桜前線追っかけ2010年 Part10 徳島線、土讃線 2の2

第9・10日目 2010年4月4・5日

朝起きても道の駅大歩危には、ぶんしゅう7号だけが宿泊客でした。ここは、吉野川渓谷にあって、対岸は土讃線が走っていて、大歩危駅は、直ぐ近くにある有名観光地なのに珍しい事です。

今日は、日曜日で高速道路の料金が1000円デーですので、夜に帰宅します。まだまだ行きたい撮影地はありますが、疲れも溜まってきていますので、一旦立て直しの帰宅です。
四国最後の一日ですので、しっかりと思い出に残るショットを撮りたいと意気込んで、いつものように朝食と夜明けの熱いコーヒーを飲んで、出発しました。

大歩危駅は、昨年2009年春の青春18きっぷの旅で四国を回り、最後に通りました。桜が満開で、次回は是非とも撮影したいとの宿題でした。まずは、大歩危駅に向いました。
▲ 8:27、大歩危駅は、民家風の駅です。ホーム中央に対岸からの道路橋がありますので、どこからとっても画面に入ってしまいます。

▲ 8:49、待機するは、土佐山田発阿波池田行きのキハ32-14、4236D。到着するのは、岡山発中村行きの特急南風1号。橋の上から撮った小歩危方向の光景です。

V字に切り立った大歩危峡の峡谷は、京都の保津峡と似ています。保津峡は、学生時代に年がら年中よく撮影に行きました。当時は、ホームを降りて、線路沿いを歩きトンネルも抜けて、撮影場所を探しましたが、今は許されません。

対岸の国道に戻り、山の上からのふかん撮影のために幾度も谷の横道に入っては、登って撮影地を探します。離合困難な狭い山道です。細心の注意が必要です。4WDのぶんしゅう7号は、しっかりと急坂を登ってくれました。

▲ 12:06、宿毛発岡山行きの特急南風12号。停車しているのは、春のシーズン土日に、阿波池田~大歩危間を2往復している大歩危トロッコ号。

▲ 13:08、高知発岡山行きの特急南風14号。
▲ 13:55、ゆっくりと吉野川の橋梁を渡って大歩危に向かうトロッコ1号。
▲ 14:12、小歩危→阿波川口へと向かう中村発岡山行きの特急南風16号。
▲ 14:34、阿波川口を通過して、橋を渡り最初の長いトンネルに向かう岡山発中村行きの特急南風11号。午後過ぎからは、気になっていた阿波池田~佃間と、もう少し撮りようがあるかもと、昨日の撮影地を日没まで復習しました。

左上は15:08、徳島発阿波池田行きキハ32-19、453D。
右上は15:42、阿波池田発徳島行きキハ1256+キハ1232、472D。
左下は15:26、高知発岡山行きの特急南風18号。
右下は15:33、回送のトロッコ号。阿波池田で停留ではなく徳島まで回送するんですね。


▲ 坪尻方向に少し行った所に桜並木があります。順光で撮りましたが、ここでのカットは、逆方向を向いた方がK氏お薦めの撮影地点になります。
左は16:47、阿波池田発琴平行きキハ54-2単行の4258D。
右は16:28、中村発岡山行きの特急南風20号に、高知から併結された高松行きの特急しまんと4号。
▲ 17:18、阿波加茂を出発する阿波池田行きのキハ1505+キハ1255、461D。
▲ 17:44、江口を発車して阿波池田に向かう463D。今回の桜前線を追いかけての四国、最後のシーンです。

撮影後のここからの帰宅ルートは、徳島に出て淡路島圣由で高速を走れば早くに着けますが、前回来て入浴して、気に入った琴電仏生山駅近くの温泉があります。旅の疲れを取るには最高です。回り道になりますが、高速を使わずに国道を琴平圣由で仏生山温泉を目指しました。

