こんな時こそ 元気に活動したい ‥‥‥‥ ⑦

富山の南北接続へは、現地へ前乗りして、まずはお隣の万葉線へ向かいました。万葉線は、好んで庄川や内川の鉄橋へ何度も行きましたが、行った日は曇りで、鉄橋上でのシルエットやギラリも期待できません。考えたら、高岡からは、すぐ万葉線に乗って奥のほうまで行ってしまうため、途中区間の観察ができていません。それなら、と氷見線に乗って、途中の「能町」で下車し、駅周囲の廃線跡を見てから、すぐ近くの万葉線「新能町」まで歩きました。近くのスーパーのイートインコーナーで遅めの昼食として、そこから北上して行きます。周りは工場地帯で、お世辞にも優れた風景ではありませんが、自分の足で歩いて発見に努めると、隣の富山の大賑わいに比べて、静かで穏やかな自分好みの風景を見い出した気持ちでした。
模型? いやいや現物の保存電車が、途中の「新吉久」のすぐ横に置かれていた。

つぎの「米島口」で万葉線は90度カーブして東へ向きを変える。その地点で“ドラえもんトラム”を。今でも人気のようで、この電車目当ての家族連れが乗っていた。

米島口~能町口で、万葉線は、氷見線を越えるため築堤上を走る。道路橋と並行していて、うまく写せる。▲▲ちょうど氷見線のDCも金網を通して撮影。

“レトロ電車”として、加越能鉄道時代の塗装に戻された7073号も4月5日限りで終了とアナウンスされている。背後にはトラックがバンバン走るが、切り取り方次第では、そこそこの風景に。

 

その乗越橋を終えると、急勾配で「能町口」へ。ズームをいっぱいにして、駆け下りてくる“ドラえもん”を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

看板の“アイトラム”MLRV1000形は、全部で6編成、この日使われていたのは3編成で、ほかの単車で足りるのか、あるいは以前の脱線事故が関係しているのか、稼働車が半分なのは気掛かり。交換可能な「新吉久」、タイトル写真の保存電車とともに、歴代3編成が並んだ。その保存車がデ5022、加越能時代からのデ5000形で最後まで残った一両が、除雪車の代用として生き残り、「新吉久」の横にあるTEKリサイクルセンター高岡の敷地内で2018年3月から保存されている。屋根なしなのにピッカピッカ状態。▲日中15分ヘッドなので、新吉久では15分ごとに各形式の交換シーンが見られる。新吉久~吉久を行く。近くには古い街並みも残りクルマも少ない静かなムード。散髪屋のサイン灯だけが無彩色の街並みに映えていた。夕方になると雲が途切れてきて少し夕焼け空に。保存車の周りはライトアップ。さらに暗くなると室内灯、前照灯、尾灯が自動的に点灯するという凝りよう。工場の敷地内で、これ以上近づけないが、イベント時は車内も開放される。15分ごとの交換も、時刻が経るごとに、いい雰囲気に。背後のリサイクルセンターの枝垂れ桜も満開。この停留場は、列車交換を目的に、ちょうど中間地点に新設されたようで、待ち時間もほとんど無く、交換を行なう。「電車のりば」の白熱灯の表示も、蒼い空に鈍く輝く。

真っ暗になってからの“ドラえもん”。ちょうど背後を通るクルマのライトに、特徴ある車体が浮かび上がった。

2 thoughts on “ こんな時こそ 元気に活動したい ‥‥‥‥ ⑦

  1. 以前に投稿した、乙訓の長老様の「つれづれ草ー富山編ー」で紹介したと思われる中にこれがありました。
    長老様に代わってご覧頂きます。

    • デ5000形は終戦後に34両が富山地鉄によって製造されています。特徴は、鉄道線の笹津・射水線と、富山中心部の軌道線を直通運転していたことです。いまヨーロッパではスタンダードになっているLRTの先鞭をつけたものですが、残念ながら、モータリゼーションの進展で、あっさり廃止されます。もし残っていたら、先ごろの南北線接続の母体にもなったことと思います。

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