平成の桜を振り返る 【2】

阪急嵐山線

平成の桜、つぎは阪急嵐山線へ向かいます。終点の嵐山駅も、周囲は桜に囲まれていますが、途中の上桂、松尾の二駅にも、ホームに沿って桜が植えられて、とくに春秋のシーズンに運転される梅田~嵐山の臨時電車の運転の際には、よく訪れたものでした。現在もホームの桜は、変わらずに咲いていますが、車両はすっかり様変わりしました。

上桂駅には、両側のホームに桜が植えられていた。京都のほかの桜より、開花が2、3日早いようで、桜のシーズンは、まず上桂へ行って、その年の開花状況を占ったものだ(平成11年)。

当時の嵐山線の撮影目的は、やはり嵐山線に生き延びた、2300系の非表示幕車、運行標識板の2300系で、なかでもトップナンバーの2301F編成は、その白眉だった(平成11年)。

平成17年、9300系の増備により、本線を走っていた2300系の表示幕車が4連に組み替えられて嵐山線に転入、2301F編成は、この年、最後にイベント運転を行なって運用から離脱した(平成11年)。

2301で思い出すのは、昭和35年の2300系デビュー時、カラー撮られたのが、淀川鉄橋を渡る2301Fの4両編成の公式写真だった。“人工頭脳”“オートカー”などの最新の用語がちりばめられ、先頭の「2301」の数字がまぶしかったのを今でも覚えている。60年後の現在に続く阪急スタイルの礎となった(平成11年)。

もうひとつの駅である松尾は、桜の本数も少なく、樹勢も弱いように思われた。当時の運行標識板、前パンの2301F、2303F編成が交換する(平成11年)。その後に嵐山線に転入した2300系表示幕車も、平成21年には嵐山線から撤退し、2300系の歴史を閉じた。

桜の嵐山線のもうひとつの目的、梅嵐急行“嵯峨野エクスプレス”を、上桂で“前ピン”撮影する。もう2300系非表示幕、運行標識付きの梅嵐急行はなく、6連化した7300系、8300系の天下だった(平成11年)。

2300系が最後だと言う年に上桂に行くと、偶然、別の趣味団体の要職を務められたMさんにホーム上でお目にかかった。Mさんは、私の写真展には真っ先に来ていただき、いろいろな話をしていただいた方だった。当時もかなりのご高齢で、聴覚と言語に障害を持っておられ、立ったまま筆談でお互いの近況を報告した。Mさんは、まもなくしてから亡くなられた。Mさんにとっては、最後の桜だったのかも知れない。

 

 平成の桜を振り返る 【2】」への5件のフィードバック

  1. 河さんの仰るとおり、阪急にはオールマルーンと満開の桜がよく似合う。
    昭和38年6月17日の2300系をご覧下さい。

  2. 懐かしい2300系のオリジナルスタイルは、やっぱりよろしいですね。
    桜とマルーン色はよく似合うことを再確認しています。
    その昔私が現場で嵐山線を数日間運転した頃は、ナマズがいなくなり、700系やp-6だったかなと思い起こしています。
    素晴らしい春景色を有り難うございます。

    • マルーン色と桜がよく似合うこと同感です。ただ、明暗差が大きく、撮影の場合、露出に苦労しましたね。今回のものは、すべてカラーポジの撮影で、ネガと比して、コントラストがより強いため、スキャン後も、調整に苦労したことがありました。

  3. いつもデジ青にコメントを頂戴している河さんからも、桜の便りが届きました。北鎌倉駅の桜です。2011年に撮られたものですが、地下通路や跨線橋がなく、線路を横断する構造は今も変わっていません。桜もよく映えています。都会なようで、田舎の雰囲気を持つ風景が好きです。河さんに代わって、私のほうで写真を載せました。

  4. 鉄道沿線の桜が減っており、撮り難くなっています。阪急は大丈夫のようですが他の関西ではどうでしょうか。
    写真は京王線の柴崎という駅の桜ですが数年前に伐採されて今ではこのような写真は撮れません。東急池上線の石川台~洗足池やJR東中野付近もかなり伐採されてしまいました。小田急の相武台~座間も網が貼られて撮れない状態です。伐採には何か理由があるのかもしれませんが、もう一つ気になるのは最近の鉄道撮影者のマナーの問題があるのかもしれません。

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