2014年 一畑電車・北近畿タンゴ鉄道撮り鉄旅 Part1   一畑電車 その1

”2014年 遥かなる東欧の旅”を掲載中ですが、先日一畑電鉄北近畿タンゴ鉄道に行って参りました。これから桜シーズンにもなります。撮影地ガイドの最新情報となると思いますので、先に掲載させていただきます。

第1日目 3月26日
① 自宅14:08→18:48道の駅 神話の里白うさぎ

1月の台湾撮影に同行させていただきましたクモハ73106東ウラさんより一畑電車を撮りに行こうかと計画しています。一緒に行かないかとのありがたいお誘いが入りました。一畑電車米っ子時代によく撮影に行った所ですが、2008年以降はご無沙汰しています。久しぶりに会いに行って見るかと参加を申し込みました。

今回の参加者は、台湾メンバーだった準特急さん、大津の86さん、千住のヤスベーさんとT崎さんの合計6名です。丁度ぶんしゅう7号に乗車できますので、京都から回送することにしました。
東京からの4名は成田空港からのスカイマークで米子空港に2月28日に着かれます。遠回りにはなりますが、5月のクローバー会北近畿タンゴ鉄道ツアーがありますので立ち寄ってから一畑電車に向かう事にしていました。ところが降り出していた春の雨は止まず、延期に次ぐ延期でこれ以上は出発を待てない2月26日の昼過ぎとなりました。もう往路での北近畿タンゴ鉄道の訪問はできません。復路訪問に切り替えました。
05▲ 自宅からは京都循環自動車道、以西は国道9号線と降りしきる雨の中を走りました。
18:48 自宅からの走行距離は約210キロ、運転時間約4時間半「道の駅 神話の里 白うさぎに到着。近くのコンビニ内で夕食を食した後、近くの温泉を聞きますと、吉岡温泉が近いかなと教えていただきました。
町営共同浴場の吉岡温泉館でゆっくり運転疲れを取ってからビールを飲んでの就寝となりました。


第2日目 3月27日
② 道の駅 神話の里白うさぎ6:25→7:45JR・御来屋駅

6時に起き上がりましたが、外はまだ小雨が降っています。
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07067:45 今日はかつての単身赴任地だった米子に表敬訪問予定です。ここからだとまだ時間がありますので途中、山陰最古の駅舎がある御来屋駅に立ち寄りました。

明治35(1902)年11月11日に山陰最初の官営鉄道として境港(旧境)~御来屋が開業しました。
山陰に鉄路を建設するために堺港からの資材運搬用としての路線でした。
京都からは京都鉄道(民営)がまだ園部までしか営業していなかった時代です。
運搬用路線とはいえ官営鉄道開業は、画期的な事であったろうと思われます。

明治41(1908)年に米子~安来が開業すると米子~境港は支線となりました。
山陰本線は東西に延伸され、明治45(1912)年に京都~出雲市開通。京都~幡生全通は、昭和8(1933)年2月24日になってからでした。

NHK新日本風土記アーカイブス御来屋駅こちらへ

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09_2③ JR・御来屋駅 7:558:20 米子 10:0011:10 一畑電車・松江しんじ湖駅

▲ 米子まではバイパスや無料高速道が相次いで開通していて信号も殆どなく、車が高速で走りやすい区間です。一方のJR山陰本線も地方自治体からの資金援助による120km/h走行高速化が2003年に完成して、利用客増が図られました。しかしこれだけ道路が良くなっていくと、出発地から目的地までの所要時間は短縮されて、冬場の積雪凍結時以外は車での移動が便利になっているのは明らかです。ローカル鉄道路線は厳しい現実にさらされています。

切符0111:39 米子で、かつての勤務先にご挨拶で立ち寄ってから一畑電車・松江しんじ湖駅に到着しました。

今日は明日の撮影に備えての乗車ロケハンです。一畑電車を最後に撮ってから約6年を経過しています。
沿線はどう変わってきているのか車窓から見ながらの確認乗車です。
駅の無料駐車場にぶんしゅう7号を置いて、まずはフリー乗車券(1,500円)を購入して改札を待ちます。

