江ノ電のあとは 100系求めて伊豆急へ

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江ノ電撮影会、夜の懇親会のあとの行動は、直帰もあれば、横須賀、藤沢、豊橋で宿泊して次の目的地へ向かうなど、各人さまざまでした。私は平塚の定宿に泊まり、翌日は一人で伊豆急へ向かいました。伊豆急に乗るのは、実は生まれて初めて、目的はこの日のイベント列車「レトロ電車ぶらり旅」で運転された、開業時から走っている100系103号でした。天気はあまり良くないものの、同業者もほとんど見当たらず。ゆっくり楽しむことができました。

いかにも“電車!”と言った、端正な顔つきの伊豆急100系、一日中追いかけて大満足だった

昭和36年12月、伊豆急行の開業時に登場したのが、“ハワインブルーの電車”こと100系だった。両端2扉、オール固定クロスートと、国鉄の中長距離電車と同じ車内設備の電車が、40キロ余りの地方私鉄で誕生したのが画期的だった。しかも、外観は、上オーシャングリーン、下部ハワイアンブルー、銀帯と言う今までにない、リゾート地にふさわしい塗装に加え、いかにも電車と言った正面の顔つきは、今でも色あせず、長い間の憧れとなっていた。その後に当時私鉄としては唯一の食堂車「スコールカー」やグリーン車も登場、多彩な形式があり、7形式53両が製造された。61028-207sysy伊東線にも乗り入れして、熱海まで顔を見せ、東海道線で上下する時の楽しみのひとつだった。
平成14年に全車引退したが、両運の103号の1両のみが牽引車代用の事業用車として生き延び、2011年、伊豆急開業50周年を記念して103号は営業用として復活することになった。そして2013年からは「レトロ電車ぶらり旅」として、103号に乗って、沿線の観光スポットへ立ち寄りながら、名物弁当やスイーツを車内で食するツアーが春秋に催行された。ことし秋は、その第5弾に当たり、土日6日間、各上下1往復が設定された。

a61028-289sy103号の魅力は、何といっても前パン、幌枠つきの伊東方の前面だ。現役時代は両運のため増結用だったが、パンなし側が先頭になることが多く、前パンは復活運転ならではの魅力。

「ぶらり旅」は、毎回コースが微妙に変わっていて、チラシだけでは細かいダイヤが読み込めない。伊東駅で1日乗車券を買ったあとは、まず列車始発の伊豆高原へ行き、駅でダイヤを聞き出すことから始まった。特急退避の逃げ込みなどで、かなり複雑な運用で、何回か写せることがわかった。

伊豆急本社も入る立派な伊豆高原駅 △△伊豆高原駅3番ホームに103号が発車を待っていた △△△「レトロ電車ぶらり旅」第5弾のチラシ

a61028-299sysyまずは、定番の片瀬白田~伊豆稲取の海岸沿いに向かう。同区間はほとんど海岸沿いを行くが、平行道路は無く、途中にはトンネルもあったり、いまの撮影常識では近づけない。唯一、片瀬白田から10分ほどのこの場所は、柵ができたものの、手近で安全に写せる唯一の場所だ。a61028-170sysy稲梓を通過していく回送の103号

地図と見比べながら南下するが、ほとんど山深い場所を走り、開けたところには、人家が密集し、好適地が見つからない。諦めかけていた時、下田の手前で撮れそうな場所を見つけて、あわてて下車した。「稲梓」という島式ホームの駅だった。伊豆急には珍しい無人駅で、付近はひなびたムードが漂う。あとで調べると、一日乗降数は50人余りと、伊豆急では最少の駅だった。ホントは駅南にカーブした上路ガーダーがあって撮影適地と見たがアプローチが無さそうで、諦めて駅付近の撮影に徹する。

無人駅の稲梓駅 △△651系改造の「伊豆クレイル」も通過 △△△新旧塗装の185系同士の交換も見られた △△△△列車待避で30分以上停車して稲梓を発車

a61028-219sy伊豆急下田駅に並ぶ車両たち。水戸岡鋭治氏デザインによる「アルファ・リゾート21」改造の観光列車が来年7月に横浜~伊豆にデビューもアナウンスされている。すでに昨年7月からは、小田原~伊豆急下田に、651系を改造した「伊豆クレイル」も走り始めていて、この顔ぶれも変わってくるだろう。

