43年前の美祢線と大嶺線(1)

 デジタル青信号読者のみなさん、お久しぶりです。
 893-2さん、美祢線の写真をありがとうございます。お陰さまで刺激を受け、43年前を思い出し、投稿しました。小生のホームページに美祢線も掲載予定で、枠を設定しているのですが、現在は東北地方を作成中、それも最近は進捗ままならずの状態、中国地方にとどくのは一体いつ頃か皆目見当もつかない状況です。
 でも、タイムリーなことも必要かと、先にデジタル青信号に投稿することにしました。ご覧ください。

 撮影は、1966(昭和41)年 8月14日、43年前でした。フィルムは TRI-X と AGFA です。

  夏の朝6時前に厚保(あつ)駅から、松ヶ瀬信号所方向に徒歩で南下。線路と厚狭川と細い道路が一体で、奥畑地区まで約1km続く。奥畑に到着した頃、川面の霧がようやく晴れ、早速オール・セキの石灰石輸送列車が通過して行きました。
 先の貨物と、松ヶ瀬信号所で交換した、空車のやはりオール・セキ車、美祢行きが通過。早朝ゆえに蒸気が白い。D51のバック運転です。 
空車の轟音が耳をつんざくばかり。線路脇の狭い空間から風圧で飛ばされそう。       

 約30分後、やはりセキの一辺倒。空は曇り空、熱くなくて助かるがやはり青色でないと。   

 先の貨物と厚保駅で交換した、上り客車。長門市発です。美祢線の客車列車はたったの1往復しかありません。下り列車は夕方6時以降の運行、夏でも撮影は困難でしょう。

 間髪をいれずに、セキと無蓋・有蓋車の混合編成が通過。

ここで、厚保駅方向に戻る。見下ろせる高台を登ったり降りたり。厚狭川と山に挟まれた狭い空間に線路があり、なかなか広く見渡せるところが無い。二つのトンネルに挟まれた鉄橋で撮る。

 厚保駅手前、左のトンネルを越えるとすぐに駅。

駅手前で下り貨物を。  

厚保駅に戻る。藁ぶきの大きな屋根の民家が右に見える。

 戻ったのが丁度13時。この間の7時間で撮影した貨物は上下16本でした。なにしろ6時から18時までの12時間で30数本のセキ・ホキ貨物が通過する幹線です。少し見難いのですが、中国支社昭和41年10月1日改正、41年3月25日補訂のダイヤを掲載します。上下二段に編集ししています。拡大してご覧ください。 

 厚保から、729Dで南大嶺へ、さらに633レで大嶺に向かいました。次回は大嶺駅構内や、ボタ山の写真などをご覧ください。

1 thought on “43年前の美祢線と大嶺線(1)

  1. tsurukame 様
    遅くなりましたが過分なお褒めの言葉、汗顔の至りです。
    美祢線はその昔、ブルトレ華やかなりし頃厚狭での撮影のついでに
    大嶺に乗り潰しに行きましたがなぜか貨物は撮影しておらず
    写真はありません。5年程前から広島出張が1ヶ月に1度程度あり
    (昨年からはなくなりましたが)「やまぐち号」のついでに
    ちょくちょく立寄るようになりましたが、まだ撮影したいシーンを
    残したまま廃止の日を迎えてしまいました。
    またしても昭和の残像が消えてしまったように思うのは私だけでしょうか。

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