江ノ島電鉄500系

米手作市様投稿の10月30日【25745】関 三平氏「昭和の電車」に「江ノ島電鉄500系」が登場した。
改造車といえ車体は新製で、流用されたのは主電動機、コンプレッサー、台車等ごく一部の部品にすぎない。
昭和31年に201の改造名義により東洋工機で501が、32年に115、117の改造名義により東急車両で502が作られた。スタイルは若干異なり502はヘッドライトの左右にタイフォーンがあり、より精悍な顔付きになった。ノーシル、ノーヘッダーの車体、両開き扉、曲面ガラスを使用した正面窓等、ヨーロッパ調のスタイルは時代の最先端を行くものであった。
車号は京阪びわこ号と同様、2車体で1両とみなし同一車号としたが、程なく鎌倉側の車両を551と552に改番した。
関 三平さんのイラストはポール時代であるが、39年頃Zパンタ化、更に46年頃パンタ化が実施された。

我々の年代ではポール時代の写真は無理であるが、幸いZパンタ、パンタ時代は辛うじて撮影していたので貼り付けた。

その後、59年から60年にかけての車体更新時に曲面ガラス部分を2分割の上、平面ガラス化、両開き扉の片開き化、ヘッドライトの窓下への移設が実施され、スタイルが変わってしまった。更に平成元年から2年にかけて台車交換によりカルダン駆動化、12年にブレーキのSMEから電空併用電気指令式化等、足回りの近代化が実施されたが、冷房化が困難なため14年1月501が、15年1月に502が運転を終了した。
車体更新以降の写真がないので、撮影された方は是非公開をお願いしたい。

Zパンタ時代の502+552/ (45-3-11) 極楽寺



パンタ化後の501+551/ (50-4-27) 江ノ島

パンタ化後の502+552/ (50-4-27) 江ノ島

新502+552/ (24-1-15) 七里ヶ浜
車体は旧500形をイメージして作られた新500形

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