湖西線 開業40周年 -3-

 

これもまたタイミングを逸してしまったが、湖西線開業40周年関連の続きを。

昭和49年7月20日の開業日当日は、以前に記したとおり、開業式や各駅の祝賀の様子を撮ったが、その翌日も、日曜日とあって、F本さんとともに、走りの様子を収めるため、志賀、近江高島、安曇川へと向かった。

1IMG_0002 (2)syu1IMG_0006 (2)syu志賀で降りて蓬莱方へ戻り、琵琶湖沿いの区間で撮影する。この場所、江若で言えば近江木戸に当たる。湖西線の駅は、江若時代と同一地点または接近して駅が設けられた場合は、ほぼ江若の駅名を継承したが、この近江木戸のみは字名のため、より広範な当時の町名である志賀を採用した。田んぼのなかだけに、築堤が続く以外は、江若時代と大きな変化はない。ただ、近くにあった天井川の木戸川トンネルは埋められ、湖西線は高架で一挙に天井川を越えている。新旧の写真を対比すると、左側に見える2本の松の形が同じで、ほぼ同一地点と判る。

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 湖西線 開業40周年 -2-

湖西線初乗りの日

西大津で発車式を撮ったあと、10時57分発の新快速3628Mに乗った。湖西線の新快速は、すべて堅田行きだが、シーズン中は近江今津まで延長運転されており、初日からさっそく実施されていた。ただ、新快速は153系6両の時代で、車内は満員、各列車とも次第に遅延してきた。比良で降りて、普通列車に乗り換え、北小松へ向かう。現在、新快速は近江舞子以北は各駅停車で、北小松にも停車するが、当時、新快速は北小松は通過していた。北小松にすべての新快速が停車するのは、平成8年の改正からだ。syuIMG_0009sy思い出の北小松に降り立つ。江若の北小松駅跡はまん前にあった。江若廃止後も駅舎などはしばらく残っていたが、いまは跡形もなく、道路の広場と化していた。5年前の同志社北小松学舎での宿泊合宿を思い出しながら、近江高島方面へ歩き、ヘッドマークつきの113系を待った。電車もさることながら、真新しい軌道が印象的だった。全線高架、踏切ゼロが謳い文句の湖西線だが、柵も何もなく、難なく線路端へ到達できた。

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 湖西線 開業40周年 -1-

湖西線初乗りの日

湖西線が開業して40周年を迎えた。江若鉄道が廃止されたのが昭和44年11月、その廃線跡も利用して工事が進み、その5年後の昭和49年7月に山科~近江塩津間74キロが開業するというスピード開業だった。

江若鉄道の廃止は確かに一昔も二昔も前の出来事、という認識が私にはあるが、その5年後の湖西線開業は、今から少し前の出来事という思いがある。それだけ、江若鉄道と湖西線は、同じ湖西地方の鉄道として語れないほど、全線高架・複線電化の超近代的な鉄道の出現だった。

sysy140720_063▲その湖西線開業40周年を祝って、開業日の7月20日に「湖西線開通40周年記念号」が京都~近江今津間にDD51+サロンカー「なにわ」で運転され、さらに近江今津~敦賀間に、同編成で「高島市民号」が走った。私もホント久しぶりにイベント列車の撮影気分を味わった。

さて、話は40年前に戻る。湖西線開業の日、昭和49年7月20日は土曜日だった。私も社会人になって3年目、この年に勤務先ではようやく土曜日が休みになった。喜び勇んで、朝から湖西線の開業の模様を確かめに行った。

京都7時43分発の堅田行き113系8連の458Mに乗り、山科から湖西線で入る。まず通過する長等山トンネルは、トンネル内で下り旅客線と貨物線が合流する珍しい構造であることがよく紹介されていたから、車内から目を凝らして、しっかりと確認した。長等山トンネルを出ると、すぐ西大津。大津でも浜大津でもない、“西大津”という駅名がずいぶん新鮮に聞こえた。

syuIMG_0001▲つぎの唐崎までの間、カーブから乗車列車を写す。車窓からは琵琶湖がきれいに見える。高架からの琵琶湖は、江若では味わうことができなかった新鮮な眺めだった。ちょうど下に直線で走る道路は江若の廃線跡だ。湖西線の開業を見越して、宅地開発がずいぶん進んでいたことが分かる。

syuIMG_0003▲湖西線の普通列車はすべて113系電車となった。寒冷な湖北地方も走ることから、耐雪耐寒設備、ドア半自動化が必要となり、新たな仕様の113系700番代が全車冷房つきで新造された。当時、東海道線を走っていた0番代と比べると、前照灯がシールドビームになったのが、外観上の大きな違いで、おとなしい印象となった。当初は4両編成単位で使用、同番代はその後改番され5700、5750番代となっている。syuIMG_0007syuIMG_0005▲堅田から西大津に戻り、祝賀列車の発車式を待った。祝賀のヘッドマークは、すべての113系電車に取り付けられ、すべて4両2本の8連で運転されていた。

IMG_0006西大津9時42分発の464Mが祝賀列車となった。最初、祝賀列車が発着する下りホームで待っていたが、直前になって、関係者以外は立入禁止と職員から追い出された。やむを得ず上りホームから、発車式を写した。しかし、この写真を見ると、関係者以外も相当いるように思える。