④ 一畑電鉄・松江しんじ湖温泉 11:46→12:34 川跡 12:36→12:47 出雲大社前

101311:46 待合室のお客は結構多く、観光客が目立ちました。特に女学生の春休みの旅行が多いようです。

右ホームに停まるのは、5000系5110+5010
左は、乗車した”ご縁電車”しまねっこ号2100系2114+2104です。

並んでいる2編成は全く違った外観・内装ですが、元は京王5000系で同じ車両でした。片方は京王重機整備で、①3ドア→2ドア、②ロングシート→クロスシート(小田急3100形NSE車の流用)、③正面貫通ドア→非貫通、④台車取替(1372㎜→1067㎜、東京地下鉄3000系の流用)と、改造を受けています。双方が共通するのは④のみです。
留置線には、朝の急行運用に使われた京王色の2100系2111+2101がいました。

1112▲ 11:46発出雲市行きの314次の運行表です。上には各停と急行の最高速度が掲載されていますが、5~15km/hの違いがあります。

14▲ 12:34 大社線との乗換駅の川跡に到着。3方向からの列車では多くの乗換客がありました。
左から平成8(1996)年に移籍した4編成の「ズームカー」3000系は、南海色そのままの編成。中央は乗ってきた帝王から移籍の2100系。右は、塗り替えられた3000系です。電車とのツーショットを楽しまれる多くの光景がありました。

16▲ 12:47 出雲大社前行きの南海色に乗り換えて出雲大社前に到着。6年前とは違って改札口が綺麗にリニューアルを受けていました。待合室も再塗装されて見違えるほど綺麗に変貌しています。喫茶やイタメシ屋も出来ていました。レンタサイクルは全車電動アシスト車です。米っ子時代には電車に乗せて撮影に強力してくれました。

17▲ 駅の前の道は再舗装がされて、観光地らしくなっていました。

1918▲ 6年前のイベント開催時には本線を走行していましたデハニ50形は52号車は綺麗に整備されて展示されていました。ここまで整備されていると立派なものですね。

52号車は、昭和3(1928)年に一畑電車が日本車両に自社発注した荷物室付制御車で、当初はクハ4でしたが、翌年に電装されてデハニ52となりました。
平田車庫にいますデハニ53は最初から電装されて登場しています。同形式は、後2両の計4両が製造されました。

20 21鉄筋コンクリートの天井が高い重厚な洋風建築の出雲大社前駅は、和風建築の国鉄大社駅(大正13(1924)年、2代目駅舎)を意識して、昭和5(1930)年2月2日に竣功されました。ステンドグラスもあって凝った趣を感じます。ふと同じ凝った造りの満鉄撫順站を思い出しました。

⑤ 出雲大社前 13:16→13:27 川跡 13:32→13:41 電鉄出雲市
3000系の南海色3008+3018に乗車して川跡に向かいました。車内は平日にも関わらず観光客でご覧のとおり満席です。出雲大社は平成20年4月20日から約5年の歳月をかけての60年に一度の「平成の大遷宮」が完了したばかりです。観光効果は絶大だったようです。

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▲ 13:27 川跡に到着。ここで電鉄出雲市に向かうために乗り換えです。3000系3007+3017がやってきました。車体白地はラッピング電車として使用する際のスペースで、現在は空きです。

23▲ 川跡駅に並んだ車体色違いの3000系2100系”ご縁電車”しまねっこ号です。

2627_1▲ 13:41 電鉄出雲市に到着。この駅は6年前と変わらずです。

28▲ 出雲市駅の高架駅下「アトネスいずも」では、今昔の写真展が開催されていました。一畑電車が軽便鉄道だった創業期の貴重な写真もありました。

一畑軽便鉄道は、762㎜ナローゲージで敷設免許を受けましたが、途中で国鉄との連絡を考慮しての1067㎜の狭軌に変更して、大正3(1914)年4月29日に開業しました。
開業当初は、出雲今市(現;出雲市)~雲州平田(10.2キロ)で、一畑坂下(一畑付近)へ大正4(1915)年2月4日に延伸されて、全線開業(20.8キロ)なりました。

