尾道鉄道跡をたどって(その1)

広島県内で過去に発生した大きな人的被害のあった鉄道事故は、明治28年7月25日に糸崎・尾道間で発生した軍用列車転覆事故(死者11、負傷者97)、大正15年9月23日に安芸中野・海田市間で発生した特急列車脱線転覆事故(死者34)、昭和6年1月12日河内駅構内での急行列車脱線転覆事故(死者34)が挙げられます。軍用列車と特急列車の事故は自然災害関連でしたが、急行列車の事故は人的ミスに起因していたようです。後者2件については、2020年11月に現地レポートを掲載しました。もう一つ、忘れてはならないのが尾道鉄道の脱線転覆事故です。死者37名、負傷者56名の大事故でした。それは終戦から丁度1年を経た昭和21年8月13日に発生しました。もう75年も前のことであり、話題になることもなく忘れ去られようとしています。明治の軍用列車事故と特急列車事故については慰霊碑が建立されていますが、急行列車の事故には慰霊碑はありません。この尾道鉄道の事故はどうかというと、慰霊碑が建てられているということは書物に出ていたのですが、まだ現物を確かめていなかったので、慰霊碑探しを兼ねて久しぶりに尾道鉄道跡をたどってみました。その慰霊碑は簡単に見つかりましたが、探すのが目的で行きましたから見つかったものの、通りすがりでは何の石碑かわからない、注意を引くことのない質素なものでした。

尾道鉄道事故慰霊碑    令和4年1月7日撮影

国道184号線沿いの木陰にひっそりと立つ慰霊碑

碑文正面には「南無妙法蓮華経」とのみ彫られていて、一見しただけでは、これが尾道鉄道の惨劇の慰霊碑とはわかりません。背面に回ってみました。暗くてうまく写真が撮れなかったので、その通りを図面にしてみました。

慰霊碑碑文

この慰霊碑がいつ建立されたのかが彫られていません。事故が昭和21年、尾鉄が廃止されたのが昭和39年ですから、その間には違いないのですが、多分事故からそう遠くない、たとえば一周忌といった節目のときではないかと想像しています。更に調査してみることにします。また、この慰霊碑は「尾道鐵道」と明記された数少ない鉄道遺産でもあります。

尾道鉄道は大正14年11月1日に西尾道・石畦(いしぐろ)間が開業し、大正15年4月28日に石畦・市間が延伸開業しています。しかし、昭和32年2月1日に石畦・市間がまず廃止され、昭和39年8月1日に石畦・尾道間も廃止され、会社は中国バスに吸収合併されてなくなりました。転覆事故があった区間は、先に廃止された区間にあります。かつて同じ谷の東面を尾鉄が、西面をうねうねと国道184号線が走っていたのですが、尾鉄廃線跡が拡幅されて現在の国道184号線となりました。従って線路脇に建てられた慰霊碑が今は国道184号線沿いに立っているわけです。国道建設工事の際に慰霊碑が少し移設されたかもしれません。なお転覆現場は、この慰霊碑よりもう少し北の、丁度山陽自動車道の高い橋がクロスしている辺りだそうです。

さてここでひとつ疑問がわいてきました。慰霊碑背面には遭難の碑と彫られていますが、正面になぜ「南無妙法蓮華経」と彫られたかです。普通なら「〇〇慰霊碑」となりそうなのですが、日蓮宗、天台宗で唱えられる法華経の題目が正面に彫られているからです。この題目の意味は「法華経の教えに帰依します」という意味です。全くおかしいわけではありませんが、何かいわれがありそうです。これも更なる調査項目です。

この石畦・市間は諸原というスイッチバックの駅もある勾配区間です。走りやすくなった184号線をクルマで走っても、遅いクルマの追い越し区間が設けられているほどの勾配区間です。事故当日の状況を振り返ってみます。昭和21年8月13日 尾道駅発10:30の市行き電車(デキ1)は、途中でブレーキに不具合があったようで、車庫のある三成駅か石畦駅で修理をしたようです。通常なら11:00頃には通過するはずの石畦駅を13:00過ぎに発車した際には、定員50人の電車に150人近くが寿司詰め状態で乗っていたようです。40‰の勾配を37KWモーター2台のデキ1が定員の3倍の乗客を乗せてノロノロと長い勾配区間をもう少しで登り切ろうとする手前のトンネル内で、架線からポールが外れます。この日は女性車掌だったようです。暗がりの中、不慣れな車掌はポールを直そうとするもののうまくゆかず、電車は後退を始めます。どんどん加速度がつき、車内では運転士が「しゃがめー、しゃがめー、ひっくり返るぞー」と叫ぶが寿司詰めでしゃがむこともできず、阿鼻叫喚のなか、ジェットコースターのように坂を下ってゆきます。石畦に近づいたカーブで電車は傾き、車体が架線柱にぶつかって屋根が吹き飛び、車体ごと右手の谷へ転げ落ちた乗客と、左手の山側に投げ出された乗客で、地獄絵のようだったということです。

