米手作市氏 中国新聞に登場

総本家青信号特派員殿から、米手氏が奥出雲の方にお忍びで出かけられたことが中国新聞の知るところとなり、同紙に載ったらしいので至急調査願うとの連絡が入りました。早速ここ1週間ほどの紙面を探しましたが、備後地方と出雲地方では紙面が異なるためか見つかりません。そこで中国新聞デジタル版で探しましたところ、9月6日の地域ニュースに米手氏の名前を発見しました。画面コピーを添付し、ご報告に代えます。

中国新聞デジタル9月6日

中国新聞デジタル

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平成29年4月にクローバー会で木次に行きました。残念ながら最大の目的であったスイッチバック区間の乗車は、突発的な土砂崩れによって代行バスで通過するという「想定外」の事態が発生し、木次の宿で満開の桜と美酒を楽しみながら、リベンジ、再訪を確認しあいました。あれからもう4年が経過し、今度はコロナのおかげで再訪がかなっていません。一方、おろち号の廃止はもとより、木次線そのものの命運も心配な事態になってきています。緊急事態宣言が解かれて、県をまたぐ旅が楽しめるようになれば、芸備線も含め再訪を果たしたいものです。

3 thoughts on “米手作市氏 中国新聞に登場

  1. 西村雅幸さん、ありがとうございます。
    実は数年前から木次線沿線自治体や民間団体、マスコミへ「木次線存続」を訴えていました。会で作った写真集を送ったり、木次線沿線の魅力などを綴ったレポートなども送ったりしました。しかしなかなか反応はなく、あきらめかけていた時に奥出雲町長から電話を頂き、「これから県知事に会うので話してみます。庄原市長も同じ考えです」とのことでした。それからしばらくして中国新聞から電話でインタビューを受けました。記事では単なるスイッチバック好きのオッサンにしか読めませんが、インタビューでは「木次線は間違いなく廃止の方向へ持って行かれます。芸備線も同じです。でも乗って残そう、木次線!は時代遅れです。なぜなら乗る住民が居ないからです。ではどうする?県外から、あるいは外国から人を呼び寄せる様に考えましょう」と熱く語ったのですが・・。
    悔やむのは「肩書きはDRFC会員としてほしい」と言ったのに「字数の加減で書けませんでした、とのこと。それと75才なのに76才と書かれたことです。
    いずれにしても皆様のお役に立たず申し訳ない限りでした。

    追伸:記者には「三原在住の友人にも読めるのですね?」と聞いたら岡山、広島、島根、山口は読めますと言っていたのに、西村さん、ゴメンナサイ。

  2. 米手様、皆様
    本文冒頭で「お忍びで現地へ」と書いてしまいましたが、上記コメントのように電話取材だった由、お詫びして訂正致します。特派員殿から知らせて頂いたおかげで、デジタル版でしっかり見ることができましたので良かったです。

    • イヤイヤ、それぐらい話を膨らました方が面白いですよ❗️
      木次線againをぜひ企画してください。スイッチバックを乗っていない会員は意外と多い様です。

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