開業後55年目にしてやっと訪れた伊豆急下田駅 △△関所を形どった改札口

a61028-268syチラシを見るたびに気になっていた「ふだん入れない稲取貨物線に入線します!」のキャッチ、たぶん本線とは離れた秘境感あふれる引込線があって…と勝手に想像していた。ところが現地へ行って目を凝らしても見つからない。思い余って駅員に聞くと、いとも簡単にホーム横にある錆付いたレールを指さした。何のことはない、保線車両を留置しておく数十mの引込線だった。列車はここに入線して30分余り待機する。

高架下にある片瀬白田駅 △△海の見える片瀬白田駅に入線する △△△ホームではサザエの壺焼きが乗客に振舞われる

a61028-193sy海岸沿いを行く片瀬白田~伊豆稲取は車窓を楽しめるように、上下列車とも行って戻っての1往復半運転するので、撮影効率がいい。車内を見ると乗客は約10人ほど、大消費地、東京に近いとはいえ、こうもイベントが多いと、なかなか集客もたいへんなようだ。ホームで話を聞いた案内の職員から、“つぎはぜひ乗ってください”と、チラシを何枚も渡された。a61028-204sy

原色に戻された185系A7編成「踊り子106号」と交換する。どちらも昭和生まれの電車、美しい伊豆の地で、いつまでも活躍を続けてほしいものだ。

11 thoughts on “ 江ノ電のあとは 100系求めて伊豆急へ

  1. 伊豆急のホットニユース有難う御座います。老人が訪れたとき、車庫に103号が残っているにホームから気がつきました。そこで遠回りして車庫事務所に行って撮影を申し出たのですが、「撮影は構外からでお願いしている。申し訳ないけど車庫内では、一番外になる線路から1メートル後退した位置からお願いします」となりました。と言うことで諦めました。2月末に満開になるといわれている桜が全線で満開で、4月始めであるのにと、不思議な思いで過ごしました。この時は事前に藤本哲男氏に沿線案内を頂き、うろつきました。

  2. 乙訓の老人様
    さっそくのコメント、ありがとうございました。私鉄と言えども、車庫での撮影は容易ではなくなりましたから、唯一、イベント時に接するしか方法は無くなりましたね。2月に咲く桜とは、河津桜のことですね。訪れた時は、小雨混じりの薄ら寒い日でしたが、桜の咲いているような温暖な日にまた行ってみたいです。

  3. 総本家青信号特派員様
    そうですか。伊豆急乗るの始めてですか。総本家さんとは伊東まではご一緒したことがあると思います。あの時はEF5861が踊り子か何かのヘッドマークつけていましたね。伊豆急の100はおしゃられるとおり正面三枚窓貫通タイプでオーソドックスな顔立ちのハンサムボーイです。個人的には同色系の濃淡の2色は無難で綺麗に見えます。京王の以前の5000系等のアイボリーにえんじ色の帯や京阪の旧色がそうです。小田急の白っぽい色にブルーはよくなく、また、以前の東武の肌色一色などは論外です。JR西の最近の単色も論外です。個人の感想ですよ。見せていただいた片瀬白田の定番場所では伊豆急に譲渡された113系等を撮りましたが、柵ができてしまったようですね。

    • 準特急さま
      いつもコメントを頂戴し、ありがとうございます。はい、4人で伊東線へ行ったことがありましたね。Tさんの会社の保養所に泊めてもらい、EF5861踊り子などを狙いました。おっしゃるように、電車の2色塗りは、コントラストのある塗り分けより、同系色の濃淡のほうが、品格があって、私も好きです。伊豆急103も、あのカラーだったからこそ、生き延びて今も大事にされているのだろうと思いますり。

  4. 総本家さま、そうなんです河津桜なんです。藤本君に教えられていたのです。4月に入って直ぐの頃に行ったのに全線で満開であったのでキョトンとなったのです。教えられた鉄橋ですが午前中に行けばよかったのですが、同行者と下田で昼食を取り別れて単独行となりました。日光が西に廻っていたので鉄橋の上流が光線状況OKと思い川沿いを歩いていって構えたところ、鉄橋の下田方に電車の窓の位置に届く建屋がありそれに届いてしまったのです。また、来る電車のすべてが7両編成で、さすが関東の電車だわい、掻き入れ時を大切して居るわい、と感心しながら北上したのですが、山を背負っての撮影は上手く行きませんでした。伊東以北に行けばよかったのかも知れませんが、夕飯を造り「桜まつり」に7人で行くことになって居りましたので、伊豆高原に戻ったという、お粗末でした。