デキ1   尾道学研究会発行「タイムスリップ・レール・・・オノミチ」より

デキ1は開業時に新製された大正12年 梅鉢鉄工所製の単車です。後年、オープンデッキに2枚折り戸の乗降扉が設けられています。事故当時には多分扉があったでしょう。座席定員20人を含む定員50人の単車に150人近くが乗っていたのも、惨劇を大きくした要因でしょう。ブレーキ故障を直すために長時間停車していたために、2列車分の乗客を乗せたのかもしれません。資材も乏しい戦後間もなくのことであり、整備も十分ではなかったのでしょう。

この事故で大破したデキ1ですが、終戦直後の車両不足のため廃車とはされず、宮島口近くの水野造船所で鋼体化改造(車体新製?)され、デキ21となります。

大破したデキ1の生まれ変わり デキ21   同誌より引用

更にデキ21は昭和32年2月に車体を窓2つ分延長し、ボギー車に改造されました。台車は水間鉄道のモハ1のブリル27GE1だったそうです。

ボギー化されたデキ21   同誌より引用

このデキ21は全線廃止になる昭和40年7月31日まで活躍しました。

この大惨事から75年を経過したものの、この電車に乗り合わせていて奇跡的に難を逃れることができた方もおられます。13歳で一人で乗っていた女性は、大人二人に挟まれたかたちで線路上に投げ出され、かすり傷程度で助かり、そのまま裸足で市村まで歩いて帰ったとの証言もあります。そんな風に、ご高齢にはなられているものの、直接の被災者やそのご遺族、関係者がまだ多くご存命だろうと思います。従ってそのことも十分意識しながら、慰霊碑に手を合わせ、現地を後にしました。なおこの事故のあと、ポール集電からビューゲル、パンタ集電に変更されました。

 

尾道鉄道跡をたどって(その1)」への4件のフィードバック

  1. 西村雅幸様
    ブレーキの不具合による遅延、急勾配頂上近くのトンネル内でのポールの離線、坂を下る超満員の木造単車はまさしく地獄絵だったでしょうね。尾道鉄道はその歴史を閉じる昭和39年頃の趣味誌で見たことがありますが、現地訪問はしておりません。富士急の車両が急勾配を下って脱線転覆した姿を記録したことはありますが、急勾配のバックは怖いですね。それにしても慰霊碑はよく見つけられました。70数年経ったら苔むしているでしょうが綺麗ですね。鉄道趣味はいろいろありますが、廃線跡やこのような事故関連の遺構調査はやったことがありませんので頭が下がります。

    • 準特急様
      どうぞ頭をお上げ下さい。頭を下げて頂くようなことではなく、先人が調べられた場所を見て回っているだけです。市街地にはマンションが次々と建設される一方で、周辺地域には空き家が増え、里山は荒れてイノシシ、シカ、サル、クマなどが人家近くまで平気で出てくるのが小都市周辺でも日常的になっています。今回の慰霊碑はご遺族か、関係者か、地元有志の方かが定期的に清掃されているように見受けられましたが、自然災害による被害も含め、史跡類も荒れている例が多いです。先に、デジ青管理者殿からデジ青への情報提供依頼が増えていることが報告されていましたが、日常的な何でもない記録が、先になると貴重な記録になることも多く、そんな思いもあってデジ青を利用して公表させて頂いています。

  2. 西村雅幸様
    ご無沙汰しております。尾道鉄道跡を西村さんに案内していただいてもうだいぶん前になるのですが、ついこの間のように思います。船で四国から対岸の三原へ上陸して鞆鉄道を始めに尾道鉄道の廃線跡巡りは楽しかったです。ところで尾道鉄道の転覆事故の話で思い浮かんだのが信貴山の山の上を走っていた信貴山急行電鉄です。戦争中不要不急で廃線になったのですが、今は道路となって近鉄バスが走っています。その電車が走っているとき、転覆事故を起こしています。谷にゴロンと落ちたそうです。落ちた電車は伊賀線に行ったデ5形の3両のうちの1両です。ところが人的被害などの詳しいことがわかりません。信貴山急行電鉄の資料としては鉄道友の会の機関誌「RAILFAN(通巻422号)」に吉田明雄が書かれた記事があるようです。国会図書館に所蔵されているのがわかったのですが通巻422号は残念ながら欠番となっていました。続きを楽しみにしております。

    • どですかでん様
      あれは平成26年10月27日でしたので、もう7年が過ぎましたね。幸いなことに、4号トンネルや諸原駅跡は殆ど変わらず、時間が止まったようです。続報として近日中にアップします。信貴山急行の事故については、私は全く情報がなく、是非調査をお続け下さい。

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