古い貴重なシーンの数々のご投稿、興味深く拝見しています。
手元の「読売報道写真集 1960」にクハ86015が件の前面窓改造を受けることになる事故の写真が掲載されていましたので紹介します。書名は1960ですが、掲載されているのは前年のニュース写真で、当該事故の発生は1959.5.15です。
GoogleMAPで見ると、後ろは現在も同じ位置にある茅ケ崎小学校のようです。
記事では脱線した貨物列車に接触、とありますので鶴見事故のような感じだったのでしょうか?死者が発生しなかったのは不幸中の幸いですが、タンク車が炎上していたら大惨事となっていたことでしょう。定期列車か貸切かは定かでありませんが、事故に巻き込まれたのは修学旅行生のようで、これも「修学旅行電車」ですね。当時の中学生も今や70歳超となっておられるはずですが、事故のことは記憶されてるのでしょうか。
踏切やATS等の保安設備が整備不十分の当時は事故が頻発で、同じ本にはトラックと衝突して仰向けになった別府鉄道の2軸気動車の写真も掲載されてました。
宇都家様、
貴重な情報をありがとうございます。
昭和34年5月15日の事故ですね。参考にいたします。
はじめまして、
むかし、湘南・茅ケ崎と平塚の間で列車事故があったのを聞いてたけど、報道写真を見るなり茅ケ崎駅の西側にあった大踏切(現在は踏切跡には、通称・ツインウェーブという立体交差がある)の西(茅小の校庭が見える)で事故があったとは、実家が茅ヶ崎の海辺の近くにある私は驚きです。
ハエタタキやダブルルーフの救援車が、時代を感じさせます。
以上をもちまして、失礼します。