桜前線を追いかけて、3月27日に自宅から約800kmを一気に走り、鉄道撮影は、40年ぶりでの九州、そして四国は1週間ぶりの旅でした。車中9泊10日走行距離は2,475km、事故なく走りきりました。
桜並木は圧倒的に九州が多かったとの印象です。また、菜の花も九州の方が広範囲に咲いていました。しかし、四国の鉄道も、昨春味わった四万十川沿いを走る予土線の新緑には、どこにも負けないすがすがしさがありました。また下灘駅で見た瀬戸の夕陽は、絶景です。

桜前線追っかけ2010年 九州・四国編も今回が最終投稿です。ご覧いただきましてありがとうございました。
桜前線追っかけは、まだまだ続きます。次回からは、北陸編を投稿させていただきます。   桜前線追っかけ2010年Ⅱ 北陸編へ続く

2 thoughts on “桜前線追っかけ2010年 Part10 徳島線、土讃線 2の2

  1. 大先輩からじきじきのコメントをいただきましてありがとうございました。
    箸蔵~佃間の大カーブは、蒸気時代は、迫力満点で素晴らしかったでしょうね。風のない朝は、阿波池田から噴煙の3が線路に沿って続いていただろうと思うとワクワクします。
    坪尻駅は、国道32号線にちゃんと表示板があって、そこから下へと降りる未舗装のわだちだけが見える、草むらの中の極めて狭い道路があったのですが、離合は難しく途中反転もできないので、進入を諦めました。次回は、徒歩で下ってみます。
    大歩危周辺は、トンネルばかりで撮影できる箇所は、橋を渡るときのみと言って過言ではありません。
    山の上に行く時は、途中で民家に寄って、おばさんに行きたい場所を言って、道を聞きながら登りました。
    土佐山田~新改間も行きたかったのですが、時間の都合で次回に持ち越しました。
    次回は、馬路森林鉄道とセットで、紅葉か新緑に行く予定です。馬路森林鉄道も芦生のように山深い村にありますので、楽しみにしております。
    お時間があれば、ご一緒はいかがですか。

  2. ジャンクメール削除中に間違って、大先輩のコメントを削除してしまいました。大変申し訳ありません。メールでいただいております内容がありますので、ここからコピーして掲載させていただきます。

    乙訓の老人より;
    ぶんしゅう7号が四国に入り、老人はとても楽しみにしていました。坪尻失敗の件、見下ろすのは大変危険で雑木繁殖で下が見えなくなった、との話を聞いた事があります。十二分の注意を払われん事、祈念しております。箸蔵~佃間の大カーブ、三好高校の屋上から眺める上り蒸気列車はどんなであろうかと、思いながらでした。そして今回の吉野川べり、最初の1954年、山城谷の難所は解決済みであった事、後に「新日本鉄道史」で知りました。社会人となるまで5回、川べりを上り下りしたのですが、目的は「土電」のため一度も駅構内から出たことがありません。でもあちこちで工事をしているところには気付いておりました。1963年秋、富山→大阪の転勤で1969年秋まで商用で、四国一円を国鉄中心でウロウロしました。その時、川が見えない区間が増えているのに気付きました。
    「鉄」復活2年後、キハ185カブリツキで川べりを注視しました。キハ55のデッキにあった補助椅子で見た光景がなくなった箇所が増えたことに気付き、帰宅して1/50000地形図を全区間購入、1992年夏に再び、今度はキハ2000でかぶりつきました。台風、大雨で運休となる話は今も継続していますね。
    ぶんしゅうさん、有難う。次は土佐山田~新改の間、道路から新改駅までは標高差が100M以上ある九折れの道です。四国の鉄道は変化に富んでいます。でも九州の雄大な光景には太刀打ちできません。今後に期待しています。

    以上です。私のコメントと前後しますが、よろしくお願いします。

    しかし、田野城先輩よりの記事でもありますように、今まで経験した事がないほどのジャンクコメントが、無数に入ってきております。ジュニアーと対策を打ち合わせします。

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