開業時の蒸気機関車は、ドイツ・コッペル社製B形8.5㌧タンク機の2両(1、2号機)が運行に当たり、延伸時にアメリカ・ボールドウィン社製C形11.6㌧タンク機(3号機)が加わっています。

小境灘(現;一畑口)では、松江からの蒸気船で着いた一畑薬師への参拝乗換客も乗車したそうです。盛況だったようで、大正11(1922)年には、輸送力増強用のためドイツ・コッペル社製のC形12㌧タンク機(4号機)を購入、4両が運用されていました。写真を見ても可愛い2軸客車数両を牽引しています。4号機は、大井川鐡道新金谷駅「プラザロコ」にて静態保存されています。

⑥ 電鉄出雲市 14:15→14:23 川渡 14:24→15:12 松江しんじ湖温泉

松江しんじ湖温泉到着後、再びぶんしゅう7号で道路からのロケハンを行いましたが、車上ロケハンからと同様に菜の花が咲いている光景は見かけられませんでした。6年前には一畑口付近で見事な菜の花畑に会えたのですが、もう秋の種まきは無くなってしまったようでした。
29▲ 一畑口付近 撮影日;2008年4月13日 カメラ;NIKON D70s

今日は松江東横インで宿泊です。駐車場が満杯になるらしく17時には来た方が良いと電話で聞きましたので、早めのチェックインとなりました。大津の86さんも大津から青春18きっぷで来られますので夕食はご一緒にさせていただきます。
大いに食べて飲んでの宴となりましたが、〆てみると一人8,000円とおしの会計でした。ちょっと贅沢なものを頼みすぎたようです。美味しい地酒もガンガンいきましたので、納得のお支払でした。

明日は、東京組4人が朝10:20着の飛行機で米子空港に降りられます。境線を撮ってから一畑電車の撮影となります。今日の日没は18:15で、宍道湖に沈む夕日は中々だったと大津の86さんは申されていました。今日の午後から天気は回復して青空が広がりました。明日の天気も快晴と予報が出ています。期待しての就寝でした。

6 thoughts on “2014年 一畑電車・北近畿タンゴ鉄道撮り鉄旅 Part1   一畑電車 その1

  1. ようこそ!一畑電鉄にお越し下さいました。
    出来れば雲南市まで足を延ばしていただければ、一畑も併せてご案内させていただきましたのに!

    • おろち様、コメントをいただきまして、ありがとうございます。また、デジ青をご覧いただいておられるようでありがとうございます。
      木次町の斐伊川堤防の桜が満開を迎えているのですね。米子駐在時代には木次線撮影を兼ねて何度か行かせていただきました。今年は例年に比べて4日早い開花宣言でした。来週まで満開が続くなら撮りに行って見たいのですが・・。どうでしょうか?

      • 一昨日の晴天で一挙に開花しました。昨日は朝より豪雨で心配しておりましたが、週末まで何とか満開で持ち堪えそうですが、お天気が良くないようです。木次より奥はこれから満開となると思います。
        ところで、森林鉄道のチャーターについてお伺いしたい事がありますが、直接ご連絡出来る方法はないものでしょうか。

  2. ぶんしゅう様
    出雲の旅日記 楽しく、なつかしく拝見しています。ところで ’66年度経済のGさんのお父さんが御来屋駅の駅長さんだったのではなかったでしょうか。御来屋と聞くとGさんを思い出しました。

    • その通りです。米子駐在の折はお父さんの介護のために帰っておられましたので一度お会いしました。現在は、関西の方に戻っておられると思いますが・・。また機会があればお会いしたいと思っております。

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