉澤・由比・蒲原あたりまでの海岸を指すようで、近年、富士市の田子の浦港付近と混同されやすいことから、「山部赤人の歌の田子の浦は静岡市清水区付近である」とあえて明記する例も多く、富士市の現在の田子の浦港付近と一致しないということは、地元でも認識されているようです。製紙業を支えた富士市の田子の浦は、1960年代から1970年代にかけては田子の浦港ヘドロ公害で全国的に有名になりました。
「千本浜海岸」の写真で右端に見えるツインタワーは、沼津港の大型展望水門「びゅうお」です。
快速つくばね様
詳しい情報をありがとうございます。
田子の浦という地名が指すエリア、様々あるのですね。まだ降りたことがないため、富士山を眺めるために行ってみたいと思います。
「つばめ」「はと」「なにわ」の時代と雰囲気が変わっていないのでは、と思われる沼津駅ホーム。最近行っていませんが、桃中軒のホーム駅そばも健在かなと思います。ホーム下連絡通路は時代を感じさせます。
「汽車の窓から」(岩波写真文庫)、東海道電化が名古屋までだった時代の大阪までの車窓風景の小さな写真集。これを持って東田子の浦駅周辺を歩いたことがありますが、田子の浦のことは考えたことがありません。加えて万葉集の知識なし。
いま鉄道地図帳(昭文社)を見ますと、吉原駅の南に田子の浦港、その東が田子の浦(富士市)。一方、山部赤人の歌について、手元の古本、「万葉の旅(中)」(現代教養文庫)を見ますと、「いまの富士川河口東方の田子の浦(富士市)ではなく・・・蒲原、由比、興津東方にかけての海浜」が有力かということで地図が示されています。
快速つくばね様の解説から教えられること大です。
高田幸男様
沼津駅、かつて特急列車が行き交った時代の雰囲気がよく残っていました。駅そばも健在でした。
万葉集について理解を深めた上で、また訪れてみたいものです。
高田幸男様
コメントありがとうございます。「汽車の窓から」(岩波写真文庫)はこの本ですね。私も小学校の図書室で何回も読みました。
「沼津」は、東海道本線の駅で昔の雰囲気が残っている数少ない駅のひとつですが、沼津市が進める「沼津駅周辺総合整備事業」の事業として、沼津駅の高架駅化が計画されていて、高架本体の整備は、令和8年度から始まり、東海道本線の上り線、御殿場線の順で高架に切り替えられ、令和22年度に東海道本線下り線が高架化し、全路線の高架への切り替えが完了する計画となっています。この計画で駅に併設されている貨物駅と車両基地は、沼津市原地区「原駅-東田子の浦」間の海側、沼津市片浜地区「沼津駅-片浜」間の山側にそれぞれ移設されるので、車窓からの景観は大きく変わると思います。
この冊子が発売されたころ、ラジオでは冗談鉄道唱歌として「僕は特急の機関士で」が流れていました。
3.右に見えるは 富士の山
左に見えるは 駿河湾
仲をとりもつ 展望車
沼津 食わずの 三等車
東京 京都 大阪 ウ ウウウウ ウウウウ ポポ
快速つくばね様
「汽車の窓から」、これです。お示しの元々の本は親が持っていたもので何回も見ていましたが、ボロボロ。20年ほど前にたまたま復刻版を見つけて購入しました。景色は古くても臨場感あり、魅力溢れるもので、歴史まで話してくれる写真集。
鉄道好き、旅行好きの原点は東海道線ですから大事にしております。貴重品です。
沼津駅高架化工事、いよいよ目に見える形で進行していくようですね。今後も解説楽しみにしております。