伊賀鉄道のボーナル桁橋梁?

名張図書館で伊賀鉄道の歴史を見ていましたら「ポール橋」という名前が出て来ました。写真を見ると、桜井線乗車時にどですかでんさんが説明されていた「ボーナル桁橋梁」にそっくりです。「ポール」と「ボーナル」と微妙に名前は異なるのですが、昔に外国人の名前を日本語に訳す時に聞き手によって違いがあったものと勝手に判断して、以前の写真を捜したところ、廃線跡と使用中の3箇所がありました。廃線跡では「美旗新田」駅近くの農業用水路に架かるものです。2008年12月の様子ですが鉄橋跡の上には枕木が数本残されていました。大阪線からも見えたのですが数年前に撤去されてしまいました(しまかぜ乗車会の時は残っていました)。次は以前にも紹介した「桔梗が駅」西側にある「シャックリ川」に架かる鉄橋です。今は生活道路となり当時の面影はありません。最後が伊賀神戸駅を出たところの鉄橋です。いずれも鉄橋の縦に通る筋交の上下にR部分が見られます。多分「ボーナル桁橋梁」と思われますが身近なところにもありました。

2 thoughts on “伊賀鉄道のボーナル桁橋梁?

  1. wakuhiroさん 見つけましたね。ポーナル桁橋を!「ボ(てんてん)」ではなく「ポ(まる)」です。濁点と半濁点は判別しにくいので間違われてのでではないかと思います。私も間違いやすいので目を皿のようにして見るのですが・・・わかりにくいです。ところでポーナル桁橋が伊賀鉄道で見つけられてということですが、この鉄橋は明治期に鉄道橋として多く使われていたのでちょっと変だなと思いました。伊賀鉄道は大正11年の全線開業ですので。ネットで調べると、土木史研究という論文集が検索でき、それによると耐荷重不足などで機関車が大型化した線区から私鉄や軽荷重の車両が走る線区に転用があったそうです。伊賀鉄道のポーナル橋はそのようなことがあったのかもしれませんね。桜井線ツアーが役にたってよかったです。

  2. 図書館で見たのは確かに「ポ(まる)」でした、それからいくとポーナルも(まる)ですね、画面で見ると比べてみないと分かり難いです、ありがとうございました。当地のポーナル橋も転用の可能性があると解りました、上野市周辺にも鉄橋がありますので、また出掛けてみます。明治の構造物が今も現役で使われているのは立派ですね。

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