46年前の加越能鉄道高岡軌道線

元祖特派員氏の万葉線訪問記に触発されて、万葉線の46年前の様子をご紹介します。昭和48年7月25日の撮影です。まずはデ5022から。

冬姿のまま夏を越す5022

特派員氏の撮られた保存車の写真で、正面窓下にある金具がスノープローを固定する金具であることがよくわかると思います。総括制御、連結運転ができるため連結器も装備しています。この5022の前には電気機関車デキ6501も留置されていました。

大正生まれのデキ6501

このデキ6501は大正14年川崎造船所製の25Ton機で、日本電力庄川水力発電所建設用の専用線で使われたあと富山地鉄を経て除雪用として加越能へ来ました。運転台への出入り口が正面中央にあって、機械室が左右に分かれている独特の外観でした。仲間が富山地鉄と京福電鉄にいました。

米島口車庫は今もあまり変わりは無いように思えます。

米島口車庫

怪しげな保線車両

車庫の奥にあった路面電車とは無縁の気動車用台車

米島口車庫

7071

7073

7070型も大きな変化は無いようですが、方向幕両側の空気取り入れ口が今は塞がれています。冬のすき間風対策でしょうか。

満員の7074

当時 路面電車にエアコンは無いのが当たり前で、窓を開け放してコロナ対策も万全でした。

越ノ潟から米島口に到着する7052  ほぼ終日15分ヘッドだったことがわかります

米島口は伏木線の分岐駅で、上の写真でダブルクロスの先、中央分離帯のある道路が昭和46年8月末に廃止された伏木線跡です。

新高岡付近を行く7074

あれから46年が経ち、万葉線なる線名に馴染めない私ですが、当時の車両がピカピカで保存されているのはうれしい限りです。自分が元気なうちに、もう一度高岡に行ってみたくなりました。

4 thoughts on “46年前の加越能鉄道高岡軌道線

    • 米手作市様
      貴重な写真のご披露ありがとうございます。デキのうしろに貨車をはさんでテキが写っていますね。特徴ある集電器(ボウ)が見えます。この駅は勝山駅です。今は終端駅ですが、かつては越美北線の大野まで延びていました。越美北線に行かれた際に勝山を通られたのかも? 現在 勝山駅の側線にテキ6が保存されています。私は2012-10-30に訪ねています。

  1. そうでした。
    1900生さんと勝原駅まで行った時だと思いますが、違っていたら言ってください。

  2. 西村様
    46年前の貴重な写真、とくに米島口の車庫の様子や、分岐していた伏木線の跡の様子が分かりました。背後は煙突だらけで、まだ工場地帯として賑わっていた時代ですね。それと、方向幕に「新吉久」とありました。私は新吉久は列車交換を目的に後年になって新設したと記述しましたが、改めて調べると、ほかの停留場と同じ、戦後の路線延長時に設けられていました。訂正します。

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