    • 乙訓の老人さま
      再度のコメントをありがとうございます。河津の鉄橋は、私も車内から確認しました。駅のすぐ南側にある鉄橋ですね。午後からは順光でバッチリ撮れるようですね。伊豆急は、駅近で開けたところがなく、長編成を収めるのに苦労しますね。河津での様子は、「東海道の電車を楽しむ-2-」でもう一度読ませてもらいました。

  5. 総本家青信号特派員様
    伊豆は比較的近いのですが100系引退後は足が遠のき御無沙汰をしています。103号が復活とのことで喜ばしい限りです。103号のレポートきれいな写真ありがとうございます。伊豆急100系は模型界でも人気車種で16番でもピノチオ、谷川、カツミからキットや完成品が出て最近ではプラの製品も出ています。特に100形101~104の両運転車は前パンタがいい表情をしていますので人気が高いです。100系の最盛期には10両の長編成もありました。伊豆急線内の6両に伊東線内の増結4両が付いた編成、または同8両+同2両の編成です。1974年4月27日の編成記録が有りますので紹介させていただきます。
    熱海 クモハ111-サハ176-モハ141-サロ187-クハ156-クモハ121・クハ153-クモハ103・クハ152-クモハ119 下田
    クモハ103号は下田向きのクモハ110形の位置に入っています。
    当時の在籍車は53両でその内サシ191がサハ191への改造中で52両で運用されていた時期です。
    クモハ100(101~104) クモハ110(111~128) モハ140(141~147) クハ150(151~160) サハ170(171~177) サロ180(181,182,184~187) サシ191(191) 計53両
    繁忙期には100系だけではまかなえず田町の167系が応援に来ていたように記憶しています。
    100系の仕掛が何両か有りますので両運車をまず作り上げようかと思っています。

    • INUBUSEさま
      編成記録も添えていただき、ありがとうございます。模型界でも伊豆急100系は人気なのですね。例の“鉄コレ”でも出ているのでしょうか。製作中の模型が完成しましたら、また見せてください。宴会の時に見せていただいた「かもしか号」も印象深いです。伊豆急の編成は、平成14年の「さよなら運転」の際は、伊豆急線内も10両で走ったそうで、今回のイベントのチラシの裏面に写真が載っていました。応援車両は開業時、東急から3600や7000が伊豆急色に塗り変えられて、貨物も牽引したことは有名ですが、そのあとは国鉄からも応援が入るようになったわけですね。

  6. 聡本家青信号特派員様 
    伊豆急100形の両運103が残っているのは知っていましたが、実車に乗られた由、さすが鉄道ファンと尊敬です。 
    もう20年以上も前に2年間ほど根岸線沿線の自宅から大船経由富士市内まで通勤していた小生にも思い出があって、毎朝熱海で見た伊豆急は印象に残っています。 
    その後、河津桜見物や富士山撮影など伊豆半島に行く機会が何度かあったものの、女房連れで当地からは車の方が便利なため、未だに乗車機会がないのが残念です。貴殿の写真を拝見していて気になるのはハワイアンブルーが『目を剥いた様に』大変鮮やかな事です。 
    小生の記憶では、100形が現役で走っていた頃はもう少し色が『くすんで』いて地味な印象だったような気がします。 
    なので、一瞬『別物?』と感じてしまいました。 
    或いはイベント電車を意識して派手な色に変えているのかも知れませんね。 
    かく言う小生には、かつて熱海駅でサロハ180?を狙って結局撮れなかった思い出があります。 
    伊豆急はご承知の通り当時の国鉄に買収される事を前提としていたため、車両規格は国鉄に準じており、裾絞り車体の20メートル車でした。 
    さらに、伊東線と同調のため当時のサロハ49に合わせて私鉄では稀少だった自前のサロハを所有していたと思います。

    • 河さま
      江ノ電に続いて、今回もコメントを頂戴し、ありがとうございます。今回は撮るだけに終わりましたが、つぎはぜひ乗って、伊豆急にも貢献したいと思っています。河様が横浜から富士まで長距離通勤されていたことは、以前にも聞かせてもらいました。その時は毎日伊豆急を眺められていたのですね。ご指摘の100系の塗装ですが、見栄えがいいように少し修整でいじったところもありますが、私も現車を見て感じたのは、“前に見た塗装と違う”でした。私が感じたのは、下のハワイアンブルーより、上のオーシャングリーンと呼ばれる色のほうです。昔はごく淡い色だったと思うのですが、いま見ると、かなりしっかりした色になっていました。

  7. 聡本家青信号特派員様 
    今回ご乗車されたとばかり思い込んでいました。 
    小生のいつもの早トチリで大変失礼しました。

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