残った18きっぷで福知山行き

準特急さん言われるところの”老春18きっぷ”、今回の冬期間は、従来より10日間短い30日間の通用となり、1月10日で終了しました。使われた皆さんも使い切るのに苦心されたことと思います。私も、気がつけば一片が残ってしまい、終了間際に、雪の天気予報に誘われて、福知山を訪れました。
すでに、アナウンスされているように、3月12日のダイヤ改正で、山陰本線、福知山線の特急ネットワークに大きな変更があります。要点は、列車体系の見直し、愛称名の変更・集約、新型車両287系の投入で、昨年から、機会を見つけては、ぶんしゅうさんらと撮影に出かけてはいますが、雪の中での撮影は、これが最後かも知れません。

最初に訪れたのは、上川口駅。福知山寄りに1キロほど戻った第一十二踏切周辺は、以前から何回か訪れたところで、やや築堤になったカーブがある。ここだと、京都発、大阪発の両方の特急が通り、効率もよく、自分としては気に入っている。降雪も止んで、、晴れてきた。背後の形のいい山も姿を見せた。「こうのとり」になる「北近畿」も国鉄色が雪によく映えている。通常は4両が基本編成だが、まだ正月の増結期間で、増結2両ユニットを組み込んだ6両編成だった。

福知山電車区の183系は104両あり、すべて485系からの直流化改造である。3つのグループに分かれ、JR西日本色で全室グリーンありの4両編成がA編成、国鉄色で半室グリーンつきの4両編成がB編成、JR西日本色でグリーンなしの3両編成がC編成で、これに増結用の2両ユニットが加わる。写真の「北近畿」は、C+A編成となる。新型車両287系の投入により、183系の約半数が置き換えられるという。愛称名も変更・集約化され、新大阪発着はすべて「こうのとり」に、京都発着も「きのさき」「はしだて」「まいづる」になり、「文殊」「たんば」「タンゴエクスプローラー」「タンゴディスカバリー」は消える。調子の悪かった北近畿タンゴ鉄道の車両は、JR線への乗り入れがなくなる。

普通列車も約1時間ヘッドでやってくる。すっかり223系が多くなったが、どっこい、113系、115系も健在だ。特異なスタイルでカーブを曲がってきたのは、クモハ1146123+クモハ1156510のR1編成、以前は115系2両編成も多くいたが、他区へ転属してしまい、福知山に残る115系はこの1編成のみ、切妻、2丁パンタという、本形式でしか見られないスタイルだ。

山陰本線、福知山線の特急ネットワークは「北近畿ビッグXネットワーク」と呼ばれ、福知山駅で、京都方、大阪方、城崎温泉方、天橋立方の4方向から来た特急が福知山駅の同一ホームで乗り換えができるように、ダイヤが組まれている。特急先頭車にもネットワークを意匠化した大きなステッカーも貼られている。時刻表上では、わずかの時間、福知山駅のホームに4本の特急が並ぶ時間もある。実際は編成に長短があったり、延着があったりで、うまく4本の顔が並ぶのは難しいが、3本なら日常的に見られる。

北の大地へ2010年初夏編Part1 行きがけの駄賃

第1・2日目 2010年6月24・25日
①舞鶴港0:30(新日本海フェリー)→20:45小樽港

2009年10月の紅葉前線を追いかけての北の大地は、道南以外は既に紅葉は終わった後で、初冬を迎えていました。道内各地の鉄道資料館等は殆どが冬季閉鎖で見る事ができず、初雪に追われるように引き上げざるをえなかった悔しい思いをしました。
次回にリベンジを誓ったので、今年は本土が梅雨に入る頃に梅雨のない北の大地へ訪問するのが一番と思いました。今回もぶんしゅう7号を相棒に一人旅予定でしたが、最近一人旅ゆえの撮影列車時刻の見過ごし等のミスが発生してきて、確認のためにも相棒が欲しくなっていました。

近くにDRFC-OBの総本家 青信号特派員さんがおられます。ただ、鉄道写真は鉄道で移動しながら撮る事を信条とされておられますので、お誘いするのは難しいかなと思っていましたが、昨今のローカル線は勿論幹線でも列車本数が激減して、撮りたい列車が移動に乗車するため撮れないとの現実に直面しておられました。同行の打診をいたしましたところ、車で宿泊移動する長旅は未経験だが、約40年ぶりとなる北の大地を見るのは良いなあとなりました。

