桜前線追っかけ2010年 Part5 高森線1970年時代

南阿蘇鉄道は、40年前にDRFCの竹中君と玉城君の3名で、国鉄高森線時代に訪問しました。1970年(昭和45年)、時期もほぼ同じ4月7日でした。5泊6日で、行程は下記のとおりです。

①4月6日 新大阪20:43-(急行天草)→7:02門司

②4月7日 門司7:16-(1137M)→7:51折尾8:00-(725レ・C55)→8:11筑前垣生11:37-(733D)→11:48直方13:02-(733レ・C55)→14:31原田14:34-(131M)→14:45鳥栖15:06-(急行くまがわ・1117D)→16:26熊本17:35-(1727レ・129レ)→19:56高森(泊)

③4月8日 高森9:43-(2732D)→10:02長陽…(撮影徒歩)…阿蘇下田17:26-(17:26)→17:44高森(泊)  

④4月9日 高森6:00-(122レ・C12)6:08阿蘇中川…(撮影徒歩)…中松9:53-(2732D)→11:02熊本13:04→14:11久留米14:40-(639D)→15:56光岡16:43→16:47日田(泊)  

⑤4月10日 日田17:40-(738レ・C11)20:35小倉22:23-(248M)→0:14小郡

⑥4月11日 小郡1:32-(急行雲仙2号・212レ)4:06広島5:13-(622レ・C62)→8:18糸崎8:23-(5436M)→10:09岡山13:09-(1446M)14:35相生14:36→15:44三ノ宮15:56-(822M)→16:24

大阪夜行列車で九州に入り、筑豊本線を走るSLを撮影後熊本駅に到着しました。九州は、まだSL全盛時代でC55、C60、D51、D60、9600、8620、C11、C12が、客車・貨物列車を牽引していました。今から思えば、よだれが出そうな美味しいSL天国でした。    

熊本機関区でのショットです。





C60-107の牽引する郵便列車です。

行程を振り返ると、青春18切符の旅のように、極力鈍行列車を使って、ローカル線に乗っています。帰りは、呉線のC62牽引です。かなりの強行軍ですが、若かったからできたのでしょうね。高森線だけでなく、筑豊本線、久大本線、直方機関区、熊本機関区のも立ち寄り撮影をしました。

かなりの撮影をいたしておりますので、今回は、高森線での撮影写真をご覧ください。

熊本から高森に行くには、豊肥本線の立野へと向かいます。乗車する列車は、熊本17:35発の9600形重連の1727列車です。8両の客車を牽引します。重連で立野までの25‰登り勾配を力闘する姿は、車窓からずっと見ていましたが、それは夕日を浴びて見事でした。

立野駅に到着すると、4両を切り離して、単機で赤水方面に向かいました。もう1両の9600形は、貨物を牽引して、熊本に戻って行きます。残された客車4両は、C12222が牽引して、高森へと発車しました。

高森付近で撮影する私を残して、長陽方面へ行ってしまう2人です。竹中君は、熱心に撮影していましたが、今はどうしているのでしょうか。北丹鉄道でも彼は、一生懸命にDRFC号を運行してもらう交渉をして、貸切専用列車を走らせました。デジ青に登場して欲しいですね。

朝の立野行き

長陽から高森へと向かう混合列車

DCは、キハ55+キハ52の強力編成、高森駅にて。

高森駅には、転車台がなかったので逆行で、立野に向かいます。

高いカラーフイルムは買えず、モノクロ写真ばかりでしたので、同じ時期にもかかわらず、桜や菜の花とのツーショットは、考えもつきませんでした。きっと、この時期にも菜の花ぐらい咲いていたのでしょうが、見た記憶がありません。
懐かしきかな、40年前の追憶です。

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