宮城県下の保存C58

tsyrukame様による陸東C58の雄姿を楽しませて頂きましたが、準特急様からのフォローにお応えして C5819など宮城県下で撮影しましたC58の保存車4両をご紹介します。いずれも8年前、平成18年7月に栗駒山登山とくりはら田園鉄道訪問を主目的にした旅の途上で撮影したものです。この旅に関して最も残念なのは 栗駒山登山のために2泊した駒の湯旅館が 平成20年6月に発生した岩手・宮城内陸地震による土石流によって跡形もなく流されてしまったことでした。この山あいの温泉は もったいないと思えるほどの湯量の贅沢なかけ流し温泉で また行ってみたい温泉のひとつでした。そんな温泉が突如消えてしまったのはショックでした。そして平成23年3月の東日本大震災。つい東北への旅が遠のいてしまった感じがします。

さてC58ですが まずturukame様紹介の現役C5819の40年後の姿です。

H18-7-24 西古川駅隣接の公園にて

H18-7-24 西古川駅隣接の公園にて

C5819-2

福知山にもいたカマのようです

比較的きれいな状態で保存されていましたが、ナンバープレートは木製?のイミテーションで、煙室扉に取り付けてある前面のプレートは壊されて半分しかありませんでした。

次は やはり陸羽東線沿線の岩出山にあるC58114です。伊達正宗が仙台城築城以前に居城としていた岩出山城がある古い町で C58114はその城山公園の一角にありました。

H18-7-24 岩出山町城山公園にて

H18-7-24 岩出山町城山公園にて

西古川もそうですが、このC58も動輪に銀ペンが塗られ、デフレクターやキャブ回りに余計な白ペンが塗られていて 品のない姿に見えました。雨ざらしにしてはきれいな状態で、かつて要害と言われた山城の上まで運んだ努力に免じて良しとしましょう。

次は石巻のC58228です。

平成18年7月27日 石巻市北上公園にて

平成18年7月27日 石巻市北上公園にて

このC58は金網に囲まれ 草ぼうぼうの中に錆びが目立つ状態で置かれていました。この公園は 石巻駅の北西部 中里3丁目にあって すぐ北には旧北上川が流れています。震災のときにはすぐに浸水したのではと思える場所です。最近の様子はどうなのかと Googleのストリートビューを見てみたところ 公園内に現存してはいるものの 周囲には「在宅避難世帯サポートセンター」や仮設住宅と思われるプレハブの建物があって、それらに取り囲まれて余生を送っているようです。もともと鉄条網に囲われてまで保存する意味が分からない状態だったのに、更につらい状態のようです。

最後は利府のC58354です。

 

平成18年7月28日 利府町森郷児童公園にて

平成18年7月28日 利府町森郷児童公園にて

今は東北本線岩切駅から分岐して利府駅まで4.2Kmの盲腸線が残っていますが、かつて塩釜、松島あたりは現在の海岸近くのルート「海線」ではなく、利府を通る「山線」が本線で、海線は輸送力増強のための貨物線でした。しかし海線が複線電化されることになり 昭和37年に山線は利府までの盲腸線になってしまいました。利府駅から先の旧線跡を数百m行くと線路跡が公園になっていて C58354と色鮮やかなED9111が保存されています。多分旧線跡に残っていたレール上を転がしてきて、そのまま公園にしたのではと思われます。いずれもきれいな状態でした。何より交流電機の試作車であるED9111(東芝製)が珍しくてそちらに気をとられて、C58の方はじっくり見ませんでした。

この旅でもう1両 旧築舘町にあったC58122を訪ねる予定でしたが、くりこま田園鉄道の若柳車庫で時間を取りすぎたため 先を急いでC58122をパスしたのが悔やまれます。

私にとってのC58は、かつて伏見に住んでいたとき 桃山あたりで撮っていた奈良線のC58が最も印象深く、 今は亡きS氏とともになつかしくよみがえります。

3 thoughts on “宮城県下の保存C58

  1. 西村雅幸様
    直ぐに注文の品を掲載いただき、その上他の東北のC58も登場させていただき有難うございました。何れのカマも現役時代見たことがないものばかりです。

  2. 西村様
    早速にC5819他、保存機のご紹介ありがとうございました。ネームプレートが欠けた正面は見ないほうが良いですね、可哀想。横顔・姿で十分です。しかも保存状態が良いそうで、経歴の紹介札と共に大切にされているのが分かります。現役時の写真と比べてデフレクタの形状が少し異なるようですね。
    今の内に、保存状態の良いものから、1両でも2両でも復元、動態保存されるといいのですが。

    そういえば近頃、梅小路蒸気機関車館で、D51200を本線上で動態保存する為に解体復元工事が始まったし、蒸気機関車の解体検査に特化した専用検修庫が誕生するそうでうれしいニュースです。

    話変わりますが、ED9111は当時に出合いなく、ED911(三菱電機、三菱重工製)のモノクロがありました。

    • tsurukame様
      コメントありがとうございます。デフレクタの違いまでしっかりとご覧頂いているのに驚きました。さてED91には1,11,21の3両がありましたが 私も昭和40年8月(高1のとき)に仙台駅で21を、そして昭和43年3月(DRFC入会直前)に作並駅で1を写していました。しかし11とは8年前に初めて利府で会えて感激しました。約50年前の仙台ではC62が、46年前の作並ではED17が現役でした。不思議なことに昨日の晩メシが何だったか思い出せませんが、50年も昔の光景はよく覚えています。引き続き当時の貴重な記録をご紹介下さい。楽しみにしております。

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