【97663】鹿児島交通加世田の車両(1967年初秋)

西村雅幸さんが発表されたデジ青[96984]「薩摩を旅して(前編)」では鹿児島交通の機関庫のあった現在の加世田バスセンターを始めその前に廃止された支線の駅跡等が紹介された。西村さんにはDRFC-OB恵那・明知狂化合宿の場でまだ廃止される前の加世田の構内や車両について私から追加発表することをお知らせした。

鹿児島交通加世田の訪問は1967年8月に行われたDRFC麻生釣、大畑狂化合宿終了後の9月1日の訪問である。西村さんのデジ青投稿にコメントされた総本家さんも加世田に行ったが車両がボロボロで発表に及ばなかったとのことである。そのボロボロをあえて発表させていただく。9月ではあるがまだまだ暑い日であった。私鉄の蒸機には関心が薄くただ撮っただけで説明がうまくできないことをお許し願いたい。

加世田駅構内その① 右から輸入蒸機他、国鉄C12型他、キハ07タイプのキハ100▼

加世田駅構内その② 左からキハ105、キハ302、12号蒸機、キハ106             キハ100は国鉄キハ42600形(キハ07)と同型で1952年製自社発注、キハ300はキハ10に似ているがキハ16の両運タイプでキハ10より先行して1954年製▼

4号 西村さんのご説明によりますと1926年日車製で1963年に廃車とのこと ▼

2号 ドイツ・ハノーバー製 ▼銘板 ▼

ボロボロ状態はカラーの方がよくわかるがこのカラーポジも湿気等にやられてボロボロ。とにかく蒸気機関車は雨ざらしで放置されていて化石のような感じがした。▼

13号 国鉄C12を飽和式にしたもの ▼

工4 1933年元薩南中央鉄道キハ4 ▼

ホユニ66 1923年岡部鉄工所製 伊集院 ▼以上、現在の加世田バスセンターは綺麗に整備されており昔の面影は感じられないくらい変貌しているようである。

 

 

鹿児島交通加世田の車両(1967年初秋)” への13件のコメント

  1. 鹿児島交通と聞くと・・・
    初めて読んだ「スタイルブック」に載っていた“南薩5号機”の図面と、K君と旅行中、はるか彼方の山のフチを同じ方向へ走る気動車を見て「何処へ行くのかな」と思ってみていると、やがて回り込んで駅に止まるとその気動車も同じ駅に入ってきて停まり、交換する鹿児島交通の対向車やった!ことを思い出しました。

    • 米手作市 さま
      伊作(いざく)駅でしたね。小生も昭和48~49年頃でしたか、廃止の一年ほど前頃に同様の体験をしました。予め線形を知っておればどうということはないのでしょうが、分岐駅でもないのに同方向への線路と列車を見れば誰でもビックリしますよね。鹿児島から指宿枕崎線で枕崎に着き、直ぐに乗り換えて伊集院へ向かいましたが、今思うとよくぞ乗っておいたものだと思います。学生時代に遭遇した江若鉄道廃止の経験が背中を押したものと思っています。余談ですがこの時は国鉄全線完乗を目指していた頃で、南九州では大隅・志布志・日南・宮之城・山野・湯ノ前線などを乗り潰しました。今では殆ど廃線になってしまいました。やはりできる時にできることをしておくのが鉄則ですね。

      • 1900生様、
        伊作でしたか!加世田だと思っていました。
        宮之城線だったか湯前線だったかで、“黄色い鳥居”を見つけました。

  2. 準特急さま
    懐かしい鹿児島交通加世田駅の様子、拝見しました。私が加世田に行ったのは1969年で、準特急さんが行かれた2年後になりますが、蒸機のボロボロ具合は、それほど変わっていないようです。DCのほうは、キハ300のような赤に青帯カラーに統一されていましたが、キハ100はまだ国鉄色で残っていたのですね。1900生さまも述懐されていますが、よくぞ行っていたと思います。と言いますのも、今年、フルムーンパスで鹿児島へ行った際、枕崎や知覧へ行こうと計画したのですが、公共交通だけでは行くことが困難な現実に愕然として、結局行くのを諦めました。もっと不便だった50年前に、よくぞ行ったものと改めて思いました。

  3. 米手作市様、1900生様
    お二方の思い出の伊作駅はどこにあったのか全く分かりません。当時の九州狂化合宿の後一人で加世田に行きその前後のことは全く覚えていないからです。1967年の夏季九州狂化合宿に参加し先日恵那旅行でもご一緒したぶんしゅうさんと山科のYさんに私と加世田に行かなかったかどうか確認したところ、ぶんしゅうさんは指宿に泊まり、Yさんは知人の住む枕崎に私と泊まったがあとは覚えていないということなので多分私が単独行動で行ったのでしょう。米手さん、南薩の客車は興味ないのでしょうか。1900生さん国鉄完全乗車をされたのですね。自慢ではないのですがご指摘の鹿児島管内の国鉄線は私はどれも乗っていません。

    総本家青信号特派員様
    先日の恵那・明知狂化合宿の前哨戦では大変お世話になりました。加世田の
    放置車両はあのような状態でずっと置かれていたのでしょう。よく同じような化石車両を趣味誌等で見たことがあるような気がします。私もよく行ったと思いますが、前述したとおり山科のYさんのお知り合いの御宅に泊まったため翌日途中下車して撮影ができた訳です。

