山陽電車(3)西代-兵庫間の道路併用軌道

 

三度び夾雑物・山陽電車です。西代駅東方約200m付近から、終点の電鉄兵庫まで約2kmの区間は、道路併用軌道です。大型車といえども、特急といえども、制限速度は35km/時でした。下記に、専用・併用軌道、神戸高速鉄道建設完成時までの短期的な付替え線、そして神戸高速鉄道の路線などを図示しています。そしてこの道路併用軌道は、1968(昭和43)年4月7日(日曜日、この日は筆者の結婚記念日)の神戸高速鉄道の開通に伴い、創業以来58年で消滅しました。

それでは、西代駅から兵庫駅までを順に写真で追ってみましょう。
▼西代駅を出た上り・兵庫行き(北東方向に向く)が専用軌道終わりの地点を行きます。正面突き当たりに西代車庫があり、その右をカーブして板宿方面に向かいます。今電車が走っている付近が高速鉄道の地下入り口になります(板宿・東須磨間の地下線延長前まで)。そのために、本線をすぐ北側に退避移動させ、付替えました。

▼上の写真から、方向を180度転じて見た、こちらが併用軌道の大道通りです。下り・姫路行き(南西方向に向く)の各停が、間もなく専用軌道に進入します。左の更地は、神戸高速鉄道建設のために、立ち退きをした民家・商店の跡です。右側の民家や商店・工場前は舗装されていません。車の通行防止の為でしょうか。

▼併用軌道を更に北東に進むと、新湊川の手前まで緩い登りになります。最新の上り・大型特急車が、間も無く、併用軌道区間唯一の駅長田に進入します。

▼長田駅は島式のホームです。下り特急車2005が出発です。短いがこの区間は専用軌道です。看板と簡易の柵で道路と区分です。後ろの白い大きな建屋は神戸市電長田工場です。

▼木造の粗末な駅舎、東須磨からの高校3年間の通学はこの駅でお世話になりました。

▼上り兵庫行き300型が、長田駅を出発。神戸市電との交差点西南側にあった、トヨタの販売店前を通り過ぎ、クロスを渡ります。架線にはデッドセクションがあります。山陽は1,500V、市電は600Vのためです。

▼こちらは上と同じ場所を、逆に見ています。交差点を渡り長田駅に進入する下り姫路行き特急です。車を避けた為にデッドセクション内で山陽電車が急停車し、動けなくなったのを、通学時1、2度見ました。後続列車の後押しで漸く動くことができました。市電が立ち往生した場合は人力に頼ったとか聞いたことがあります。

▼こちらも交差点を過ぎ、長田駅に進入する下り・各停垂水行きです。パンタは1個。車の接近にひやひやしながらも無事にデッドセクションを通過。820型の区間運転列車は垂水行き。区間運転は明石(西新町)行きなど。昔は須磨折り返しもあったように思います。

▼北行き神戸市電が今まさにデッドセクションを通ります。市電の線路と平行に設けられたポール付きのものものしい設備は、あまり長く続かなったようです。上の写真(1963年)にも、一つ下の写真(1967年)にも見られません。右手奥の工事は神戸高速鉄道の建設工事です。北行の市電は突き当たりの看板前を直角に右手方向に曲がり、東向きに五番町・上沢町に向かいます。

▼南行神戸市電が交差点を渡りすぎました。この頃になると車が増え、市電の運行も大変となって来ました。三輪軽トラ等も見られます。南に向かうと、すぐ右手に長田工場がありました。

▼交差点を過ぎ、長田と兵庫のちょうど中間地点、ビオフェルミン本社・工場前をさらに少し進むと、大開通りに向かう三差路地点です。神戸高速鉄道は、このあたりの地下を右方向にカーブしてゆきます。軌道上の工事区間はここまでです。ビオフェルミンの本社と工場のこの建物は、阪神淡路大震災で完全に倒壊してしまいました。西方向に向かう特急。横を走るのはマツダのキャロルか。

▼正面に兵庫駅が見えて来ました。1965(昭和40)年頃はまだ車は少なかったようです。埃っぽくだだっ広い通りでした。兵庫駅(東方向)に向かう850型。架線の支柱は幅広道路の左右にあり、スパン線ビームの長さも相当なものです。

▼4面のホームを持つ兵庫駅。北側には貨物線が1本。ホームの西側先端部分は屋根は無く、枕木を積み上げその上に板張りの粗末な造りでした。神戸の中心部から西に外れた場末の感じがします。右の高架は国鉄兵庫駅、EF58が見えます。

▼兵庫駅前には、神戸市電兵庫線の終点がありました。山陽兵庫駅改札口はちょうど左手の付近に。右手には国鉄の高架線が。

▼国鉄兵庫駅の高架ホームから眺めました。山陽電車との連絡通路は無く、東側の改札を出ると、雨天でも傘をさして市電脇を渡り、高架下の連絡通路を通り国鉄に乗り換えました。西側の広い駅前広場を渡り、兵庫駅へ向かう連絡用として、山陽の改札口が西側に増設されたのは後年だったと記憶しています。この場所からは隠れて見えませんが、右隅にその屋根部分が辛うじて写っています。遠くには湊川公園のタワーが見えます。このタワーも確か震災で倒壊したのかな。

長々と続きましたが、夾雑物の話はまだまだ終わりではありません。神戸高速鉄道建設の為、、短期間だが西代-長田間で本線を退避すべく付替え線が設置されました。埋もれているそれらの写真を、千載一遇のこの時とばかりに公開準備中です。毛嫌いせずお楽しみに。