という事で、年は1つ下ですが、撮影の腕前は数段優れた強力な同行者を得ました。ご存知のとおり.私は、いつも下調べは程々に、現地ロケハン乗車と嗅覚を頼りに動いていますが、総本家 青信号特派員(以下略名;総本家)さんは、資料を調べて無駄なく綿密に予定を組まれておられています。私の希望として、乗車も撮影もした事がない厚岸~根室間は是非とも行きたいと申し上げて、行程はお任せしました。

と言っても撮影は天候に左右されます。観光用とは言え動態保存蒸機が走る丸瀬布森林公園いこいの森三笠鉄道村は最優先として晴天時に訪れたいと、運行される土日を2度行程日に組み込んで、最初が雨なら2度目を狙えるように柔軟性を持たせ、出発日は、6月24日木曜日と決まりました。

小樽へのフェリーの出航時刻は翌日となる0:30です。舞鶴まで普通に走って約2時間で、時間が十二分にあります。13:00に出発して、舞鶴線で来春2011年から287系が導入され老朽化淘汰される183系特急「まいづる」の撮影をすることにしました。

真倉駅付近をロケハンしましたが道路が近く、また工場もあって邪魔なバックが多いので駅構内での撮影にしました。総本家さんによると、約40年前は、C58の通常運用の他に、夏季には天橋立や若狭海岸等の海水浴輸送にC57、D51まで借り出されていた。今の223系5500番台2両とは違って、5~7両の客車を牽引していたといいます。1971年(昭和46年)5月14・15日に小浜線合宿がありました。京都駅からC57牽引客レ、綾部からはC58228牽引客レに乗車しました。どちらも長大編成で今とは隔世の感がありました。

小浜線客レ C58-228機

小浜線貨物 C58-49機

小浜線 タブレット交換 C58-57機

ここは山間ですので夕刻には山影になりますが、少し走ると邪魔物がない北近畿タンゴ鉄道の由良川鉄橋があります。定番の撮影地ですが、二人とも夕刻にこの場所で撮影した事がありません。ひょっとしたらと絶景になるかもと淡い期待を持って向かいました。
走ること約30分、16:30北近畿タンゴ鉄道東雲駅着。列車時刻を駅掲示の時刻表と確認すると直ぐに上下の列車が来ます。丹後神崎駅見学は後にして由良川鉄橋たもとへと向かいました。踏切直前で左折して。線路沿いの砂道を川へと走ります。四輪駆動の見せ所です。最後は徒歩でブッシュをかき分けて川に出ました。

17:34、初夏の太陽は、まだまだ高く川面はギラギラ状態です。太陽が沈む位置が分らずですが後の楽しみにして、まず鉄橋横でKTR703単行の238Dを、河口の海べりまで行き順光で、KTR8000形タンゴ・ディスカバリー号で運行している239Dを撮影して、約2時間後に通過する本命列車を待ちました。

18:40、鉄橋の対岸の山に夕陽が沈みました。そして空は、期待したオレンジ色に染まってきました。夕焼け雲も現れ、川面も空の色を映し出して絶景の鉄橋です。岸辺の堤防を上がったり下がったりして、アングルを探しました。

撮影可能な19:24丹後神崎着の244Dまで撮った写真は、いずれも“行きがけの駄賃”にしては、十分すぎるほど満足いけました。幸先良いスタートです。ゆっくりと小樽までのフェリーが出航する舞鶴フェリーターミナルへと向かいました。

フェリーは、何か都合ができても変更できるように2日前に予約をしました。復路は苫小牧にしようかと迷っていましたら、インターネットで見ると6月28日~7月22日まで『舞鶴若狭道無料化記念割引プラン』として、舞鶴~小樽間29,500円の片道運賃が20,000円と激安になっています。それも昨日21日の発表です。往復割引は止めて、復路は申込期限内3日前に購入することにしました。昨年10月乗船時は、『フェリー航路利用促進実証運航』と称して乗用車1台当たり船内限定の4,000円の金券、小樽のお土産2,000円相当、小樽フェリーターミナル「パノラマ」入浴券800円相当のプレゼントがありました。今回の乗船中は出航40周年記念のビンゴゲームで賞品を出しておられました。良い機会に乗船しました。

海が荒れることもない出航でしたが、翌朝は一転ビビリ振動と上下に揺れがでました。それでも晴天は続き、19:20船上からの日の入りを見る事ができました。船上から見た北の大地は、積丹半島の山々にまだ残雪が残っていました。遅い初夏を迎えているのだろうと思いましたが、到着して高速道路を走っていると、夜間外気は22度で生暖かささえ感じました。梅雨のない涼しい絶好の季節と思いきや、翌日からは京都より暑い真夏日が待っていました。