    • 準特急さま
      お尋ねの「伊作」駅について簡単に説明させて頂きます。周辺の線形は言葉からでは中々ご理解頂けないと思います。本来は地図でもって説明すべきと思いますが、あいにく画像処理が不得手なためこれもできません。そこでお手数ですが国土地理院の「電子国土Web」をご覧頂きながら説明したいと思います。
      まず伊作駅がどの辺りに在るのかですが、古い時刻表によりますと起点(終点?)の伊集院から18.2㎞のところです。因みに加世田29.0km、枕崎49.6㎞とありますから、伊集院から加世田に向かって2/3位のところになります。時刻表掲載の列車時刻でも、伊集院~加世田間最速57分の列車で伊作まで38分の所要時間になっていますので、この目安で妥当かと思います。
      次に前述の地理院地図でご説明しますと、まず真ん中の「+」マークを移動して薩摩半島の付け根部分へ。更に左下のインジケーターで伊集院~加世田付近を5㎞の縮尺で表示します。伊集院の南西方向の海岸に大きく「吹上浜」の表示がありますが、大きくいうとこの「浜」の字の右方、海岸から少し内陸部に入ったところが「伊作」です。地図に戻ってもう少し詳細を見てみます。伊集院からの線路跡は次駅「日置」までは地図上でもわずかの掘割と築堤マークを除いてもう殆ど痕跡は確認できません。ここで縮尺を300mに拡大して下さい。ちょっとわかりずらいのですが「日置町日置」表示(日置集落の南東方)を確認して下さい。この表示の少し下、黄色で表示された県道?の右に南西方向への築堤マークがあります。線路はこのまま赤色表示の国道を超えて更に海岸部に至りますが、この辺りから国道の左に実線の細い道の表示が始まります。これこそが現在自転車専用道になっている廃線跡なのです。これを更に南に下ってゆきます。途中橋梁撤去による一般道への迂回等で微妙に線形が揺らぎますが追跡は可能です。そのまま追って行くと右側に「薩摩湖」という表示と人口湖が現れますが、この辺りで線路跡が段々と左カーブしてゆき東に向きます。そして「中央公民館」の表示で右急カーブで南に向きますが、この縦の直線部分に本題の「伊作駅」がありました。その後線路は更に右にカーブして西南西の方向に田圃の中を進みます。もうお分かりでしょう。「同じ方向へ列車が進む」というのはこの地点の現象でした。当時のダイヤでは伊作で列車交換があったので、上下列車がここで東に向かってほぼ並走し交換、その後西に向かって並走するという風景が見られたのです。
      分かり辛く長い説明で申し訳ありませんでしたが、これが一番わかり易いと思ったことと、併せて地図上での廃線跡探訪の面白さを体感して頂きたく、あえていささか回りくどい説明をいたしました。トライしてみて下さい。

      • 1900生様 トライしてみました。「+」マークのところですね。伊作で検索したらバス路線の検索サイトで鹿児島交通の伊作バス停になっていました。ストリートビューで見ますとロータリーになっていて「ふきあげ図書館」があります。近くには「吹上歴史民俗資料館」がありました。

        • どですかでん さま
          そうそうまさにこの部分です。有難うございます。こうしてご覧頂くと必ずしも近い距離ではありませんが、同方向に並走する状況がおわかり頂けると思います。駅跡がバスターミナルやロータリーというのも順当なところですね。
          全国的にみてもかなり珍しい線形ではないでしょうか?これの大規模なものとしては大船渡線のいわゆるナベズル区間がありますが、伊作のは我田引鉄ではなく、本来地形的には海岸近くをそのまま行きたかったところを、伊作の集落に立ち寄るために遠回りしたものと思われます。
          余談ですが現在の時刻表の巻頭地図と時刻表欄にも「伊作」と出ていて、加世田からのバスは伊集院だけでなく鹿児島市内行もあることがわかります。

        • 1900生様
          トライして見ましたが駄目でした。そのような名物駅駅があったことだけは頭に入れておきます。

          • 準特急さま
            それは残念でした。小生の説明がマズかったかもしれません。それでは2つ前のどですかでん様が投稿された地図でもご理解頂けると思いますので、そちらをご参照下さい。

  4. 準特急様、皆様
    つい1ケ月前に旧加世田駅近くのビジネスホテルに泊まったばかりなので、加世田駅の半世紀前の様子を拝見しながら、余りの変わりように驚いています。米手様、1900生様、特派員殿も現地を訪ねられているのがうらやましい限りです。米手様から「スタイルブック」の5号機の話が出ましたが、3年ほど前にホームカミングデーの日に松本模型に立寄ったところ、珊瑚模型の「南薩5号機タイプ」のキットが格安で店頭にあるのを見つけ、迷わず買いました。そのままCタンクとして組み立ててもよかったのですが、ひねくれ者の私は「スタイルブック」の同ページにある神中鉄道3号機(1C1)に台枠を延長したりして改造したのが添付の写真です。走行もスムーズで気に入っています。キハ4とかホユニにも触手を伸ばしたくなりますね。実車が見られなかった悔しさは模型で再現するしかありませんね。

  5. 西村雅幸様
    手先が器用な方、独創性に富んだ方は羨ましく思います。西村さんには保存車両でお世話になっておりますが、そのうちにまたお披露目します。

    • 準特急様
      保存蒸機のシリーズを楽しみにしております。蒸機に限らず保存車両の現役時代との対比ができるのは永くこの趣味を続けている者の特権だと思っています。そして火種を作ればすぐ燃え広がるのがデジ青の良さだと痛感しております。

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